29 シンシア・バルフォア
チャーリー・バルフォアは別格にしても、バルフォア家は代々、優秀な魔術師を数多く輩出していた。
生まれた子供は将来の魔術師となるべく育てられ、魔術学園に入学する前に、実技はともかく知識は一通り教え込まれてる。
そして、今年十七歳になったシンシア・バルフォアもまた、そんな一人。
一年前から魔術学園の生徒となり、来年の今頃には卒業しているだろう。
十代のうちに入学試験を突破するとは、流石はバルフォア家――周りからはそう言われていた。
実際、普通の人間は、十代のうちは心も体も成長しきっていない。ゆえに魔力も入学レベルにすら達しておらず、試験に合格できない。
無論、バルフォア家の人間が十代で成熟してしまうというわけではなく、未成熟でも他の者たちより優れているということだ。
つまり才能。
天才の家系。
ところが、である。
シンシアと同じ年齢のライバルが一人いた。
しかも彼女は、半年前に入学してきたばかりなのに、もうシンシアと同レベルに達している。
いや、正面切っての戦闘となれば、向こうに軍配が上がるかも知れない。
名をセラナ・ライトランス。
魔術師の家系でも何でもない、田舎から来た銀髪の少女。
どうやら彼女も次の校内トーナメントに出るつもりらしい。
となれば、どこかでぶつかるのは必至。
絶対に負けられない。
バルフォア家の名誉にかけて。
否――シンシアの個人的な想いにかけて。
「シンシア。今、帰ったよ」
「あら、おじいさま。お帰りなさいませ」
シンシアがリビングでセラナの顔を思い浮かべていると、出かけていた祖父、チャーリー・バルフォアが帰ってきた。
その脇に抱えられた古書を見て、シンシアは息を飲む。
こうして離れていても、強烈なマナを感じ取ってしまう。
なんて強力なグリモワール。
流石は祖父だ。
やはり、おねだりしてよかった。
「お疲れ様ですわ、おじいさま。こちらに来て一緒に紅茶をいかがです? それとも今すぐアレの制作に取りかかりますか? なにせ、それだけのグリモワールを手に入れたのですから。昔の血が騒ぐのではありませんこと?」
そうシンシアが尋ねると。
チャーリーはグリモワールを手に持ち、シゲシゲと眺め、そして不思議そうに首を捻った。
「はて……私はいつの間にこんなものを……? 一体どこで?」
いつ、どこで――それは、どうでもよいこと。
重要なのは、今ここに、アレの動力源となるグリモワールがあるという事実。
「まあ、おじいさま。久しぶりにマジックウェポンを作ると仰っていたではありませんか」
「そうだった、かな? うん、そうだった、そうだった! しかし、私はどうして急にそんな気になったんだろう?」
それは無論。
シンシアが校内トーナメントでセラナを倒すためだ。
「よろしいではありませんか。一流たる者、生涯現役。そういうことですわ。わたくし、おじいさまの新作を楽しみにしております」
「そうだな……しかしシンシア。完成しても触ってはいけないよ。アレは学生のお前では扱いきれないからね」
チャーリーはグリモワールを持ち、地下の工房へと向かっていく。
その後ろ姿を見ながら、シンシアは苦笑してしまう。
扱いきれないなどと、随分と低く見られたものだ。
シンシアの才能は、教師も学友も皆が認めている。
認めていないのはただ一人、あのセラナだけ。
「はい、分かっております、おじいさま。疲れたときはお声をかけて下さいまし。いつでも肩をお揉みしますわ」
「おお、それはいい。しかし……頭の中に設計図があるが……いつの間に考えたのだろう……?」
チャーリー・バルフォアは八十歳を過ぎても、いまだ実力が衰えない。
魔力。知識。技術。そしてマジックアイテムの作成能力。
全てが超一流の水準にとどまっているが――残念ながらボケている。
もはや、朝ご飯を二度食べるようなレベルで記憶が続かない。
そんな祖父を誤魔化して、対セラナ用のマジックウェポンを設計させるのは容易なことだった。
なにせ腐ってもチャーリー・バルフォア。
新しい記憶を保持できなくても、培った技術と知識は湯水のごとく湧いてくる。
「ふふ。騙してごめんなさいね、おじいさま。セラナさんを倒したら、お礼に沢山甘えて差し上げますから」
そして敗北に打ちのめされているセラナをシンシアが――




