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16 魔術師の免許制度

「ああ、美味しかった。ごちそうさま、タクトくん!」


「どういたしまして。六百イエンのスパゲティを奢っただけでそこまで喜んでもらえるなら、いつだって奢りますよ」


 カルボナーラを食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら、セラナは真夏の日射しに照らされたヒマワリのような笑顔で礼を言ってくる。

 純粋すぎて撫でたくなってくる少女だ。


「セラナさんって小動物っぽいって言われません?」


「い、言われるけど……タクトくんには言われたくないわ!」


 確かに、年下に言われたくはないだろう。

 しかし、セラナもタクトを「可愛い」と言うのだから、お互い様だ。


「ところで、これからどうするんです? まさか、テーゲル山に向かうとか言いませんよね?」


「え? 行くわよ、当然。せっかくタクトくんがご馳走してくれたんだもの。カルボナーラ・パワーで一気に駆け抜けるわ」


「そうですか……せっかくセラナさんと仲良くなれたのに、残念です。お墓参りはちゃんと行きますから、化けて出ないでくださいね」


「だから何で私、死ぬことになってるの!?」


「いや、だって。一皿のカルボナーラを食べただけで全能感を感じているような世間知らずが、アミュレットの材料になるレベルの宝石を採取して無事に帰ってこられるわけないじゃないですか。本当にセラナさんの人生が心配です。やれやれ」


「年下の男の子に人生まで心配された!? 私のほうがお姉ちゃんなのよ!」


「その『私のほうがお姉ちゃん』って台詞が、いい感じに子供っぽさを出していますね。はいはい、お姉ちゃんは偉いですねぇ、なでなで」


 タクトは可能な限り馬鹿にしたような声色を出し、更に手を伸ばして本当にセラナの頭を撫でてやった。


「タ、タクトくんがいじわるする……うぅぅ……でも、タクトくんがお姉ちゃんって呼んでくれるの、いいわね! ナイスだわ! もっと呼んで!」


 タクトは愕然とした。


 仮にも客である人に対し、馴れ馴れしく接しすぎてしまったと反省し始めていたのに。

 どういうわけか、喜ばれてしまった。


 前世、転生後を合わせても、これほどのアホを見たのは初めてだ。

 戦慄を禁じ得ない。

 知らない人について行ってしまいそうな危うさを感じる。


「もう二度と呼びません。反応がキモイので」


「はぁぁぁっ!? いくら何でも酷くないかしらっ?」


「じゃあ、性別を逆にして想像してみてください。十七歳の男が、年下の少女に自分を『お兄ちゃん』と呼ばせて悦に浸っている様子を」


「き、きもい……」


 セラナは自分が何をしでかしているのか理解したようで、サァァァと顔を青くする。


「ですよね。以上、セラナさんがキモイことの証明でした」


「反論の余地がない……どうしよう、私、そんなに気持ち悪かったんだ……気が付かなかったわ……」


 セラナは肩を落とし、死んだ目になり、口から魂が抜けていきそうなほど脱力する。

 タクトが想定していたよりもショックを与えてしまったらしい。

 少しいじりすぎた。

 これではイジメである。


「冗談ですから、そんなに落ち込まないでください。本気でキモかったら奢ったりしません。それより、どうしてもテーゲル山に行くというなら、俺も同行しますよ」


「本当!? けど、お店は? タクトくんがいないと駄目なんじゃ……」


「今日は店長に店番をお願いして、俺はオフなので大丈夫です」


「今日は、って……往復するだけでも何日もかかるんだけど」


「それは歩いて行った場合の話です。俺がホウキを飛ばすので、セラナさんは背中に乗ってください。多分、今日中に帰ってこられますよ……って、どうしてふくれっ面になるんですか?」


 純粋な親切心で言ったのだ。

 他意など微塵もなく、ゆえにセラナの反応が予想外で、タクトは戸惑いを隠せない。


「だって。十七歳の私がまだ仮免なのに、十四歳のタクトくんはもう空飛べるんだなぁと思ったら……腹立つじゃない」


 仮免――といっても、もちろん自動車の仮免ではない。

 しかし、実のところ似たようなものだ。


 この世界における魔術全般は魔術師協会によって管理されており、魔術を使うには協会の発行した免許ライセンスが必要だった。

 魔術師免許を習得するには、まず世界各地にある魔術学園に入学するのが一般的な流れである。

 魔術学園に入学すれば、仮免が発行され、制限付きではあるが魔術の使用が認められる。


 その制限とは、学生用魔術制御装置――通称〝見習いの杖〟を通して魔術を実行するということである。


 見習いの杖は、魔術の発動を補助すると同時に、その最大出力に制限をかける。

 ようは自転車の補助輪。

 補助輪があると車体が安定し幼児でも転ばないが、その代わりスピードが殺される。


 協会が運営する魔術学園のカリキュラムを全て終えると、本免試験への挑戦権が手に入り、それをクリアすると晴れて本物の魔術師を名乗ることが出来るのだ。


 また、魔術学園は普通の学校と違い、入学と卒業が春とは限らない。

 その時期は各人の事情と才能によって異なる。

 かつてタクトがいた日本の自動車学校に近いシステムだが、自動車学校は一ヶ月程度で卒業することが出来た。

 しかし魔術学園は平均して三年はかかる。


「そもそもタクトくん。いつ魔術学園を卒業したの? 私が入ったのが半年前だから、もっと前よね? 何歳のとき? そんな小さい子があの学園を卒業したなんて話、聞いたこともないわ」


「俺は学園に通っていませんよ。仮免を飛ばして本免を受けて一発合格です」


「は? 外来受験!? 制度的には確かにあるけど、え、だって仮免がないと魔術の練習って出来ないでしょ!?」


「まあ、そうですね」


「じゃあ、タクトくん、無免許で魔術の練習してたってことっ?」


「声が大きいですよセラナさん……そういうことになってしまいますけど、俺はほら、女神の養子なので。魔術師協会もあまりうるさいことは言ってこないんですよ」


「うわぁ……ズルぅ……」


 セラナは口をとがらせ、ぶーぶー、とブーイングしてくる。


 なにせ外来受験というのは、ある種、反則的な制度なのだ。

 セラナの言うとおり、仮免なしで魔術の練習をすることは違法であり、そして練習なしで合格できるほど本免試験は簡単ではない。

 しかし、この世界には無免許モグリの魔術師が一定数、存在する。

 そんな連中に、魔術学園の入学費を払ってもらい、いちいち授業を受けてもらうなど、非現実的だ。

 そこで協会が苦し紛れに作った制度が、外来受験である。


 学園の生徒より高い難易度の試験になるが、誰でも受験することが可能だ。

 この制度を利用し、魔術師協会は全ての魔術師に免許を発行することを目標としている。


 魔術師免許は、五年に一度の更新義務があった。

 更新するには、最寄りの魔術学園、あるいは魔術師協会の事務所に行き、事務手続きを行なえばよい。

 これにより、協会は魔術師の所在を確認し、管理することが出来る、というわけだ。


 なお、魔術師にとっては免許の習得によるメリットは特にない。

 ただし、無免許のまま協会の警告を無視して活動を続けると、粛正され、最悪、殺される。


 ちなみにタクトは無免許で魔術を磨いたのではなく、前世の力を引き継いでいるので、生まれたときから強かった。

 協会が想定しているケースとは異なるわけだが、それはタクトとクララメラだけの秘密である。


「そんなにぶーぶー言うなら、お一人でどうぞ。俺はお葬式の準備をしておきます」


「わーごめんなさい。乗せて行ってくださいお願いします」


 と、セラナはペコペコ頭を下げ、テーブルに額を擦りつける。

 年上の威厳はどこにもない。


 まあ、そんなものは初めからないのだが。

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