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22 ダウエル宝石店

 歩いて行けば、往復だけで六日はかかるような場所。

 そこに食料も持たずに出発し、宝石を探し、討伐するというガバガバ過ぎる計画。

 一週間後の校内トーナメントに間に合わないのは確実で、下手をすれば人気のない山に死体を晒すはめになったかもしれない。


 しかし、タクトが送迎したおかげで、日が沈まないうちに帰ってくることが出来た。

 今からなら宝石店が閉店する前に駆け込むことが可能だろう。


「ああ、あれです。俺の行きつけの店」


 職人通りにある、小さな宝石店。

 加工から販売まで一括して行なう、個人商店。

 店主の商才はともかく、技量は極上である。


 まだ三十代の青年が店主だが、彼にかかればどんな原石も美しくカットされ、指輪でもペンダントでも、材質を選ばず作ってくれる。


「けどタクトくん。ルビーをペンダントにしてもらうのもお金がかかるのよね……? 私、無一文なんだけど」


「そんな必死にアピールしなくても知っていますが……急にどうしたんです?」


「ちょっと、そんな本気で戸惑った顔しないでしょ! 私がお金ないの自明の理みたいな反応しないで!」


「自明の理ですよ」


 本当に、何を今更という気分でタクトは答える。


「違うわ! 事実だけど、自明の理じゃない!」


「じゃあ、いますぐ残りの五千イエン。耳を揃えて払ってくださいよ」


「タクトくんが虐める!」


 またセラナは半べそ。

 面白くて可愛い。

 しかも剣技と魔術の才能に溢れている逸材だ。

 その成長を見守るのは――少々不謹慎な言い方になるが、最高の娯楽だろう。


「虐めてません。五千イエンは待ちますし、ルビーの加工代も俺が払います」


「え……ええ!? 駄目よタクトくん! そこまでしてもらったら、私、タクトくん無しじゃ生きていけない人間になっちゃうわ!」


「何を大げさな……じゃあ、分かりました。出世払いで返してください。いつかセラナさんが大魔術師になって、お金に余裕が出来たとき結構ですから」


「わ、分かったわ! 絶対ビッグになってタクトくんにお金払う!」


 セラナはグッと拳を握りしめ、沈む夕日に誓った。

 通りを歩く人たちが、何事かと見つめてくる。

 かなり恥ずかしい。


 セラナの羞恥心はぶっ壊れているので大丈夫かも知れないが、タクトは常人なのだ。

 勘弁して欲しい。


「ほら、セラナさん。そんなところで気合いを入れなくてもいいですから、早く店の中に入りましょう」


「タクトくんが強引! そんなに急がなくても宝石屋さんは逃げないでしょ?」


「逃げなくても閉店はしますよ」


「あ、そうか」


 言われて初めて気が付いたような反応のセラナは、タクトに引っ張られるまま、宝石店に入っていく。


 店内は宝石店にもかかわらず、あまりセレブな雰囲気がない。

 そもれもそのはず。

 店主が、貴族や富豪の類いと顔を合わせるのを、病的なまでに嫌っていいるのだ。


 裕福そうな者が来店した瞬間に激昂し、追い返してしまう。

 端的にいって変人。

 その分、値段が安いのが魅力だ。

 そうでなければ、タクトも変人とかかわろうとは思わない。


「おおっ? タクトじゃねーか! どうした、今日は彼女連れかぁ? お前もちゃんと男なんだなぁ」


 そうシミジミ語る店主は――ハゲだった。

 筋肉質で、クマやゴリラとも素手で殴り合えそうな立派な体格。

 男として憧れるが、しかしハゲ。

 三十代なのに既にハゲ。

 毛根尽く壊滅。

 一点の曇りなくツルツル。


「彼女じゃありませんよ。うちの店のお客さんです。今日はアミュレット用の宝石加工の依頼に来ました」


「ああん? なんだ彼女じゃないのか。つまらんなぁ……いやいや! 何であれお客さんには変わりない。ようこそダウエル宝石店へ、お嬢さん。宝石にかんすることなら何でもお申しつけください」


 店主のドミニク・ダウエルは、その外見からは想像も出来ないほど気さくな声で、セラナに話しかける。


「は、はじめまして! セラナ・ライトランスです!」


「おう、よろしくな。で、どの宝石を加工したらいい?」


 タクトとセラナは、それぞれのルビーをカウンターの上に乗せる。

 店主はそれを虫眼鏡で観察し「いいルビーだ」と呟く。


「それで。アミュレットってことはペンダントか?」


「ええ。どちらも装飾は金でお願いします。それでいいですねセラナさん?」


「う、うん……タクトくんに任せる、けど……」


 セラナは妙に遠慮がちだ。

 しかしアミュレットならペンダント型が一番使いやすいだろう。

 特にこの大きさの宝石になると、指輪にしたら邪魔になってしまう。


「ま、明日の今頃までには出来るだろう。代金は……二つ合わせて一万イエンでいい」


「安すぎますよ、ダウエルさん。それじゃあ材料費にしかならないと思いますけど」


「うるせぇ! 俺がいいと言ったらいいんだ! 子供は黙って従え!」


 とんでもない暴言だ。

 しかし、安くしてくれるのだから、従わないほうが損というもの。

 大人しく一万イエン紙幣を出し、店を後にする。


「まったく……悪い人じゃないんですけど。むしろいい人なんですけど。見た目と口調が乱暴なのがたまにきずです」


 通りを歩きながら、タクトはセラナに話しかける。

 ちょっとした世間話の一環。

 特に答えを期待してのものではない。

 それでも全くの無言だと気まずくなってしまう。


「……どうしたんですかセラナさん。そんなカチカチに固まって」


「いや……その……ねえタクトくん。私たち、同じようなルビーを、同じ店に持ち込んで、どっちもペンダントにするじゃない?」


 セラナは何やら、胸の前で指を絡ませながら、恥ずかしそうに語る。


「そうですね。それが何か?」


「だから、その……おそろいのペンダントになっちゃったり、するのかなぁ、と思って」


「デザインに注文をつけませんでしたから、同じになるかもしれませんね。それが何か? 嫌なら今からでも変えてもらいましょうか?」


 タクトは、セラナのことを思ってそう言った。

 女の子だから、アミュレットにも装飾性を求めるのだろうと、気を使ったのだ。


 なのに。

 なぜかセラナは頬を膨らませてしまう。


「タクトくんの欠点発見したわ! 朴念仁なのね!」


「は? 何ですか急に?」


「急じゃないから! もう、知らない! 今日はありがとう! またね!」


 怒っているのか礼を言っているのかサッパリ分からないが、セラナは肩を怒らせて、ズンズンと歩いて行った。

 実際のところ、今日の予定は全て終わったので、これ以上ここにとどまっていても仕方がない。

 だが、最後にお茶くらいしてから帰ればいいのに。

 もちろん、代金はタクトが出す。


「急に帰るなんて、セラナさんはよく分からないなぁ」


 そう呟き、タクトも帰路についた。

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