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25 魔術回路図

 ルビーのペンダントを受け取るため、タクトはダウエル宝石店に向かう。

 今日こそは寝ない、とクララメラが豪語していたので一応、店は開けてある。

 が、まるで信用はしていない。

 もっとも、女神が経営する店で万引きする不届き者はいないだろうし、会計をせずに本を持ち出せば金縛りになるようになっているので、心配は無用だ。


 そしてセラナとは特に待ち合わせをしたわけではないが、もしかしたら鉢合わせするかも――と期待して歩いていたら、案の定。

 銀色の髪に夕日を映し出した少女が、通りの向こうからやって来た。


「セラナさー……ん……?」


 確かにセラナだ。

 しかし、歩き方がおかしい。

 むしろ、全体的におかしい。


 両手で杖を握りしめ、それを垂直に立て、左右に揺れないよう、慎重に慎重に。

 まるで皿回しの曲芸でもやっているかのように、死にもの狂いでバランスを取っている。

 だが、杖の先端にあるのは、皿ではなく黄金の魔法陣。

 それも五芒星や六芒星のような単純なものではなく、複雑な模様が重なり合った魔術回路図だ。


「セラナさん、なにしてるんです? どうして魔術回路を剥き出しで?」


「タクトくん……今は話しかけないで……これを宝石店まで持っていって……その場でペンダントに刻み込むんだから……」


 セラナはタクトに一瞥もくれず、魔法陣を凝視し、水平にたもったまま歩くことに全力を注ぐ。


 道行く人が何事かと見つめてくる。

 無理もない。

 棒の先でピザを支えるような姿勢で歩く少女がいたら、誰だって見てしまう。

 タクトだって無視できない。これは面白すぎる。

 しかし、友達だと思われるのは勘弁だ。


「恥ずかしいですよセラナさん。俺が持ちますから、普通に歩きましょう」


 タクトは杖の先から魔法陣を取り上げ、指先でクルクル回してみせる。

 するとセラナはギョッとした顔になり、悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっとタクトくん! 私が早起きして組み上げた魔術回路を乱暴に扱わないでよ! そんなグルグルやったら壊れちゃうじゃないの!」


「壊れませんよ。ちゃんと保護してますから。ほら」


 魔法陣を放り投げ、空中でキャッチ。

 右手の人差し指から、左手の人差し指に移し替えてみせる。


「ああ、やめてぇやめてぇ! 大丈夫だとしても心臓に悪いからやめてぇ!」


 例のごとくセラナは半べそになり、タクトにしがみついてくる。


「分かりました。もう意地悪しませんから泣かないでください」


「な、泣いてないし……うぅ、それにしてもタクトくんは器用だなぁ……」


 タクトの指先で回転する魔法陣を、彼女は羨望の目差しで見つめた。


「こんなの、ちょっとコツを掴めばすぐですよ。むしろ、ずっと杖の先にのっけて歩いてきたセラナさんの度胸のほうが凄いです。羞恥心、ないんですか?」


「あるわよっ! けど、ペンダントを受け取ってから魔術回路を作ってたら、明日になっちゃうじゃない。私は今日中に使ってみたくてウズウズしてたんだから」


 まるで遠足前夜の子供である。


「はぁ……ところでセラナさん。魔術回路を作るのは初めてですか?」


「そうよ。あの本を見ながら作ってみたの。タクトくんの目から見たら……やっぱり駄目?」


 セラナは自信なさげに小さな声で呟く。

 だが、むしろ逆だ。


「いえ。初めてだというのが信じられないくらいの出来映えです。学生レベルじゃありませんよ。大したものです」


 魔術回路に組み込まれている術式は、敵の攻撃に対してオートで防御結界を張るというものだ。

 なるほど。セラナはもともと剣術を習っていたため、真正面からの攻撃には強いだろう。

 しかし、遠距離からの不意打ちや、トラップ系魔術まで回避するのは難しい。

 ならば、自分の意志とは無関係に、自動的に防御してくれるアミュレットを一つ持っておけば、いい保険になる。


「本当!? タクトくんのお墨付きがもらえたら自信がつくわ」


「ええ、自信を持って下さい。デバッグもちゃんとしてあるし、処理も速そうです。これなら実用レベルでしょう」


「そんなに褒められると……照れるでしょ! もうタクトくんってばやめてよ……えへへ」


 セラナはとろけてしまいそうな笑顔を浮かべ、全身で喜びを表わした。

 こちらの言動にいちいち素直に反応してくるので、可愛くて仕方がない。

 まるで妹が出来たような気分である。

 年上だが。


「いつまでもニヤけていないで行きましょう。素晴らしい魔術回路を作れても、顔が引き締まっていないと見下されますよ」


「タクトくん、持ち上げてから落とすのやめて頂戴! 普通にへこむから!」


「大丈夫ですよ。セラナさんは面の皮が厚いですから」


「えぇ!? 新しいタイプの貶し方された!」


「そうですか? 面の皮が厚くないと、古書店で値切ったあげく分割払いなんて出来ないし、あげくそこの店員に宝石採集を手伝わせたりしないでしょう?」


「うっ……言われてみれば……けど宝石採集の手伝いはタクトくんから言い出したことだし……」


 セラナは胸の前で人差し指を合わせ、一生懸命、反論しようとする。


「まあ、図々しいのもある種の才能ですよ。頑張って才能を伸ばして下さい」


「うわぁ腹立つ! 毒舌ショタに腹が立つ!」


「はっ? 誰がショタですか!?」


 毒舌ショタという不名誉なレッテル。

 思わぬ反撃に、タクトはたじろいだ。


「十四歳はショタですぅ。むしろタクトくんは十四歳よりも幼く見えますぅ。完璧ショタですぅ」


「何ですかその口調は! いくらセラナさんでも許しませんよ!」


「わーい、タクトくん、怒った顔も可愛い!」


「ぐっ……何と言い返そうか……!」


 宝石店の前でタクトがワナワナ震えていると――。

 見かねた店主のダウエルが表に出てきて、呆れた顔で呟いた。


「お前ら、イチャついてないで早く入れよ。営業妨害だぞ」


 イチャついてなどいない。

 そう言い返そうとしたのだが。


 道行く人々が全員、微笑ましい顔でこちらを見ていることに気が付き、タクトとセラナは赤面して店に入った。

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