35 光の槍のファランクス
黒い巨人はセラナを踏みつぶそうと、その巨大な脚を上げる。
だが、すでにセラナの手には、タクトが投げた剣があった。
剣の柄には、サンダードラゴンの骨から作ったダイヤモンドが埋め込まれている。
そこに刻まれた魔術回路は極単純。
ダイヤモンド自体が放っているマナを使い、剣の強度と切れ味を強化するのだ。
使用者の魔力に依存せず、つねに安定した効果を発揮する設計。
つまり、扱うのが学生であっても――それどころか完全な素人であっても、鋼鉄をチーズのように斬り裂くことが可能である。
そこにセラナの剣技が加われば、それこそサンダードラゴンだって倒せるだろう。
ならば、この黒い巨人だって倒せるのだ。
「やっ!」
セラナを押し潰そうとする巨脚と、きらめく刃が交差する。
結果、セラナは潰れず、逆に巨人の脚が切断された。
片足を失った巨人はバランスを崩し、仰向けに倒せる。
その巨体とは裏腹に、音は思いのほか小さかった。
炎のように揺れるシルエットから見て取れるように、やはり実態がないのかもしれない。
「シンシアさん、大丈夫!?」
セラナはシンシアのもとに駆け寄り抱き起こす。
シンシアはしばらく愕然としていたが、ハッと気が付くと、目を見開いてセラナを見つめた。
「セラナさん……わたくしを助けてくださったのですか……? わたくしのせいでこんなことになったのに……」
「なに言ってるの! 当たり前でしょ! それより、早く逃げなきゃ!」
セラナはシンシアの手を引いて、リングの端まで走ろうとした。
だが巨人の体が変形し、人型からイソギンチャクのような不気味な姿になり、触手を伸ばす。
触手はセラナとシンシアの脚に絡みつき、二人を持ち上げてしまった。
そしてイソギンチャクは口を開け、少女たちを飲み込もうとする。
「え、ちょっと! 私たちを食べても美味しくないし!」
「誰か、誰か助けてくださいましぃ!」
言われずとも助けるに決まっている。
なにせタクトは剣を投げたあと、すぐに結界の内側に入り込んでいた。
位置は巨大なイソギンチャクの頭上。滞空し、空中に魔法陣を展開。
眼下に炎の矢を放つ。
それにより触手が切断され、セラナとシンシアはリングの上に落ちた。
「きゃ!」
「はう!」
セラナは悲鳴を上げながらも無事に着地した。が、シンシアはビタンと音を立ててうつ伏せになり、そのまま動かない。
「……セラナさん。シンシアさんを担いで逃げてください。結界は二人を通すように設定していますから気にしないで」
「タクトくんはどうするの!?」
「もちろん、このイソギンチャクを始末します」
イソギンチャクはタクトを敵と見なしたらしく、セラナたちを無視して、十数本の触手を空に向けて伸ばしてきた。
だが、タクトはあらかじめ、周囲に高熱の空間を作り出している。
触手の全てはタクトに接近しただけで融解し、蒸発してしまう。
「わ、分かった! ありがとうタクトくん……気をつけてね! 大丈夫だと思うけど!」
蒸発した触手を見たセラナは、グッと親指を立ててからシンシアを担ぎ上げ、客席へと走っていった。
その客席では、すでに避難が始まっていた。
巨人やらイソギンチャクやらと化物が出現したせいで、誰も彼もが我先にと出口に向かっている。
幸いにも、このコロシアムの通路は広く、出口も複数あるので、ドミノ倒しのような混乱は起きていない。
「さて。とっとと片付けるか」
なぜ、このような事態になってしまったのか。
結局、あのグリモワールの中身は何だったのか。
それらの疑問を追及するためにも、まずはこの場を鎮圧しよう。
「ライト・オブ・ファランクス」
タクトの呟きとともに、空中に光の槍が現われた。
それは十本、二十本と増えていき、やがて百を超える。
その切っ先は、真下にいるイソギンチャクを向いていた。
イソギンチャクは危険を感じ取ったようで、新たな触手を生やし、タクトに攻撃してくる。
しかし、もう遅い。
百の光槍は隊列を組み、垂直にイソギンチャクを強襲した。
それは刺すというよりは、抉り、削り取ると表現すべき暴力の群れ。
瞬く間にイソギンチャクは小さくなっていき、リングごと消滅してしまった。
これで終わり――タクトがそう思った瞬間。
抉れた地面の奥から、再び巨人が現われ、タクトに向かって突進してきた。
驚くべき再生力である。
「むっ!」
タクトは後退してそれを避ける。
すると、同じ高度まで登ってきた巨人が、真っ直ぐタクトを睨み付けてきた。
巨人には表情があった。
激しい怒りの表情。
ただたんに攻撃されたから怒っているのではなく、もっと深い、長年の怨みがこもっていそうな形相だった。
一体いつ自分が巨人の恨みを買ったのだろうか。
初めて会ったのは、ギャングの地下倉庫のはず。
あれも怨みの対象といえばそうなのだが、しかし、それにしても凄まじい憤怒だ。
訳が分からずタクトが首を捻っていると、巨人は口を開いた。
「ああ、やはりそうだ! あの地下倉庫で会ったときから予感していたぞ! その魔力の波長……貴様、皇城拓斗だな!」
「――なに?」
どうして巨人がタクトの名を知っているのだろう。
それも、タクト・スメラギ・ラグナセカ、ではなく。
皇城拓斗という日本人としての名を。
――まさか、こいつ。いや、俺がこうしてここにいる以上、こいつがこちらの世界にいても不思議ではない……?
見る影もなく弱体化しているから、今の今まで連想もしていなかった。
しかし、よく観察すると、似ている。
いや、同じだ。
かつて地球で戦った、あの最強の敵と全く同じ波長のマギカが、巨人から出ているのだ。




