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38 ホムンクルス

 校内トーナメントが終わってから一週間が過ぎた。

 その日、タクトはカウンターで待機せず、店の前に座り込んで空を見上げていた。


 別に黄昏れているわけではない。

 人を待っているのだ。


「やぁやぁタクトくん。君に何か大きな荷物だよ」


 ほどなくして、軽快な声と共に、ホウキで空飛ぶ魔法使いがやってきた。

 黒い三角帽子に黒いマント。

 運送業を営むエミリー・エイミスである。

 そのホウキの後ろには、大きな木箱が縄で繋がっており、エミリーと一緒にフワフワと降下してきた。


 人間一人が収まるサイズの、棺桶のような木箱だ。


「いつもありがとうございます、エミリーさん」


「いいんだよ、仕事だからね。ところで差出人が『カムデン魔術道具店』になっているけど。差し支えなかったら、何を買ったか教えてくれよ。大抵のものは自分で入手するか作ってしまうタクトくんがこんな大きな買い物するなんて、お姉さん、興味が尽きないな」


 エミリーは追及する口調ではなく、軽い世間話のノリで尋ねてきた。

 タクトも、たぶん聞かれるだろうと予想していたので、スラスラと答える。


「ホムンクルスですよ。型落ちになって売れ残っていたやつを買ったんです」


「へぇ、ホムンクルスか。確かに便利なものだと聞くけど……あれって安くても百万イエンとかするんだろう?」


「普通はそうです。けど、これは値切りまくったので二十万イエンです」


「二十万イエンか! 安すぎだろう、それは。タクトくん、顔に似合わず大胆な値切り方をするんだなぁ」


「そうでもありませんよ。なにせこのホムンクルスは、ハンバート社製〝CL01〟ですから」


 タクトが説明すると、エミリーは得心した顔になり「なるほど」と呟く。


「CL01はもう五十年以上前のホムンクルスだからねぇ。当時は人気があったみたいだけど、流石に今のホムンクルスと比べたら性能が低すぎて話にならない」


 もともとホムンクルスとは、魔術師が自分の手伝いをさせるために作る、人工人間のことである。

 実験の助手だったり、戦闘用だったり、愛玩用だったり、死んだ娘の変わりだったりと、用途は様々だ。


 ホムンクルスがほしければ、魔術師に頼んで作ってもらうか、自ら魔術師になって作るか、その二つしか手段がなかった。


 しかし五十年ほど前、ホムンクルスを大量生産し、一般向けに売り出そうという動きが生まれる。

 ハンバート社は、そんな流れの一つであり、当時は一部に熱狂的なファンを持っていた。


 なにせ、社長のハンバート氏は優秀な魔術師であると同時に、強烈な変態だった。

 ハンバート氏いわく――

 この世界で研究に値するのは幼女のみである。

 ハンバート社の使命は幼女の素晴らしさを世に啓蒙すること。そして一人でも多くの幼女を世に輩出していくことである。

 幼女にあらずんば人にあらず。

 もし自分が創造主なら人間は女性だけにして、寿命は十歳に設定する。

 ――などなど、想像を絶する発言を繰り返していた。


 そんな社長が作るホムンクルスは必然的に幼女型であり、しかもCL01は猫耳幼女だった。

 変態のこだわりゆえに、造形は完璧。

 当然ながら人気は爆発。

 生産が追いつかないほどの売れ行きだったらしい。


 しかし、量産型ホムンクルスという新しい分野は、日々進化していく。

 初期の製品は、ただ歩いて喋るだけだった。顧客もそれで満足していた。

 だが徐々に、家事手伝いや護衛任務、会計処理などの機能を持たせた製品が登場し、旧型を駆逐していく。


 そんな中でも、ハンバート社はホムンクルスの機能改善に興味を持たず、ひたすら造形の追及だけを行なっていた。

 当然、業績は悪化。


 会社がピンチのとき、なにを思ったのか社長のハンバート氏は、幼児用の服を強引に着て公園の女子トイレに侵入し、逮捕されてしまう。

 ハンバート氏は取り調べでも法廷でも「ぼくようじょ」と繰り返し証言し、法廷侮辱罪で懲役三年の実刑判決を言い渡されてしまった。


 そしてハンバート氏が牢獄にいる間に会社は倒産。

 究極ともいえるレベルの造形技術を持った伝説の会社は、あっけなく消滅してしまった。


 ハンバート社のホムンクルスはメーカーサポートも受けられずに朽ちていき、おそらく新品のまま残っているのは、今回タクトが買ったものだけだろう。


「けど、いくら性能が低くても、マニアならプレミア価格で買いそうなものだと思うんだが。その辺はどうなんだい?」


「それはですね……カムデン魔術道具店の店長は、そっち系にうとい人ですから。誤魔化して安くしてもらったんです。倉庫を圧迫するだけでしょうとか言って……」


「あはは。何だ。やっぱりタクトくんはあくどいなぁ!」


 エミリーはお腹を抱えて笑い出す。

 タクトとしても後ろめたい気持ちがあったので、頭をポリポリかいて誤魔化した。


「それにしても、タクトくんは猫耳ホムンクルスを何に使うんだい? まさか、えっちなことをするのかい!?」


「しませんよ。店番が出来るくらいに改造して、手伝わせるつもりです。なにせ店長が微塵も役に立ちませんから」


「ああ、うん。そういうことか。納得、納得。けれど、残念だな。ショタと猫耳ロリのからみが見られるかと思ったのに。いや、それは私の妄想で補うことにしよう! 今晩寝る前が楽しみだ!」


 エミリーは言いたいことを言って満足したらしく、タクトに受け取りサインを書かせてから、颯爽と飛んで行ってしまった。


「あいからわず嵐みたいな人だ。まあ、長居されても困るんだけど」


 エミリーの姿が見えなくなってから、タクトはホムンクルスの入った木箱を引きずって店に入った。

 さあ。これでようやく、グリモワールの中身を調べることが出来る。

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