03 ララスギアの街
タクトはララスギアの街の裏通りを歩く。
こちらの世界に転生してから早十四年が過ぎた。
もう既に街並みは見慣れてしまったが、いわゆる中世ヨーロッパ風。
ただし、あくまで『風』である。
地球の中世ヨーロッパのように、王の権力が弱まって領主が幅をきかせていたり、道が糞尿まみれだったり、魔女狩りが日常茶飯事だったり、公開処刑が市民の娯楽になっていたりという殺伐とした雰囲気は全くない。
ようは、ファンタジー系RPG。
飢餓もなく、圧政もなく、レンガ造りの建物が並び、個人の庭には花があふれ、ほのぼのとした空気が漂った街。
そして魔術が実在し、普及し、使用されている。
個人の努力や資質しだいで空を飛んだり、食品を冷凍して運んだり――といった芸当が可能なのだから、地球の歴史と照らし合わせて『この時代のこの文化レベル』と表現するのは難しい。
おおらかで、おおざっぱな世界。
だからこそ、魔導古書店などという怪しげな商売も成立する。
なぜタクトがこの世界に転生してしまったのか。
元いた地球はどうなっているのか。
帰る方法はあるのか。
もしかしたら地球というのはタクトが見ていた夢だったのではないか。
この十四年、タクトはずっと考えてきたが――答えは出なかった。
それらの問いを追求するためにも、魔導古書店という仕事は都合がいい。
つねにこの世界の知識に触れ続けることが出来るのだから。
そして今、新しい一冊がタクトの元に飛び込んでこようとしている。
場所は郊外の高級住宅地。
広々とした庭を持つ一軒家。
それこそが手紙の送り主、アルファーノ・ファミリーのボスの住居だった。
庭の広さはザッと400坪はあるだろう。
立派な門の奥には石畳の道が延びていて、両脇には綺麗に整備された木々が植えられている。
そのうちの一本に、灰色のドラゴンが止まっていた。
もっともドラゴンとしては、それほど大きな個体ではない。
せいぜいドーベルマン程度のものである。
だが、それでもドラゴンはドラゴンだ。
敷地に侵入する者がいれば、たちまち木から飛び降りて襲いかかり、場合によっては火も吐く。
無論、魔術師としてのタクトは、小型のドラゴンに後れを取ったりはしない。が、顧客のペットに怪我をさせては、商売人として落第だ。
幸いにも、門の前に見張り役が一人いた。
筋肉隆々の、いかにもな用心棒。
実際、街の殴り合いレベルなら、そうそう負けたりはしないのだろう。
しかも、首にぶら下げている宝石は、魔術回路が刻まれたアミュレット。
どうやら魔術の心得もあるらしい。
「おい、お嬢ちゃん。さっきから何をジロジロ見ていやがる。ここがどこだか分かっているのか?」
男はタクトを睨み付け、威嚇的な声をぶつけてくる。
ギャングが無礼なのは商売柄仕方がない。
だが「お嬢ちゃん」ときたか。
確かにタクトの身長は十四歳としても小柄なほうだし、顔立ちも中性的。
ゆえに性別を間違えられるのは日常茶飯事で、今更怒る気もしない。
不愉快ではあるが。
「これは失礼。俺は魔導古書店アジールの魔術師、タクト・スメラギ・ラグナセカです。本を売ってくださると聞いてやって来ました。それと、俺は男です」
残念ながら声変わりもしていない。
前世と合わせれば三十路になるというのに。
早く大きくなりたいものだ。
タクトの言葉を聞き、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
果たしてそれは、タクトが男だと言ったからなのか。それとも魔術師だと明かしたからか。
「お前がみたいなガキが……?」
どうやら後者だったらしい。
「ええ。不満ですか? しかしライセンスは持っていますよ」
「……いいや。むしろ好都合だ。入れ。門から入ったなら、あのドラゴンは襲ってこない」
そう言って、男は門を開けてくれた。
そのとき彼の表情は、獲物を前にした狼のようだった。
――むしろ狼は俺のほうなんだけど。
五分後。
屋敷のリビングに通されたタクトは、柄の悪い男、十四人に取り囲まれていた。
こちらを子供と侮り、脅しをかければ如何様にも要求を通せると思っているらしい。
実に予想どおりの反応といえる。
中には何人か魔術師も混じっているが、こちらの実力を見抜けない時点で驚異にはなり得ない。
交渉を円滑に進めるため。
タクト・スメラギ・ラグナセカに囲みをかけるということの意味を、ギャングたちに教育しておく必要があるだろう。