21 帰路
そして再びセラナを背中に乗せ、タクトはホウキを飛行させていた。
当然、後頭部にはおっぱい。
これだけで今日の労働は全て報われる。
おまけにルビーを一つもらったのだから、文句などあるはずもない。
「今日はタクトくんにお世話になりっぱなしだったわ。というか、最初に出会った日もそうだったけど。私のほうが年上なのに……」
心配無用。
今タクトは後頭部でお姉さんの魅力をたっぷり味わっている。
「それはそうと。セラナさんはどうしてあんなに剣が上手なんですか?」
「え?」
さっきから気になっていたことを尋ねると、おっぱいから――否、セラナから意外そうな声が帰ってきた。
「え、じゃないですよ。巨人を両断した一文字斬り。あれ魔術師の動きじゃなく、完全に剣士になっていましたよ。セラナさん、もしかして、その杖を捨てて剣一本になったほうが強いんじゃないですか?」
魔術で作った刃を『振り下ろす』という、ただそれだけの動作。
なのに、タクトは目を奪われた。
あまりにも技術が隔絶しすぎていて、タクトからはどう凄いのか説明できないほどの達人。
「……タクトくんはやっぱり凄いね。私が魔術より剣のほうが得意だって、一発で見抜いちゃった」
彼女はそう呟き、タクトの腰に回した腕に力を込める。
「私の実家ね。温泉旅館やってるって言ったでしょ? けど、その前はお父さんもお母さんも、ダンジョン探索で生活してたんだって。剣持ってさ」
「へえ。それは……かなり凄いですね。お世辞抜きで」
タクトは本心から言った。
当たり前の話だが、剣士より魔術師のほうが強い。
それも、圧倒的に。
魔術師は魔術によって肉体を強化し、獣を超えた動きを可能とし、更に空を飛び、火を放ち、雷を操り、大気を凍てつかせ、光線で狙撃する。
ようは超人だ。
練度にもよるだろうが、基本的に魔術師はそうでない者に負けたりしない。
だからこそセラナの両親が、剣という武器でダンジョン探索を行ない、あまつさえ生計を立てていたというのが畏怖に値する。
この世界には、いくつものダンジョンが存在する。
それは山の洞窟だったり、滝の裏だったり、湖の底だったり、古代遺跡だったり。
生存領域、渾沌領域を問わず、無数に。
誰も数を把握できないほどに。
その多くは、地下へ地下へと続いていく構造になっている。
近年、人間の手によって作られたダンジョンもあるが、いつ誰が何の目的で作ったのか分からないものがほとんどだ。
内部には、危険な野生動物が生息していたり、古いマジックアイテムが魔物化して徘徊していたりと、実に剣呑極まっている。
しかし同時に、魔物を倒せばマジックアイテムが手に入るし、誰かが隠した財宝の類いなども見つかったりする。
ハイリスクに見合うハイリターンがある以上、命を懸けてダンジョンに潜る者はあとを絶たない。
実際、それによって見つかったマジックアイテムや魔導書は数知れない。
無論、命がけ。
生存率を上げるには、戦闘力の増強は必至。
ゆえに魔術師こそがダンジョン探索に最良――なのだが。
魔術ほど才能に左右される技術はないだろう。
努力次第で誰もが上を目指せるというものではない。
「失礼ですが、セラナさんの両親は魔術の才能は?」
「全然駄目だったみたいね。じゃなかったら剣士なんて選ばないもの。というか、普通は魔術の才能がないと分かった時点で、強くなることを諦める。けど、私のお父さんとお母さんは馬鹿だから。どうしても強くなって、冒険したかったんだって。子供よねぇ」
馬鹿。子供。
そう言いながらも、セラナの声色は、どこか誇らしげ。
事実、凄いことなのだ。
いくら剣術を磨こうと、人間は人間。
普通は熊や虎にも敵わない。
しかしセラナの両親は、ダンジョン探索を生業としていた。
つまり魔物を剣で狩っていたのだ。
「それがどうして温泉旅館を始めたんです? ダンジョン探索は収入がいいと聞きますよ」
「うーん……二人が言うには、歳には敵わないんだって。二十代前半まで良かったらしいんだけど、三十歳が近づくにつれ、出来ていたことがだんだん出来なくなってきたって言ってた。他人からは分からないような、わずかな反応。わずかな重心。わずなか太刀筋。ちょっとずつ、ずれていく。それで、無理って思ったみたい」
「なるほど。魔力は才能次第で全盛期を延長できますが……体力はそうもいきませんからね」
「そうね。あと、やっぱり、ここ一番ってときにどうしても魔術師に勝てないのが、悔しかったんだって。だから引退」
まあ、そうなるだろう。
一瞬だけでも魔術師と張り合えていたことが異常なのだ。
それを生涯続けるなど、夢のまた夢。
「じゃあ、セラナさんの剣技は、ご両親に教わったんですね」
「そういうこと。私がねだって教えてもらったんだけど、そこそこ才能あったみたいで。途中からは二人のほうが熱心になっちゃって」
と、セラナは楽しげに語っていたのに。
不意に言葉を切り、そして重く沈んだ声色になってしまう。
「けど、お父さんとお母さんが言うには、私はまだまだ甘いんだって。二人とも十五歳の頃にはダンジョンに潜っていたけど、私には無理だって。うん、私もそう思う。私の才能は、二人には遠く及ばない」
「……そういうもの、なんですか」
タクトには分からない世界だ。
セラナの斬撃ですら、神業に見えた。
それが甘いと。
真の達人がそう言ったらしい。
そして、そんな達人ですら、ダンジョン探索を引退せざるを得なかったという現実。
「才能のない私は、どうしたらいいんだろう? 温泉旅館を継げばいいのかしら? 色々考えてみたけど、私も自分を試してみたい。最終的には諦めるかも知れないけど……それでもダンジョンに潜ってみたい。あの強いお父さんとお母さんが諦めてしまった場所ってどんなところなのか見てみたい。だから魔術学園に入った。幸いにも私、魔術の才能がそこそこあるみたいだから。剣の修業を続けるより、そっちの方が伸びしろあると思うの」
両親の跡を継ぐ。
ただし、旅館でもなく、剣技でもなく――ダンジョン探索という最も走破困難な道を継ごうとしている。
悲痛な覚悟。というわけではなく。
両親が昔やっていたことだから、何となくやってみたい。
その程度の動機であり、人生の指針を決めるには、おそらくそれで十分。
なにせこの世界は、魔王の侵攻を受けているわけでもなく、放射線除去装置を持ってこなければ滅びるわけでもなく、謎の疫病に冒されているわけでもない。
誰が何をしようと自由なのだ。
個人の選択や生き死にで、世界が変わったりはしない。
つまり、ここは平和な世界――。
「目標があるのはいいことです。しかし、ダンジョンに潜るなら、さっきの巨人くらいは片手で倒せるようにならないと」
「やっぱり? 先はまだまだ遠いわね……早くタクトくんみたいに強くならないと」
セラナは深刻そうにため息をつく。
だが、タクトはその言葉に疑問を持ってしまった。
確かにセラナがタクト並の力を得るにはまだまだ遠い――というより、この世界の人間には不可能なことだ。
されど、ダンジョン探索をするための力となれば、そう遠くない未来に辿り着くはずだ。
それこそ、一年以内とか。そういうすぐ先の未来。




