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14 分割払い

 魔導古書店アジールはさほど広くない。

 正確な数値は忘れたが、確か十五畳ほどだったはず。


 まず壁際に棚があり、それから真ん中を仕切るようにして天井まで伸びる棚が一つ。

 それだけだ。

 蔵書の数は二千冊ほど。

 床に本を積み上げれば、もっと沢山の本を扱うことが出来る。しかし、それでは見た目が煩雑になる。

 なにより、店内を歩くのも、品物を探すのも大変だ。

 無論、それが味になっている店もあるのだが、タクトは敢えて品数を絞り、買ってもらいたい本だけを並べることにしていた。

 ゆえに、アジールに並んでいる本は全て良書だと胸を張って言える。


 壁紙は白色で、逆に本棚は濃い焦茶色で統一している。

 ランプが店内をセピア色に照らし、まるで時間が止まっているようにも見えた。


 自慢の店だ。


 タクトが来る前は、いつ仕入れたのかも分からない本が無秩序に積み上げられ、ホコリとクモの巣が支配する退廃した世界だった。

 なにせ、店長の整理整頓スキルは完全に欠落している。

 タクトがこの世界にこなければ、アジールは貴重な本を抱えたまま崩壊していたに違いない。


「ジェラルディン・フォックスの儀式魔術全集っ? これ原書!?」

「まさか。写本です。しかし写本でも貴重ですから。二十万イエンです」

「高っ! いや、私がこんな高度な本を買っても意味ないから、安くても買わないけど」


 ジェラルディン・フォックスは現役の魔術師だ。

 大がかりな儀式を用いた魔術を得意とし、天候を操ったり、街全体の運気を上げたりと、派手なエピソードが多い。

 そんな彼が二十年ほど前、九十歳にして、自分のノウハウを一冊の本にまとめ、魔術師協会に寄付をした。

 そして魔術師協会は、写本を百冊ほど作り、協会員に販売した。

 その写本の、そのまた写本ですら五万イエンで取引されている。

 ちなみに原書は書かれてから二十年しか経っていないのに、もう第二種グリモワールと化し、魔術師協会が厳重に保管しているらしい。

 もし市場に出たら、二億以上は確実だ。


「エメリッヒ著、彼方の島……水平線の向こうにある伝説の島に行ってきた話ね。書いてることは全部デタラメだって話だけど、タクトくんはどう思う?」

「さて、どうでしょう? しかし、この世界の大地が、この大陸とそこから見える範囲の島しかないというのは、とてもつまらないと思います」

「タクトくんもそう思う!? そうよね、そうよね。ああ……いつかは海の向こうまで行ってみたいなぁ」


 タクトたちが住んでいるトゥサラガ王国には海がある。

 小さな漁村がいくつか点在するだけだが、それでも海がある国は、この世界に二つしかない。

 なにせ、人類の生存領域は樹の特異点ネムス・テラを中心に広がっている。

 どんなに開拓心を燃やそうと、渾沌領域に住める者は皆無。最上位クラスの魔術師が短時間滞在するのが限界だ。

 よって、海があっても近海で漁をするのが関の山。

 そこから出航し、水平線の彼方まで冒険に行くというのは実現不可能な夢。


 だが二百年ほど前、エメリッヒという魔術師が、水平線の向こうに船出して島を見つけたと主張したことがあった。

 そのエメリッヒが書いた本が『彼方の島』である。

 エメリッヒは手書きで千冊作り、路上で配布し――徹底的にウソ吐き呼ばわりされた。

 それでも一部に熱狂的なファンがいるため、一万イエンの値段がついている。


「シャイニングドラゴン討伐戦記。超大型ホムンクルスの作り方。ガンヴェル火山で取れる宝石を使ったアミュレットの作り方……うわぁ、タイトルからして気になるのばっかり」


「どれも十万イエンを超えていますよ。大丈夫ですか?」


「買えない……」


 セラナは潤んだ瞳でこちらを見てくる。

 魔導書としての十万イエンは、普通の部類なのだが。

 学生にはやはり厳しいか。


「そもそも、セラナさんはどんな本が欲しいんですか? おおざっぱでも何かあれば、こちらからオススメも出来ますが」


「えっと……実はね。来週、学園で校内トーナメントがあるのよ」


「ああ。年に二回やる、あのお祭り騒ぎ」


 ララスギア魔術学園は五月と十一月に、生徒から志願者を募ってトーナメントを行なう。

 校内のコロシアムに街の人も入れて、ビールや焼き鳥も販売する。

 しょせんは学生同士の魔術合戦なので大したことはないのだが、だからこそ安心して鑑賞できる。

 ララスギアの街の人々にとっては、楽しみな娯楽の一つだ。


「セラナさんなら優勝間違いなしですね」


「ありがとうタクトくん。私も優勝したいんだけど……一人、ライバルがいるのよ。そいつには絶対に負けたくないの!」


「へぇ……セラナさんのライバルですか……」


 それは意外だ。

 十七歳の若さで二重結界を超えたというのは、間違いなく天才の部類。

 てっきりタクトは、セラナが学園でぶっちぎりの成績だと思っていたのだが。

 同時代にもう一人天才がいるらしい。


「だから。一週間で強くなれる本が欲しいんだけど……ある?」


「うーん……ちなみに予算は?」


 タクトが尋ねると、セラナはモジモジと手を上げ、指を五本立てる。


「五万イエンですか?」


「……違う。五千イエン、なんだけど……タクトくん、何とかして」


「え……!?」


 五千だと?

 魔導書を買いに来たのに、予算が五千イエン?


 タクトが表情を引きつらせていると、カウンターでクララメラがケラケラ笑っていた。

 腹が立つ店長だ。


 しかし、困った。

 せっかくここまで辿り着いたセラナの頑張りには応えてあげたいが、それにしても五千。

 せめて、その三倍はないと、話にならない。

 


「――とりあえず俺のオススメは、これです」


「初心者魔術師を脱するための基礎知識……?」


 タクトが差し出した本を、セラナはいぶかしげな顔で見つめる。


「安臭いタイトルですが、分かりやすくていい本ですよ。本当は魔術学園を卒業した人が読むことを想定した本なのですが……たぶんセラナさんなら大丈夫でしょう」


 タクトは、この店に並んでいる本は一通り目を通している。

 安くて、そして初心者向けの本といえば、これが一番よいと断言できる。


 攻撃魔法も、回復魔法も、防御結界の張り方も、アミュレット作成も、材料の集め方も――まんべんなく書かれており、しかも分かりやすい。

 値段も他に比べたら極めて安価だ。

 出版されたのは四十年も前で、たしか一万部は出回ったはず。

 魔導書としては珍しく手書きの写本ではなく、活版印刷だ。

 だからこそ部数が多いのだが、魔術師の世界では手書き信仰が根強く、本の内容とは裏腹に評価はいまいちだった。


「本当は二万イエンですが……一万イエンでどうです?」


 セラナの頑張りと可憐さに免じて、限界ぎりぎりまでの値引き。

 駆け引き抜きに、これ以上下げたら赤字だというラインを提示した。

 それでもセラナは涙を浮かべる。


「うぅ……本当に五千イエンしか持っていないの……」


「いや、しかし……五千というのは、仕入れ値よりも安いので……」


 魔術学園の購買部で売っている魔導書は、それこそ本当の入門者用。

 価格は千イエンや二千イエンと低額である。

 セラナはその感覚で買いに来たのだろう。

 しかし安いということは、それだけ情報の程度が低いということに繋がる。

 他の分野ならともかく、魔導書は奥義に近づけば近づくほど高額になっていくのだ。


「お願いタクトくん……六月の頭になったら実家から仕送りが来るから……そのとき絶対に払うからぁ……」


 セラナはタクトの手を握り、うるんだ瞳で訴えてくる。

 いや、完全に泣いている。

 演技ではない。マジ泣きだ。


 泣かれたところで、これ以上の値引きは物理的に不可能。

 しかし、このまま追い返すのもまた、無理な話。


「……分かりました。セラナさんは新しく常連になってくれるかも知れない人です。それに、十七歳で森の結界を突破した才能を祝して、オマケしましょう。まず頭金に五千イエンもらって。残りは、まあ余裕のあるときに」


「本当!?」


「はい。構いませんね、店長?」


「んー、私は別に、タダで上げちゃってもいいと思ってるくらいだし。しょせんは二万とか一万の本でしょう?」


 クララメラは商売人にあるまじき適当な答えを返してくる。

 相談したタクトが馬鹿だった。


 利益がどうという問題ではない。

 商売としてやっていることを無料で提供したら、それはプロとしての堕落を意味している。

 たとえ十イエンでももらわないと、古書店としての体裁が取れなくなる。

 少なくともタクトはそう考えていた。


「ほ、本当にいいのタクトくん……私、この店に初めて来たのに。もしかしたら残りの五千イエン、踏み倒すかもしれないのよ?」


「セラナさんを信じています。それに、踏み倒したときは、店長がララスギア魔術学園まで乗り込んできますから」


「ええ、任せて置いて。あそこの学園長は、私の熱心な信者だから。生徒一人退学にするくらい、わけないわ」


 クララメラが三杯目のハーブティーを飲みながらそう言うと、セラナは青ざめる。


「は、払う! 絶対に払うから!」


「そんなに必死にならなくても信じていますって。あと、来週のトーナメント。俺も見に行きますよ。店長は……起きているか分かりませんが」


「そうねぇ……私も自信ないわ」


 日時が分かっているのだから、頑張って起きたらいいのに。と、普通は思うところだが、クララメラくらいのぐーたらになると、自分の意志とは無関係に寝てしまうのだ。

 別に病気というわけではない。

 とにかく寝るのが好きで好きで仕方がないらしい。


「タクトくんが見に来るなら、なおさら負けられないわ! 絶対に勝つし、絶対に残りの五千イエンも払うから!」


 セラナは五千イエン紙幣をタクトに渡し、買った本を大切に抱きかかえ、手を振りながら去って行った。


 タクトは店の外に出てその後ろ姿を見送ってから、彼女がちゃんと家まで帰れるよう、結界強度を少しだけ弱めてやった。

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