17 偉大なるもの
突然だが、おっぱいは偉大だ。
タクト・スメラギ・ラグナセカは、前世と転生後の合計三十年目にして、ようやくその真理に辿り着いた。
ことの発端は、ホウキによる二人飛行である。
目指すテーゲル山に行くため、タクトは近所の古道具屋でホウキを買い、背中にセラナを乗せたのだが――それがいけなかった。いや良かった。
十四歳のタクトと十七歳のセラナでは身長が違う。
ゆえに、タクトの後頭部にセラナの胸部が押しつけられる形になり、大変まずい。いや凄い。
「……セラナさん。着やせすると言っていたのは本当だったんですね?」
「え? 急にどうして?」
「いえ、別に」
どうやら本人は気が付いていないようだ。
結構。そのまま押しつけていただきたい。
ああ、しかし。
厚手のローブ越しでもハッキリ分かるとは、何と大きな胸なのだろう。
こんなにも柔らかいものがこの世にあったなんて。
「それにしても空を飛ぶって気持ちがいいのね。あ、ほら。見てタクトくん。海が見えるわ!」
現在の高度は約五百ケメル。つまり千メートルほど。
テーゲル山から流れる川が、海に流れ込むところまでハッキリ見える。
王都ララスギアから放射状に伸びる街道と、それを繋ぐ宿場町。
あちこちに点在する村と、その周りに広がる畑。
トゥサラガ王国が豊かな国であることが見て取れる風景だ。
そして、光虫の群れがおりなす光が地上から空中へと広がり、三次元的な模様を描いている。
光虫が活発なのは、樹の特異点から吹き出すマナが多い証拠。
つまり、トゥサラガ王国は安泰ということ。
しかし――あるラインを境に、光虫の姿が消えている。
それは樹の特異点のマナが届かない場所。
クララメラの生み出す秩序が消える境界。
こうして生存領域から見る限りは普通の草原に見えるが、一歩踏み込んだ途端、火と氷と雷と毒と闇が襲いかかってくる。
すなわち渾沌領域。
あの向こう側は人類の場所ではなく、他の何者かが支配するエリアだ。
それが何なのか、タクトを含め、誰も知らない。
「あっ、私の故郷だ!」
「え、どれです?」
「ほら、あそこ! ザーレンの町」
セラナの指差す方向を見ると、一万人以上は住んでいそうな町があった。
白い煙があちこちから上がっている。
なにかの工場だろうか。
「しかし、どうしてあそこに、あんな大きな町が?」
「あれ? タクトくん知らないの? ザーレンの町は温泉で有名なのよ。私の家も温泉旅館なんだから」
「へえ。そう言えば、そんな町があると聞いたような気がします。こんど機会があれば泊まってみたいですね」
「どうぞどうぞ。あ、でもそれってタクトくんが私の実家に泊まるってことよね……なんか照れくさいわ……」
などと言ってセラナはモジモジ動く。
おかげ様で胸も動き、タクトの後頭部を包み込む。
ずっとこの感触を味わっていたい。
だが残念ながら、もう目的地に着く頃だ。
帰りにまた楽しもう。
「降下します」
「分かったわ。それにしても、本当に一っ飛びだったわね。音速超えてる?」
「倍くらいです」
「凄すぎる……自信なくす……」
風圧を円錐状の防御結界で防ぎ、同時に空気抵抗を減らしている。
やっていることは技術的に大したものではなく、単純に出力の問題だ。
だからこそ誰にでも出来ることではない。
規格外の魔力を有するものでなければ、音速突破は難しい。
もっとも、タクトが本気を出せば更に速く飛べるのだが、そうすると本当に一瞬で渾沌領域まで行ってしまい、セラナが即死するので手加減している。
「まあ、セラナさんならそのうち出来るようになりますよ。それより、しっかり捕まってください」
セラナは言われたとおりタクトの腹に回した腕にギュッと力を込める。
胸もギュッと押しつけられる。
いつもよりゆっくり降下しよう――と、タクトは決心した。