37 一件落着
校内トーナメントでの事件は被害こそなかったが、目撃者が多く、しかもグリモワールがらみということで、魔術師協会が調査に乗り出した。
そこでいくつかの事実が判明したが、チャーリーにかんすることは、タクトにとってショッキングなものだった。
なんとチャーリー・バルフォアの記憶力はもう、かなり怪しくなっているらしい。
そこを孫のシンシアに利用され、マジックウェポンを作って渡してしまったというのだ。
タクトとしては、まさかあの大魔術師が認知症であるなど思いもよらず、ライセンスを確認しただけでグリモワールを売ってしまった。
知らなかったこととはいえ、魔導古書店として責任の一端がある。
しかし魔術師協会は、正規の手続きで取引をしたタクトを責めるつもりがないようだ。アジールの名に傷をつけずに済みそうで、そこは安心だ。
元凶となったチャーリー・バルフォアであるが、彼はもう責任能力がないとみなされ、罪は不問とされた。
しかし魔術師ライセンスは当然没収で、更に保護観察になるらしい。
彼ほどの知識と技術をもった者がこのような末路を送るのは悲しいが、老人が去るのは自然の摂理。仕方がない。
そして、祖父を騙して騒ぎを起こしたシンシアだが、彼女はまだ仮免の学生だ。
学生が起こした騒ぎは、むしろ学園側の監督責任となる。
なにせ、彼女が危険極まる杖を大会に持ち込んだことを、学園は見抜けなかったのだから。
だが、魔術師協会の規定でそうなっていたとしても、やはり人道的にシンシアは非難されてしかるべきだろう。
事件が起きた次の日、校長室にシンシアとセラナ、それから参考人としてタクトが呼び出され、校長と協会の職員の前で事情聴取が行なわれた。
そこでシンシアは泣きながら、こう答えた。
「わ、わたくし……セラナさんとお友達になりたかったのです。セラナさんは可愛らしいのに強くて、頑張り屋さんで……けど、わたくしなんか眼中にないみたいで……もし校内トーナメントでセラナさんに勝てたら、わたくしに興味を持ってくれるかと思って……!」
それを聞いたセラナは驚いた顔で異を唱える。
「私もシンシアさんを凄いと思ってたよ! 綺麗だし、気品あるし、私なんかよりずっと魔術に詳しいし……けど、だからこそライバルだと思って、ちょっと冷たくしてたかもしれない……っていうか……その……私もシンシアさんと友達になりたい!」
「セラナさん!」
「シンシアさん!」
彼女らは涙ぐんで見つめ合い、それからギュッと抱き合った。
異界の魔王を封印した第二種グリモワールを暴走させた結果、少女二人が友達になるというほのぼのする結末に至ったわけである。
魔術師協会が乗り出してきたにしては寛大な処置といえるだろう。
だが、彼らだって趣味で粛正しているのではないのだ。
将来性ある学生や、魔術の発達に貢献してきた老人を虐めても、協会に利はない。
悪評とは裏腹に、協会にも慈悲はある。
相手に悪意がなければ――の話だったが。
まあ、そちらのほうは一件落着。
だが、問題はまだあった。
グリモワールをどう処理するか、ということである。
タクトは魔術師協会の職員に呼び出され、別室で二人っきりの話し合いを始めた。
「あのグリモワール。私のほうでもザッと調べてみたが、やはり著者は不明だ。それから、中に封印されていた魔物もよく分からない」
「なるほど、そうですか」
あの魔物、実は地球にいた魔王なんですよ――とは言えないので、タクトは適当に相づちを打つ。
「チャーリー・バルフォアが変に弄ったうえ、シンシア嬢が未熟だった。そのせいで魔物が復活してしまったが……君が再封印してくれた。ゆえに、しばらくは大丈夫だろう」
「でしょうね。それで、あの本は協会で回収するのですか?」
「いや。アジールとチャーリー・バルフォアの間で正式な取引が成立している以上、あれはバルフォア家のものだ。正体が分からないとはいえ、物としてはそこまで特殊でもないから、わざわざ協会が保有する価値があるとも思えないし」
知らないとはいえ、異世界の魔王を相手に凄い言いぐさだ。
ある意味、第一種グリモワールに匹敵する希少性なのに。
「しかし、今のバルフォア家に第二種グリモワールを管理する能力があるとは思えない。シンシア嬢の両親も、封印魔術は専門外だからね。そこで、しばらくの間、アジールで預かってはどうだろうか? 無論、バルフォア家の同意を得てからだが」
「なるほど。もし俺が断ったらどうなります?」
「そのときは危険物として回収するしかないな。魔術師協会の最大の目的は、魔術師によるトラブルを防ぐことにあるのだから」
それは困る。
タクトはあのグリモワールを使って――というより、あの中にいる魔王から、地球と次元回廊にかんする知識を引き出すつもりなのだ。
「分かりました。アジールでお預かりしましょう」
「ありがとう。実に助かる。クララメラ様にもよろしく伝えてくれ」
タクトは協会の職員と握手を交わし、そしてグリモワールを受け取った。
四千万イエンで売った本が無料で帰ってきたのだから、こんなに美味しいことはない。
きっとタクトの日頃の行いが良いからだろう。
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