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12 女神様、小指を立てる

「本当に男の子なの……? こんなに髪が綺麗な亜麻色でサラサラなのに?」


「髪と性別は関係ないでしょう」


「こんなにも綺麗な顔なのに?」


「だから、男に向かって可愛いとか綺麗とか言わないでください。俺だって怒りますよ」


 そう。怒りたいのはタクトなのだ。

 なのに、どうしてか、少女のほうが頬を膨らませてしまう。


「私より年下で可愛いのに魔術が上手いとか何なの!?」


「何なのって……」


 まあ、言いたいことは分かる。

 実際、タクトは外来種のような存在だ。こちらの水準から見れば規格外。意味不明なレベルでずば抜けている。

 これでも相当おさえて生活しているのだが、真面目に頑張っている学生からすれば、インチキに思えるだろう。


 と、少女は不満を口にしてから、ハッとした顔になり口元を押さえた。

 それから申し訳なさそうな顔になり、言いにくそうに口を開く。


「ご、ごめんなさい……倒れたところを介抱してもらって、その上、お茶までご馳走になったのに……」


「いえ。悪気がないのは分かっているので、そう気にしないでください。ただ、もう俺に可愛いとか言わないでくださいよ」


「え、それは……頑張るわ……!」


 頑張らないと無理なのか。一体どういうことなのか。


「ところで。そのカウンターの上に乗ってる本。もしかして……グリモワール?」


「そうですよ。著者もタイトルも不明ですが。第二種グリモワールです」


「第二種!? そんなの学園の先生でも持ってる人いないわよ! さ、触ってもいい?」


 目を輝かせてグリモワールを見つめる少女に、タクトは苦笑する。

 まるで好物のケーキを前にした子供のようだ。


「いいですよ。表紙に軽く触るくらいなら」


 タクトはグリモワールを手に取り、少女に差し出した。

 そして少女は、恐る恐る腕を伸ばし、指先でちょんと触れる。

 その瞬間、


「うひゃあああああっ! なんかビリッとしたぁっ!?」


 大きく後ろに飛び退き、絶叫を上げる。


「それはそうですよ。グリモワールの定義は、魔力を持った本なんですから。触ったら魔力が流れてきます。しかもこれは、俺が封印措置を施したとはいえ、第二種ですから。強力です。これ自体を魔術の動力源として使えるくらいの力があります」


 魔術師協会の基準では、グリモワールは三つに分けることができる。


 第三種グリモワールは、マナを放つ魔導書のこと。最も数が多いグリモワールだ。しかし多いと言っても、それはグリモワールにしては、ということで、希少本なのは間違いない。店頭価格の相場は百万から数千万イエンといったところ。


 第二種グリモワールは、意志を持った魔導書のこと。つまりマギカを放っている。値段はピンキリで、億単位のものもあれば、金を払ってでも焚書にすべきものもあった。なにせ第二種は、保存状態を考えずに放置しておくと、厄災を撒き散らす。タクトが手に入れたグリモワールも第二種だから、売る相手をしっかり選ばないと大変なことになってしまう。


 そして第一種グリモワール。これの明確な定義はなかった。実在しているのかすら定かではない。噂によれば、存在自体が世界を歪ませるとか。そもそも本の形をしておらず、高次元空間に情報として漂っているとか。森羅万象がそこから広がっていったとか。怪しげな逸話だけが語り継がれる魔導書。

 だが、魔術師協会は『如何なる理由においても、魔術師協会以外のあらゆる個人・組織が第一種グリモワールを所持することを禁ずる』というお触れを出している。

 それが何であるのかも告げずに――。


「グリモワールってやっぱり凄い……でも、どうしてあなたは平然と持っていられるの?」


「それは……俺が強いからじゃないですかね?」


「うわぁ……この子、自分のこと強いとか言ったし……自信なくすわ……」


 少女はガックリ肩を落とし、見て分かるほど意気消沈する。

 実に感情表現が豊かなお客様だ。

 からかい甲斐がある。ぜひ常連になって欲しい。


「まぁまぁ。さっきも言いましたが、この店に来ることが出来たというだけで大したものですよ。学生にしては本当に凄いことです。自信を持って下さい」


「うーん……あなたに会うまでは、むしろ自信の塊だったんだけど」


 それは申し訳ない。

 しかし、タクトはいわば別格なので、気にしないほうがいいのだ。

 と、そんなことを口に出せば、ますます自信を失いそうなので、黙っておこう。


「それはそうと。わざわざこんな森の中まで来たということは、何か本をお探しなのでしょう? 攻撃魔術の本でしょうか? それとも薬草のカタログ? 渾沌領域見聞録なども、信憑性はともかく読み物としてオススメですよ」


「ええ、もちろん古書店に来たからには、本を買うつもりよ。でも……」


 少女が何かを言いかけた、そのとき。

 珍しいことに、まだ午前中にもかかわらず、二階の眠れる女神が降りてきた。


「タクトぉ……さっきの『うひゃあああああっ!』って大声なぁに……って、あら? あらあら。こんなところに若い娘さんなんて珍しいわね」


「店長。店内にネグリジェのまま入ってこないで下さいと前にも言ったでしょう。お客様の前ですよ」


「ごめんなさい。けど……本当に珍しいわ。もしかして、タクトの彼女?」


 クララメラは真面目な声で呟き、小指を立てた。


「か、彼女!?」


 それを見て銀髪の少女は顔を赤くする。

 十七歳にしてはウブい反応だ。

 この手の話題になれていないのだろうか。


 もっとも、タクトとて、人のことをいえる身分ではなかった。

 なにせ十六歳で人生をリセットされ、いまだ十四歳。

 合計が三十でも、人生経験は十代のまま。

 実のところ、彼女を作ったことはない。


「店長みずからの営業妨害とは斬新ですね。お客様に対するそのふざけた言動をやめないと今すぐ叩き出しますよ」


「いやだわ、冗談に決まっているじゃない。タクトったら反抗期?」


「店を守るためならいつでも反抗期になりますよ。ほら、店に出たいなら着替えて着替えて」


「はーい」


 美少女が客として来てくれたことに機嫌をよくしたらしいクララメラは、鼻歌を歌いながら階段を登っていった。

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