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19 スパルタ

 歩いていれば、そのうち宝石のほうから現われるだろうと考え、タクトはあてもなくブナの森をウロウロする。

 その十歩ほど後ろを、セラナが無言で、スカートをギュッと押さえたまま付いてくる。

 顔はリンゴのように真っ赤。

 ずっとモジモジしていて、かなり怪しい人だ。


「いつまでそんな後ろを歩いているんです? となりに来たらいいじゃないですか」


「でも……タクトくん、もうパンツ見たりしない……?」


「見ませんよ。というより、セラナさんが勝手に空を飛んで露出したんじゃないですか。年下の少年にパンツ見せつけるなんて、セラナさんは変態なんですね。失望しました」


「べ、別にわざとじゃないし!」


「はいはい。分かってます。俺も忘れますから、セラナさんも普通にしてくださいよ。そうやってモジモジしているほうが逆に変ですよ」


「だって……」


 もじもじ。


「だってじゃありません。子供ですか、あなたは」


「十七歳は子供よ!」


「けど、俺よりはお姉ちゃんなんですよね?」


「……タクトくん、どうして真顔でイジワル言うの? もしかしてサドっ気あるの?」


 どうしてそういう話になるのだろう。

 タクトは当たり前のことを言っているだけなのだ。

 せっかく一緒に来たのに、ずっと後ろをついてこられては、気まずくてしかたがない。

 そもそも、仮にも年上なのだから、もっと堂々とするべきだ。

 まあ、可愛いからいいのだが。


 ――と、タクトが不埒なことを考えていると。

 セラナの背後に、突如、真紅の巨体が出現する。


「セラナさん、危ない!」

「え!?」


 叫んだところで彼女が避けられないのは分かっている。

 ゆえにタクトは走り、セラナを抱き上げ、跳躍。

 一瞬後、元いた場所に、巨椀が振り下ろされた。


「な、何あれッ?」

「あれが宝石ですよ。八百年ほどの昔、十人の魔術師が行なった儀式によって、ああなってしまったんです」


 木の枝の上に着地したタクトは、そこにセラナを降ろし、眼下を見下ろす。

 そこにいたのは、全長五メートルほどの巨人だった。

 全身が真紅。ガラスのように透き通っており、粗く削りだした彫刻のように角張った形をしている。

 そんな代物が、意志を持っているかのごとく動き、タクトとセラナを見上げてくる。


「さっきまで気配もなかったのに! 木の陰に隠れていた……ってわけでもなさそうね?」


「ええ。あの巨体が身を隠せるような木は見当たりません。この山の宝石はそうなんですよ。普段は小さな宝石として転がっているのに、いざ人が近づくと、ああやって大きくなって人型になるわけです。あれは、ルビーですかね」


 そう言っている間に、ルビーの巨人はタクトたちがいる木を、力尽くで薙ぎ倒す。

 わずか一撃でブナの木は根元から折れ、無数の破片となって吹き飛んだ。

 しかしタクトは寸前で、セラナを抱いたまま枝を蹴る。

 そのまま、巨人の腕が届かない高度まで上昇し、空中で静止した。


「なかなか強い奴が出てきてしまいましたね。それだけ質のいいルビーなのでしょうが……セラナさん、あれに殴られたら死にます?」


「どうして疑問系なのよ! 死ぬに決まってるじゃない!」


「いや。俺は死なないので」


「タクトくん本当に人間!?」


 酷い言いぐさだ。

 別にタクトに限らず、ある程度の魔術師なら、あの程度のパンチ、防御結界で防ぐことが出来る。


 むしろ、セラナにも出来るのではなかろうか。

 店に入った瞬間に倒れたとはいえ、あの二重結界を超える力が既にあるのだ。

 全身全霊で、差し違える覚悟で挑めば、倒せるかも知れない。


「セラナさん。あなたが使う宝石を取りに来たんですから、あなたが戦うべきだと思いませんか?」


「えぇっ? いや、私もその考え方に同意だし、さっきまでは実際そのつもりだったけど――あれは無理無理! 死んじゃう死んじゃう!」


「大丈夫ですよ。何事も経験です。俺、セラナさんをスパルタで育てるつもりなので」


「何で年下の男の子に育てられなきゃ行けないの私!? あっ、手を離さないで、う、うわああああお母さあああああんっ!」


 セラナは絶叫虚しく、真っ逆さまに落ちていく。

 常人がこの高さから落ちたら骨折は免れないが、見習いとはいえ魔術師のセラナは、激突の直前に魔力を噴射して減速。

 更に肉体強化の魔術を使い、何事もなかったかのように転がって立ち上がる。


 そして目の前に立つ巨人を見て再度絶叫していた。


 もちろん、タクトも鬼畜ではない。

 そのまま一対一で戦わせるような真似はせず、しっかり空中から援護するつもりだ。


「アサルトバインド。マナドレイン」


 タクトは二種類の魔術を、杖やアミュレットの補助もなく同時に実行し、ルビーの巨人に叩き付けた。


 アサルトバインドは、拘束系の魔術。

 対象の動きに制限をかけ、究極的には完全に停止させる。

 しかもアサルトバインドは、時間の経過と共に相手を締め付け、物理的なダメージも与えていく。


 マナドレインは、吸収系の魔術。

 その名の通り、効果範囲内のマナを吸い上げ、自分のものにしてしまう。

 相手を弱体化させ、逆にこちらは強化されていくという、強力な技だ。

 コントロールをしくじると逆流し、むしろ損をすることすらある高難易度の技だが、一度はまれば格上に勝つ可能性も出てくる。

 タクトは転生してから格上など見たことも聞いたこともないので、なければなくてもいい魔術だと思っていた。

 しかし、今、セラナの相手として手頃なレベルまで巨人を弱体化させるのに役立っている。


「ちょっとタクトくん! そんな高等技術の見本市みたいなことしてなくていいから! どうして倒すより難しいことしてるのよ!」


「それはもちろん、セラナさんに頑張って欲しいからですよ。ほら、ファイト。怪我をしそうになったら助けるんで。安心してください」


「ひゃあああ!」


 そして巨人は、セラナを踏みつぶすようにして突進していった。

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