32 第二試合
それは波打った金髪をきらめかせる、美しい少女だった。
立ち振る舞いの全てが優雅。コロシアムで舞踏会が始まったのかと錯覚するほどだ。
一体何者か?
選手紹介でその名が読まれると、その疑問はすぐに氷解してしまう。
シンシア・バルフォア。
ララスギアの街では名門として知られる家だ。
優秀な魔術師を多数輩出しており、つい最近、アジールに来店してくれたチャーリーもその一人。
であれば、相応の実力を持っているのだろうと、観客の誰もが期待して試合を見つめた。
そして、彼女の力は全員の予想を遥かに超えていた。
お祭り好きの人々が静まりかえってしまうほどに。
まず異様なのは、シンシアが杖を二本持っているということ。
左手にあるのは学生が使う木製の杖だが、右手にあるのは金属製だった。
それも普通の鉄ではない。
おそらくは――オリハルコン。
マジックアイテムの素材としては最高級の素材だ。
素の状態でも鋼鉄を上回る強度を誇り、魔力を流せば天井知らずに強固となっていく。
そして魔術回路を刻めば宝石以上の精度で作動するという反則的な性能を持っている。
だが、加工が非常に困難で、その上、ダイヤモンドよりも高額だ。
一介の学生が入手できる代物ではない。
しかしバルフォア家の財力があれば、可能なのだろう。
それにしても、どんな効果を持つマジックアイテムなのか?
そう、誰もが考えたのも束の間。
試合開始と同時に、試合が終わった。
リングの上に突如として巨大な黒い腕――のようなものが出現し、シンシアの対戦相手を場外まで弾き飛ばしたのだ。
飛ばされた学生は気絶し、起き上がれない。
審判はシンシアの勝利を宣言した。
時間にして十分の一秒以下。
弾き飛ばされた者はおろか、観客ですら何が起きたのか分からず、愕然とするばかり。
タクトも黒いそれの正体を把握できなかった。
不意に現われ消えたことから、おそらくは召喚獣の類いだろう。
その秘密がシンシアの実力ではなく、あの杖にあるということも想像できる。
だが、それにしても――学生の試合に持ち込むようなマジックアイテムではない。
「反則じゃねーか!」
客の誰かがそう叫ぶと同時に、連鎖してブーイングが始まった。
一万人近い人間が、一人の少女に罵声を飛ばす。
しかしシンシアは涼しい顔で客席を見回してから、一括する。
「お黙りなさいッ!」
その女王の如き声に全員が圧倒され、コロシアムは静寂に包まれる。
タクトですら感心してしまうほどの迫力だった。
「このトーナメントには、自前のマジックアイテムを持ち込むことが認められています。そしてこの〝見習いの杖〟を通せば、どのような魔術を使っても構わない。それがルールですわ。そうですわね、先生方」
シンシアはこれ見よがしに、左手の杖を掲げてみせる。
学生用魔術制御装置――通称〝見習いの杖〟。
魔術発動を補佐すると同時に、見習い魔術師がトラブルを起こさないよう、魔力に制限をかける装置だ。
シンシアは右手と左手の杖を同時に使用した。
つまりシンシアが今行なった技は、仮免許で認められる範疇に収まっているということ。
「協議の結果、シンシア・バルフォアにルール違反がないという結論になりました」
運営委員会が魔力で拡声したアナウンスを流す。
公式に認められてしまった以上、シンシアは遠慮なく使うだろう。
彼女の対戦相手は、さっきの技と対峙しなければならない。
勝敗はやる前から分かっていた。
開始と同時の敗北。
そんな試合に出たかがる者はおらず、ほとんどの者が一斉に棄権を申し出る。
客席も白けてしまい、ため息ばかりが漏れていた。
だが、たった一人だけ。
シンシアとの戦いに望む生徒がいた。
言うまでもなく、それはセラナ・ライトランスだった。
△
決勝戦の開始は三十分後だとアナウンスされた。
そこでタクトは席を立ち、コロシアムの入り口に向かう。
予想どおり、セラナとシンシアのどちらが勝つかで賭け事が行なわれていた。
どうやら、オッズはかなり偏っているらしい。
「おいおい。ほとんど全員がシンシアじゃねーか。これじゃ賭けにならねぇ。いいのか? 大穴狙いで男気みせる奴はいねーのか? 万が一ってこともあるだろうが」
賭けの元締めは、周りにいる男たちにそう呼び掛ける。
が、誰もセラナに賭けようとしない。
無理もないだろう。
シンシアの圧倒的な強さを見てしまっては、彼女が負けるところなど想像も出来ない。
しかし、タクトは手を上げ、そして宣言する。
「セラナさんに十万イエン」
瞬間、うぉぉぉと歓声が上がった。
「おい、嬢ちゃん、正気か!? 大金をドブに捨てることになるぞ!」
「悪いことは言わないからやめておけ。素人目に見ても実力差がありすぎる」
周囲の人々がタクトに忠告してくる。
無論、聞く耳持たない。
とくに「嬢ちゃん」呼ばわりした奴は目も合わせてやらない。
「ご心配なく。俺には俺の考え方があるので。さあ、十万イエンはここにあります。セラナさんに賭ける人がいなくて困っていたのでしょう?」
タクトは元締めの男の前に立ち、札束を突きつけた。
「へっ、可愛い顔して勇気がある子だぜ。ほら、これがセラナに賭けたって証明書だ。なくすなよ」
男は紙に『セラナ、十万イエン』と走り書き、最後に判を押してタクトに渡す。
周りの連中が興味深げに覗き込んでくる。
おい、こいつ本当に十万イエンも賭けやがったぞ――という感じだ。
タクトは何か言ってやろうかと思ったが、また「嬢ちゃん」とか「可愛い顔」などと言われたら、自分を抑える自信がないので、その場を立ち去ることにした。
そして始まる、決勝戦――。