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30 真夜中の工作

 深夜、十一時を回った頃。

 風呂上がりのタクトは、パジャマ姿で自室の押し入れを漁っていた。

 そして冬用の布団とか、蒸留装置とか、バジリスクの目玉とか、ダンジョンで拾った素性不明の名剣とかの奥から、お目当ての大瓶を発見する。


「あった、あった。サンダードラゴンの骨粉」


 容量一リットルほどの、ガラスの瓶。

 その中には真っ白な粉がつまっていた。

 

 二年ほど前、山菜採りに出かけた際に襲ってきた、サンダードラゴンの骨を砕いたものである。

 

 タクトは瓶のフタを開けてひっくり返し、机の上に骨粉の山を作る。

 ちょっとした風を起こしただけで部屋の中に散ってしまう。

 くしゃみなどしたら大惨事だ。

 

 タクトは慎重に骨粉の左右に手の平をかざし――そして魔力を込めた。


 右の手の平に浮かび上がる、青い二枚の翼。それは勇者の紋章。

 左の手の平に浮かび上がる、黒い逆五芒星。それは■■の紋章。


 二つの力が混ざり合い、サンダードラゴンの骨粉を圧縮していく。

 縮めて、縮めて。熱を持ち、光り輝くほど縮めて。

 窒素やカルシウムなどの不要な物質を吹き飛ばし、炭素だけを抽出して、更に縮める。


「よし、完成だ」


 魔力を抜くと光が治まり、机の上に一欠片の宝石が転がり落ちた。

 それは直径一センチほどの、ダイヤモンド。

 すでにカッティングされた形でそこにある。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとタクト!? 今の魔力どうしたの! 何があったのっ!?」


 いつもおっとりしているクララメラが、隣の部屋から血相を抱えて飛び込んできた。

 相変わらず眠っていたらしく、髪の毛はボサボサで、目の下にクマがある。

 普段なら矢が降ろうとも起きないくせに、タクトが紋章解放するとすぐにこうやって暴れ出すのだ。


「落ち着いて下さい。ちょっとダイヤモンドを作っていただけです」


「ああ、そう……ならいいんだけど……急に紋章を二つとも解放するとか、びっくりするからやめて頂戴。か弱い女神のガラスハートが割れちゃうじゃないの」


「女神はいつから弱くなったんです?」


「あなたに比べたらの話よ。タクト」


 そう呟いて、クララメラはタクトのベッドに腰を下ろす。

 顔に脂汗が浮かんでいた。

 どうやら本気で恐ろしかったらしい。


「ねえ、タクト。あなた、いつかは元の世界に戻っちゃうの? この世界は嫌い?」


 クララメラは足をぷらぷらさせながら、天井を仰いでそう呟く。


「……どうして急にそんなことを?」


「だってね。その紋章を見るたびに思うのよ。ああ、やっぱりタクトは本当に別の世界から来たのね、って。そしてあなたは異世界への扉である次元回廊を探し続けている。やっぱり帰りたいの? そりゃ生まれ故郷が一番いいのかもしれないけど……私はタクトにずっとここにいて欲しいわ。わがままだってのは分かってるけど……」


 愁いを帯びた、女神の横顔。


 先代の女神から力を受け継ぎ、ラグナセカという姓を捨て、人間をやめてから(、、、、、、、、)数百年。


 この森から離れることを許されず、人々と同じ時間を生きることを許されず、ひたすら眠って時間が過ぎるのを待つ女性。


「店長。あまり俺を見損なわないで下さい。寂しがり屋のあなたをおいていなくなるわけないでしょう? 俺がこの世界に転生して十四年。すでに第二のふるさとですから」


「本当に? じゃあ、いつまで次元回廊を追い求めているの? 何のために?」


 まるで見た目通りの少女のように、クララメラはすがる瞳をタクトに向ける。


「店長。次元回廊は異世界との行き来を可能にする魔術といわれています。いいですか? 一方通行ではなく、行き来です。この意味、分かりますよね?」


 もちろんそれは、こうなったらいいなというタクトの構想。妄想と言い換えてもいい。

 実現するか否かは何の保障もなく、それどころか次元回廊が実在するのかも分からない。

 しかし、それを聞いたクララメラは、意味を呑み込んでから破顔した。


「そうね……ええ、そうね! それならタクトは故郷に行けるし、私ともずっと一緒にいられるわ。なんだ、そういうことだったのね!」


 手をパンと合わせ、喜びの声を上げる。

 むしろタクトからすれば当たり前の話なのだが、クララメラにとっては天地が引っ繰り返るほどの衝撃だったらしい。


 そして「うんうん」とひとしきり頷いてベッドに寝転がると、幸せそうに眠ってしまった。


「俺のベッドなんですけどね……」


 タクトはクララメラの寝顔を見て苦笑し、それから次の作業に取りかかった。


 まず、いま作ったダイヤモンドに魔術回路を刻み込み、剣に埋め込んで――


「いや。先にこっちからやったほうがいいか」


 机の端にあるルビーのアミュレット。

 それがふと目に止まり、タクトは手を伸ばす。


 せっかくセラナがくれたのだ。

 彼女のためになる加工を施そう。

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