26 怒髪天
渡されたペンダントは、予想どおり素晴らしい出来映えで、そしてお揃いだった。
「じゃあセラナさん。魔法陣を返すので、指を出して下さい」
「う、うん。分かったわ」
タクトは差し出された指に魔法陣を乗せた。
そしてセラナは大きく深呼吸してから、ルビーにそれを押しつける。
宝石の性質を利用し、魔力を吸わせ、魔術回路を刻み込む。
「これで……アミュレットになったの?」
「はい。ちゃんとルビーに魔術回路が刻まれました。その証拠に、ほら」
タクトはセラナのおでこ目がけて、思いっきりチョップを放った。
が、それは寸前で止まってしまう。
魔術回路が正常に働き、セラナの魔力をオートで使い、防御結界を張っているのだ。
「凄い! 私の魔術回路凄い!」
セラナは手に握るペンダントを見つめ大いに喜ぶ。
「ですが、いくら自動的に動くと言っても、セラナさんの魔力を消費していることに変わりはありませんから。使いすぎると魔力が切れて倒れてしまいますよ」
魔力の酷使は、精神と肉体の双方に負荷をかける。
よって、魔力がゼロになるほどの状況では、足腰が立たなくなり、気絶することもありえる。
セラナがアジールに来店したときのように。
「分かってるわよ。でも、そもそも魔力切れになるほど追い込まれるような相手って、どのみち勝てないと思うんだけど」
「それはそうです。だから、勝てないと思ったときは逃げる。その判断も大切です」
「分かってるわよ。私だって死にたくないし」
そうセラナは澄まし顔で言う。
しかし、本当に分かっているのだろうか?
自分はこいつに殺されるかも知れない、という判断は簡単なようで難しい。
特に、負けたくない戦い。負けられない戦い。
そういったときは、判断が鈍る。まだいけると思ってしまう。
相手が実力を隠すのに長けていたらなら尚更だ。
巧妙に追い込まれ、気が付いたときには退路を断たれている。
タクトは転生してから死の恐怖を覚えたことはない。
しかし地球では幾度もあった。
平和なこちらの世界では、死線を乗り越えることなど、普通に生活している限り、そうそうないだろう。
それこそ、ダンジョンにでも潜らないと、命の取り合いが発生しない。
だから、いくらセラナが剣術の達人でも、危険察知能力は過信できないのだ。
「しかし、魔術ってのはすげぇな。お前らみたいな子供でも、いっぱしの奇跡を起こしやがる」
横で見ていた宝石店の店主、ドミニク・ダウエルが、顎に手を当てシミジミと呟いた。
「何を言っているんですかダウエルさん。宝石加工こそ立派な技術です。俺は一生かけても、こんな見事なカッティングを出来る気がしないし、金細工もです。まして一日でやるなんて」
「そうですよ。私、こんなに可愛いアミュレット見たことありません。学園の皆に自慢できます!」
タクトとセラナが褒め称えると、ダウエルは頬を赤らめ、自分のハゲ頭をピシャリと叩く。
「そ、そうか? 嬉しいことを言ってくれるなぁ。よし、お前たちが結婚することになったら、無料で指輪を作ってやろう! 腕によりをかけてな!」
「結婚……? 俺と、セラナさんが……!?」
「何を、変なことを……やめてくださいダウエルさん!」
ダウエルの言葉を、タクトとセラナは全力で否定する。
タクトにとってセラナはたんなる客であり、出会ってからまだ数日しか経っていない。
あるいは友人と言えるかもしれないが、ようはそれだけ。
恋人では断じてないし、結婚など想像も出来なかった。
「俺がセラナさんと結婚とかありえませんから。冗談でもやめてください。全くもって意味が分かりませんよ」
それは二人の総意だと思い、タクトは口に出した。
なのだが――。
「ちょっとタクトくん! そこまで言わなくてもいいんじゃないっ? 失礼しちゃうわ!」
急にセラナが怒り出した。
犬歯を剥き出しし、紫色の瞳でタクトを睨む。
マギカが体から溢れ出し、静電気が起きていた。
比喩ぬきに、怒髪天をつくという状態。
「え、セラナさん……?」
「もういい、私帰る! ばいばいタクトくん! また今度ね!」
セラナは出来たてほやほやのアミュレットを握りしめ、大股で店から去って行った。
どうやら本気で腹を立てているらしい。
しかし、理由が皆目分からない。
「……ダウエルさん。セラナさんは一体どうしてしまったんです?」
ダメ元でタクトはダウエルに助けを求めた。
すると彼は肩をすくめ、それからタクトの頭をポンポンと撫でた。
「タクト。お前、ませているようでも、やっぱりガキなんだなぁ。いやぁ、良かった良かった」
なぜか安心した口調で、ダウエルはしみじみと呟いた。
ああ、まるで意味が分からない。




