36 瞬殺
「お前……魔王ヴァルバレア……なのか?」
それは、かつて地球に突如現われ、人類を滅亡の危機に叩き落した魔族の長。
十四年前、タクトはそれと戦い、勝った――
と思った瞬間、こちらの世界に転生していた。
その後、魔王と地球がどうなったのかタクトは知らない。
なんとか地球に帰ろうと次元回廊なるものを探しているが、いまだ成果が出ていない。
しかし、よく考えてみれば、タクトがこちらに来ているのなら、同じ条件だった魔王が来ていても不思議ではないのだ。
が、それでもやはり奇妙といえる。
〝彼〟はグリモワールに封印されていた。
そして、あのグリモワールは作られてから、少なくとも百年以上経っているはず。
タクトが魔王を倒したのも、こちらに転生したのも十四年前の話なのに。
同時に転生してきたのなら計算が合わない。
グリモワールが作られた年代と封印された時期が異なるのか?
だが、あのグリモワールは『何かを封印すること』に特化した本だ。
素直に考えれば、魔王を閉じ込めるために作られた本と見るべき。
――いや、そうか……こちらの世界と地球の時間軸が同じという保証はないんだ。
確かにタクトの主観では、あれから十四年経っている。
では、仮に今、タクトが次元回廊を開くことに成功し地球に帰ったとして、十四年後の地球に行けるのかといえば――何の保証もなかった。
一年しか経っていないかもしれないし、百年経っているかもしれない。
なにせ、世界が違うのだ。
ならば、魔王が別の時代に転生していたというのも十分にありえた。
「おい魔王。お前、一体いつからこの世界にいるんだ?」
「よく聞いてくれたな皇城拓斗よ! この世界に生まれ落ちて、はや二百年! かつては魔王と恐れられたこの我が、力の大半を失い、ただの一匹の魔物に成り下がり、しかも魔術師風情に本に封印されてしまった……この屈辱! だが……ああ、嬉しいぞ勇者、皇城拓斗よ! お前も普通の人間になって転生していたとはな! かつての魔力は微塵も感じない! ほんの少し優秀な魔術師というだけよ!」
魔王は高笑いを上げる。
巨体なだけあって、実に大きな声だった。
しかし、残念。
喜んでいるところ申し訳ないが、勘違いを指摘しなければならない。
「……悪いが。俺は前世の力をそのまま引き継いでいるぞ」
そう言って拓斗は右手を突き出し、勇者の紋章を浮かび上がらせる。
その瞬間、爆発的に膨れ上がる魔力の渦。
十四年前、魔王と戦ったときそのままの力がそこに残っていた。
「なっ! 何だと……! どういうことだ!? 我は力を失っているのに、なぜ貴様だけ……では我の力はどこにいってしまったのだッ?」
かつて魔王だった巨人は、気の毒なほど狼狽していた。
なにせ二百年も不遇の時を過ごし、ようやく宿敵と再会して恨みを晴らせると思ったら、絶望的なまでに差が開いていたのだ。
魔王が地球でやった破壊と殺戮は絶対に許さないが、この運命は同情に値する。
「お前の力はな……理由は知らないが、俺の左腕に宿っている」
タクトは左手も突き出し、そこに別の紋章を浮かばせる。
黒い逆五芒星の形をした〝魔王〟の紋章だ。
それを見た巨人は、赤い瞳を点にする。
「なっ!? え、は? それは、えぇ!?」
「そういうわけで。悪いがもう一度グリモワールの中に戻ってもらうぞ、魔王。お前が誰に封印されたのか、とか、俺たちがこちらに転生した理由とか、そういったことはあとでじっくり調べてやる」
タクトは二つの紋章を共鳴させ、巨人の体を分解していく。
先程は倒しきれずに復活させてしまったが、再生能力が高いと分かった以上、今度は念入りに倒す。
「ま、待て! 二百年ぶりに自由になれたのに……! せめて、もう少し暴れてから!」
「問答無用」
「ぎゃああああ!」
六メートルを超えるその体が消し飛んだ。
あとにはグリモワールと、それから人魂のような黒い火の玉が残っていた。
その火の玉は魔王の魂だ。
タクトが念じると、魔王の魂はグリモワールに潜り込んでいく。
二百年前に作られたこのグリモワール。何という魔術師が書いたのかは知らないが、実に優秀な魔術回路が刻まれていた。
長い年月でほころんでいるが、それをタクトの魔力で補強。魔王を閉じ込める監獄をこの場で再構築する。
「やれやれ。それにしても妙な因果だなぁ」
タクトはグリモワールを念力でたぐり寄せ、その表紙を眺めた。
何かの動物の革で作られた、無地の表紙。
さて。これからこの本をどう扱えばいいのだろう。
ヘル&ヘブン……!




