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11 ハーブティー

 少女が寝ている間、タクトはギャングから買ったグリモワールを眺めていた。

〝読む〟のではなく、あくまで〝眺める〟。


 なぜなら、そこに書かれている文字が、どう見ても言語として意味あるものではないからだ。

 無論、タクトは言語学者ではない。よって未知の言語を解読するのは専門外。

 もしかしたら、隠された意味があるのかもしれない。


 しかし、魔術にかんしてはプロだ。

 そのプロとしての勘が告げている。

 これは文字ではなく、紙に刻まれた魔術回路だ、と。


 テケラゴディナ山に自生するンガトゥネの木を使って作られたと思わしき紙。

 アラベヴェレン砂丘に住むサンドワームの青い血で書かれた記号の羅列。


 ただの暗号文や人工言語なら、これほど貴重な材料を使う必然性がない。

 タクトが思うに、この本は何か危険な存在を閉じ込めておくための檻だったのではないだろうか。

 だからこそ、百ページ以上にわたって複雑な魔術回路が刻まれ、それを駆動させるため、紙がマナを放つように作られている。


 すると、地下倉庫でタクトが倒したあの魔物は、グリモワールが長い年月の末に宿した意識ではなく、この中に封印されていた『何か』だったのかもしれない。

 このグリモワールはまだまだ研究の余地がある。

 売らずにしばらく所有して、もっと詳しく知りたい――が、やはり店の金で買ったものだ。

 買いたいという客が現われたら、売らないわけにはいかない。


「う、うーん……あれ? ここはどこ……?」


 気絶してから30分が経過した頃、銀髪の少女はようやく目を覚ました。


「ああ、気が付きましたか。魔導古書店アジールですよ。ようこそ学生さん」


 いまだ状況をよく把握していないらしい少女は、ポワンとした顔で店内を見回す。

 その拍子に、額のタオルが太ももの上に落ちた。

 五秒ほどキョロキョロしていた少女は、ようやく目をハッキリ開いて、自分がいる場所を理解する。


「アジール? 本当に! 私、ちゃんと辿り着いたの!?」


「ええ、本当に。よく頑張りましたね。疲れは取れましたか?」


「……まだちょっと」


「では、ハーブティーを煎れましょう。本当は常連さんにしか出さないのですが、あなたの健闘をたたえて」


「あ、ありがとう……」


 少し戸惑う様子の彼女を椅子に座らせたまま、タクトは台所に行って、二人分のお茶を用意し、盆に載せて店に戻る。


「どうぞ。遠慮なく」


「……はい。じゃあ、遠慮せずいただきます……ん!? 美味しい! しかも何か力湧いてくる!」


 少女は紫の瞳を丸くし、ティーカップの中身を凝視する。

 そんな可愛らしい反応を見て、タクトは微笑んでしまう。

 自分が煎れた茶をこんなに褒められたら、嬉しいに決まっているのだ。


「裏の畑で育てたローズマリーのお茶に、ハチミツを少し加えたものです。マナが染みこんだ土で栽培していますから、疲労回復にも魔力回復にも効きます。しかし、一口飲んだだけで実感するとは、流石、若いですね」


「いや、若いって……そう言うあなたは何歳なのよ」


「十四歳ですけど」


「じゃあ私より三歳も若いじゃないの」


「いや、まあ。この店に来る人は皆、三十歳以上ですから。それに比べたら、ということでして」


 タクトはそう言い訳をして、頭をポリポリかいた。

 自分も前世とあわせたら三十路だ、と言っても信じてはもらえないだろう。

 なにせクララメラですら、タクトが異世界から転生してきたということに、半信半疑らしいのだから。


 それに三十路といっても、十六歳で死に、今は十四歳。

 一度も大人になったことがない。

 精神年齢が三十歳相当かと問われたら、残念ながら全く自信がなかった。


「あなた店員でしょ? 店員はあの結界が効かないようになってるの?」


「いえ。普通に効きますが」


「じゃあ、あの中をいつも歩いてるんだ……」


「ええ。そうですね」


 タクトは前世の力をそのまま継承しているので、結界を苦に思ったことはなかった。

 それは、いわゆる反則。チートの類い。スタートからして他人より恵まれている。

 よって、まっとうな修練で力を獲得し、ここに辿り着いた少女の方が、遥かに賞賛に値する。

 しかし、タクトの事情を知らない少女は、ショックを受けてしまったらしい。

 はぁぁぁ、と深くため息をつき、こちらを恨めしそうに見つめてくる。


「こんなに小さくて可愛い子が……自信なくすわ……」


「俺は慣れているだけです。その歳でいきなり来て結界を突破したあなたの方がよほど凄いですよ。ところで、可愛いとか言わないでもらえますか? たとえ客でも許しませんよ」


 タクトがトゲのある声色でそう言うと、少女は紫色の瞳に困惑を浮かべた。


「え、なんで? 褒めてるのに」


「男に対して可愛いは褒め言葉じゃないでしょう」


 すると少女はますます不思議そうな顔になり、タクトをじっくり十秒眺め、それから首を捻る。


「誰が男?」


「俺が」


「……?」


 いや、確かにタクトは最近、髪を切りに行くのが面倒で伸ばし気味だが――。

 この反応はしつこすぎる。

 だんだん腹が立ってきた。

 相手が美少女じゃなかったら、とっくに叩き出しているところである。

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