27 チャーリー・バルフォア
アジールに帰ると、また店の前に人がいた。
今度はエミリーではなく、クララメラでもない。
――老人?
それは酷く腰の曲がった、白髪の男性だった。
顔にシワが深く刻まれている。が、目には精気がある。
いかにも好々爺といった優しげな顔で、ぼんやりと森を見つめていた。
手にした杖には魔術回路が刻まれた様子がなく、おそらく完全に歩行の補助用。
しかしボケ老人がたまたま迷い込んできた――というのは有り得ない。
なぜなら、ここは魔導古書店アジール。
一般人が踏み込んでも、迷子の結界の効果でさまよい、ふと気が付けば街に戻ってしまう。
迷子の結界を無効化できても、次は圧力の結界により、見えない壁で押し出されてしまう。
それを突破する魔力があって、はじめてアジールは客を迎え入れる。
ゆえに、ここに〝いる〟というだけで、魔術師としては並以上の証なのだ。
しかも、この老人からは、何か迫力を感じる。
はっきりとしたことは分からないが、一流の匂いが漂っていた。
そんな老人はどこか懐かしげな様子で、アジールとその周りの木々を見回している。
「おや? 君もアジールのお客さんかい? 残念だけど、クララメラ様はお休み中だよ。また今度にした方がいいよ。あの方は、一度眠るとなかなか起きないから」
老人はタクトを見つけると、はきはきとした口調でそう語る。
腰の曲がり方からは想像も出来ない力強さだ。
「ああ、いえ。俺はこの店の店員です。留守にして申し訳ありません」
「おお、そうかね。クララメラ様は人を雇ったのか。それはいい。どうりで店の中が綺麗になっていると思ったよ。失礼だけど、クララメラ様が片付けるとも思えないしね」
「それは……ええ、そうですね。分かります」
老人の言葉にタクトは、苦笑しつつも頷いてしまう。
愛すべき、ぐーたら女神。
敬意を持って、陰口をたたこう。
「ちなみに私はチャーリー・バルフォア。今はもう魔術師を引退してしまったが、二十年ほど前まではアジールの常連だったんだ。よろしくね」
「ああ、申し遅れました。俺はタクト・スメラギ・ラグナセカです。しかしチャーリー・バルフォア……失礼ですが、もしやマジックアイテムの作成で有名な、あのチャーリー・バルフォアさんですか?」
「へえ。君のような若い女の子でも私の名前を知っているのか。照れくさいけど光栄だな。しかし昔の話だよ」
バルフォアは照れくさそうに頭をかく。
しかし照れくさいのはむしろタクトのほうだった。
なにせチャーリー・バルフォアといえば、文句なしの大魔術師。
魔導書こそ書いていないが、ダンジョン探索でもモンスター討伐でも成果を上げている。
そして何より、魔法剣やアミュレットを初めとした、マジックアイテム制作の達人として有名である。
そんな高名な人が今、目の前にいるのだ。
光栄であり、そして自分の無知を恥じる。
「お恥ずかしながら、バルフォアさんがアジールの常連だったとは知りませんでした。お許しください」
「いや、いいんだ。君が生まれる前の話だから。そうかしこまらず、もっと気楽にしていて欲しい。私など、クララメラ様に比べたら小者だろう?」
それはそうだ。
クララメラは世界を支える、五大女神の一柱。
彼女がいなくなれば、数日中にトゥサラガ王国は滅びる。
女神とはそれほどの存在なのだ。
「ではバルフォアさん。お言葉に甘えて、一ついいでしょうか?」
「うん? 何だねタクトちゃん」
バルフォアはニッコリと笑い、年配者の余裕を顔一杯に浮かべる。
まるで、タクトが何を言ってもしっかり応える準備は出来ている、と言いたげだ。
しかし、彼は間違っていた。
「俺は男です。そこだけはハッキリさせておきましょう」
タクトがそう宣言すると、バルフォアは一瞬だけ目を見開いた。
それから相変わらずニコニコとしたまま、「そうかそうか」と呟いて、タクトの頭を撫でてきた。
――本当に分かってくれたのだろうか?




