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10 美少女来店

 店を開けてから二時間が経ったとき。

 カランカランと鐘を鳴らし、ようやく扉が開いた。

 本日一人目の来客だ。


「いらっしゃいませ」


 と、声を出しながら、タクトは誰が来てくれたのだろうと想像する。

 噂をしたハウンド老だろうか。

 ハワードさんは前に金欠だと言っていたので、そろそろ本を売りに来るかもしれない。

 メアリ女史は話が長いくせに、なかなか買いも売りもしてくれないので苦手だ。


 しかし、意外なことに、現われたのは少女だった。

 銀色の髪を腰まで垂らし、瞳の色は紫。

 歳は十七かそこら。

 タクトよりは年上だろうが、さりとて大人とは呼べない年齢。

 それはそれは綺麗な少女だ。


 だが、驚くべきは容姿より若さである。

 こんな若者がこの店にやって来るのは非常に珍しい。

 むしろタクトの知り限り、初めてだ。


 なにせアジールに来店するのは、『迷子』と『圧力』の二重結界を突破できる魔術師だけ。

 必然的に客の平均年齢は高くなり、常連で一番若いメアリ女史でも三十歳前後。

 十代の少女が来るというのは驚異ですらある。

 きっと恐ろしく優秀なのだろう。

 若い才能が芽吹いていることを、タクトは嬉しく思った。


 だが、しかし。

 いかに優秀であっても、少女にとって結界突破は、やはり、とてつもない冒険だったらしい。


「ぜーはー、ぜーはー……うぅ、もう、だめ……」


 蒼白な顔で弱々しく呟いた少女は、手にした木製の杖で体を支えながら、ヨロヨロと入ってくる。

 そして店内に足を踏み入れた瞬間、糸が切れたようにバタリと倒れてしまう。


「……大丈夫ですか? 汗が凄いですよ」


 タクトは少女を抱き起こし、肩を軽く揺すりながら問いかける。


「だ、大丈夫じゃない……なんなの、あの結界の強さ……死ぬぅ……」


 こんなところで死なれてはたまったものではない。

 やれやれ、と内心思いながら、タクトは少女を担ぎ上げ、カウンター奥の椅子に座らせる。

 すると少女は、うー、と唸りながら背もたれに体重を預けた。

 目はくるくる回っていて、顔は真っ赤。汗のせいで銀色の髪が額に張り付いている。


「そのローブ。脱いだほうがいいんじゃないですか? 暑いでしょう?」

「疲れすぎて動けない……」

「何でそんなになるまで頑張ったんですか」


 と文句を言いつつ、タクトは白いローブを脱がしてやる。

 その下に着ていたのは、白いブラウス。金の刺繍が入った黒ネクタイ。赤いチェックのプリーツスカート。

 そして極めつけは、木で作られた初心者魔術師用の杖。

 ああ、やはり間違いなく。


「ララスギア魔術学園の学生さんですね。卒業前にここに辿り着いたのは多分、あなたが初めてですよ」

「へぇ……それは嬉しいけど……ご、ごめんなさい、しばらく話しかけない、でぇ……」


 手足をダラリとさせ、無防備な姿を晒し――少女はそのまま眠ってしまった。

 せっかく二重結界を越えてここまで来たのに、その結果が昏倒とは報われない。

 タクトはついつい苦笑してしまう。


 優秀なうえ、古書店まで足を運ぶという研究熱心さ。きっと真面目な人間なのだろう。

 なのに、その面影もなく、だらしのない有様。

 二階で寝ているクララメラといい勝負だ。


「どうせ暇だし、このまま眠らせておくか」


 タクトは台所に行ってタオルを濡らし、それを少女の額に乗せてやった。

 果たしてこの少女はどんな本を求めてアジールまで来たのだろう?

 愛らしい寝顔を見つめながら、タクトは想いを巡らせた。

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