20 ルビー二つ
結論からいえば、やはりセラナは天才だった。
悲鳴を上げながらも、タクトが捨てたホウキを拾い上げ、それに跨がり高速離陸。
先程は制御できずに醜態を晒していたのに、今度はベテランのような動きだ。
迫る巨人の股を潜り抜け、更に木々の隙間を駆け抜け――攻撃魔術を放つ。
「撃ち抜け! サンダーヘキサ!」
セラナの突きだした杖の先端が放電を始め、そこから六本に分かれた雷が巨人目がけて走る。
鈍重な巨人はそれを回避することが出来ず、六本の全てが直撃した。
当たった場所が爆ぜ、紅い破片が飛び散り、空気中で霧散して消えていく。
それでも巨人はセラナへ猪突し、同時にセラナも迎撃の姿勢をとった。
「ライトニング・ブレードッ!」
セラナはホウキから飛び降り、杖を両手で構える。
すると杖の先から蒼い光が発生し、一直線に伸びる。
刃渡り十メートルを超える、プラズマの剣――。
タクトは目を大きくし、我を忘れて見とれてしまった。
なぜなら、魔力で形を作り、一カ所にとどめておく技は、単純に放出するよりずっと困難だ。
その魔力量が増えれば増えるほど、正比例して難しくなっていく。
セラナが作った剣は、ルビーの巨人を一刀両断にするだけの力を有していながら、まるで崩れる気配がなく――そして、そのまま振り下ろされ、敵を斬り伏せた。
なんて綺麗な魔力光。
出力とか、魔術の練度とか、そういった理屈を超えた、華があった。
手本のような一文字斬り。
息のを飲むほどの斬撃。
なぜ、こうまで魅了されてしまうのか?
それは恐らく、今の技が魔術ではなく、剣術に属しているからだろう。
タクトとて剣が素人というわけではない。
しかし、セラナの一撃には、明らかに超一流の煌めきがあった。
「やった! 私、勝ったのね!」
セラナは地面に着地し、プラズマの刃を消した。
そして、ゆっくりと倒れていく巨人を見ながら、嬉しそうにピョンピョン跳ねる。
ところが――
真っ二つになったはずの巨人は、瞬く間に再生し、セラナを押しつぶそうと手刀を垂直に振り下ろす。
セラナはそれに気付いたが、反応が間に合わず、死相を浮かべる。
しかし、タクトからすれば鼻歌を歌う余裕すらあった。
指を鳴らして魔術を発動。
まず地面から氷柱を生やして巨人を閉じ込め、
間髪容れずに晴天の空から落雷をぶち当てた。
氷は粉微塵に飛び散り、中にいた巨人も同様に砕け、そして溶けるように消えていった。
「大丈夫ですかセラナさん? 巨人はもう死にましたよ。どうして座り込んでいるんです?」
なぜか知らないが、セラナは巨人が吹っ飛んでから尻餅をついた。
タクトはそんなセラナの前に降り立ち、手を伸ばして助け起こす。
「だって……タクトくんの早業を見たらビックリしちゃって……タクトくん、やっぱり凄いなぁ」
「今のは真面目に頑張ればセラナさんも出来るようになりますよ」
「……タクトくんも頑張ったの?」
「それは……」
この程度の攻撃魔術、地球では序の口。
使えたところで魔族への有効打にはならず、ゆえに使えて当然。自慢にもならない。
才能がない者は、頑張る前に魔族に体を乗っ取られてしまうのが地球での戦いだった。
しかし十四年前、タクトは魔王を倒し、魔族を滅ぼした。
そして地球は平和になった――はずなのだが。
はたして今、どうなっているのだろう?
「タクトくん? どうしたの、ぼんやりして」
「いえ、何でもありません。それより、宝石を回収しましょう。あれだけの強さです。きっと大きな宝石がコアになっていたはずですよ」
だが、タクトの予想は外れてしまった。
てっきり、直径十センチくらいの塊が転がっていると思ったのに。
巨人がいた場所に落ちていたのは、小さなルビー。
もっとも、小さいといっても三センチはあった。
ペンダントにするには、丁度いい大きさだろう。
それが二つ。
仲むつまじい恋人のように、寄り添って地面に落ちていた。
「なるほど。二つのルビーがコアになっていたから復活したんですね。これは珍しい」
「珍しいってことは、高く売れるの?」
「いえ。巨人の構成が珍しいだけで、倒して普通のルビーに戻した以上、関係ありません」
「なーんだ」
セラナはがっくりと肩を落とす。
しかし、アミュレットに使う宝石を探しに来たのであって、一儲けするためではない。
気持ちは分かるが、落ち込むのは筋違いだ。
「さあ、帰りましょう。二つ手に入ったんだから、一つは売って生活費の足しにしたらいいじゃないですか。たぶん五万イエンくらいにはなるんじゃないですか?」
「え? 一つはタクトくんのでしょ?」
セラナは不思議そうな顔でそう言った。
「いいんですか、もらっても」
「いいも何も。タクトくんがいなかったら私、勝てなかったし。そもそも辿り着けてなかったし。むしろ本来、二つともタクトくんの物だと思うんだけど」
「いやいや。セラナさんが使う宝石を取りに来たんですから、二つとも俺がもらってしまったら、何をしに来たのか分からないじゃないですか。でも、そうですね。せっかくなので、一つもらいましょうか」
タクトとセラナは、それぞれルビーを手に持って、空にかざしてみた。
まだカットされていない原石だが、それでも十分に美しい。
これを街の宝石店に持っていき加工してもらい、それから自分好みの魔術回路を組み込めばアミュレットの完成だ。
「綺麗ね。お店で買ったら私の一ヶ月分の生活費がなくなるのに。こんなに簡単に手に入るなんて……ねえタクトくん。もう何個か手に入れてから下山しない?」
「セラナさん。だんだん図々しくなってきましたね」
「うっ……だって! 宝石がお金になれば、私はご飯食べられるし。本のローンも払えるし」
「でもセラナさん。一対一だと宝石に勝てないでしょう?」
「それは……そうなんだけど」
つまり、タクトが戦わねばならないわけだ。
セラナがアジールに払うべき代金を、アジールの店員であるタクトが稼いでしまっては、もう何が何やら分からない。
「第一、宝石の乱獲は駄目ですよ。ある程度の数を保っておかないと絶滅してしまいますから」
「え、ちょっと待って。まるで宝石が繁殖するみたいな言い方じゃない?」
「繁殖、するらしいですよ。誰も見た人はいませんが。一時期、このテーゲル山で宝石を狩ることがブームになったらしいんです。それであらかた狩り尽くして、ブームが過ぎて。それから百年くらいしてから、とある魔術師が調査のために登ると……」
「登ると……?」
「増えていたらしいです。宝石の数が、明らかに」
「うっそだぁ!」
「俺も半信半疑ですが。そういう記録が残っているんですよ。以来、魔術師の間では、テーゲル山の宝石は乱獲しないと、そう暗黙の了解が出来たんです。セラナさんも一人で戦えるようになっても、むやみに狩ってはいけませんよ」
「分かったわ……それにしても……宝石ってどうやって増えるのかしら。産卵、とか?」
「かもしれません」
「宝石の貴重な産卵シーン! 見たい!」
タクトだってもの凄く見てみたい。
しかし、ずっと山に泊まり込み、宝石が繁殖している現場に出くわすまで待つのは骨が折れる。
流石にそこまで暇ではないのだ。
「興味があるなら、セラナさん。卒業したらテーゲル山の宝石の生体調査をしたらいいんじゃないですか? 本にまとめたら売れるかも知れませんよ」
「それいいかも! タクトくんのお店でも扱ってくれる?」
「うちは古書店ですから。売れてもセラナさんには一イエンも入りませんよ。それでもよければ」
「あっ、そっか。じゃあ駄目。誰かが売りに来ても突き返して」
「営業妨害ですよ。訴えます」
「タクトくぅぅぅんっ!」