逃走
めちゃくちゃ序盤です(謝罪)。
「もう嫌だ!やめて!」
俺のすぐ近くから発せられたその声は、半ば絶叫のような、必死に懇願するような、少女の声だ。だが、あたりに視線だけを巡らせても、それらしい人物は見つからない。
薄暗い屋内、落ちている懐中電灯に照らせれて、俺の目に映るのは、倒れている死体、死体、死体。足の踏み場も無いくらいに、床は血で汚れている。もはや、その血が自分のものか、周りの死体群から流れた出たものなのか分からなくなるほどに、目の前の光景は残酷だ。そこに俺は立っている。傷からの出血と返り血で、着ている制服のほとんどの箇所が染まっている。
「…もう…やめて…こんなのって…こん…なのって!」
また声がする。泣いているのだろうか。嗚咽混じりのその声は、一体誰に向けて放たれているのだろう。俺は声のする方へ足を踏み出す。ズキンッ
「ッ、あ゛ぁぁッ!」
踏み出した拍子に、もう片方の足に激痛が走り、そのまま膝をついて倒れる。受身も取れないままに体を強か、血の床に打ちつけ、今までにない痛みに喘いだ。
「当たり前だよ♪さっきまで立っていたのが不思議だね♪でも、何か聞こえると思ってきたら…」
不意に、さっきまでとは別の声が聞こえた。それも、少女の声が響いてきたあたりから。
俺は倒れた状態のまま、先ほどまではそこにいなかったはずの人物へ視線を向ける。暗がりで相手の顔は見えないが、声からして男だと分かる。なぜかくぐもっているが聞き分けられないほどではない。体格は多分、俺と同じくらいだろう。歳も近いかも知れない。
「…なにが…どうなってるんだ」
痛みに耐えながら、俺は男に尋ねた。なにが起こったのか。ここはどこなのか。なぜ人が死んでいる?わけが分からない。体中ボロボロですごく痛いし。なんであんたは平気なんだ?まわりの惨状で思考がまとまらず疑問だけが頭を巡る。
男は、おもしろいものを見つけた、という様な視線で見てくるだけで、俺の問いに答える気配はない。
「う゛っ、おごっ」
「大丈夫?見た感じ君はまだ感染ってないっぽいけど、どうしよう…」
濃密な血の臭いと死体の有様で、俺はついに限界に達して胃の中身を吐いてしまう。そんな俺を気遣うように男は尋ねてくるが、なぜか人間味が感じられない。
数拍、男はなにか考える素振りを見せると唐突に告げた。
「殺しちゃおっか♪」
「…え?」
誰が、誰を?あまりに唐突なことで、グチャグチャだった思考がさらに複雑に絡み、俺はそんなことを思った。
「だって君の傷、多分僕が付けたものだし。あとで検査して感染ってなかったら僕がめんどくさいことになるし。あと、えーと、CODE No.04?03だったっけ?『疑わしきは全て駆除・捕縛の対象とす』ってことなんだ♪だから、周りの人達みたいに死んでね♪」
「…まわり…みたいに…?」
思考が追い付かない。俺、殺されるのか?CODE?感染るってなにが?俺の傷って、こいつのせいなのか?思考が混濁しているからか、出血が多すぎたためか、視界がぼやけてきた。
男は俺の今の状態など気にする様子もなく、腰の辺りに下げているケースから何か取り出し、それを俺に真っ直ぐ向ける。男の手には一丁の黒く血に汚れた拳銃が握られていた。
「でも簡単に殺しちゃうのは可哀想だから、チャンスをあげるよ♪」
「…チャン…ス?」
「今から40秒待ってあげる。その後、僕が君を殺しちゃう前に、ここから出られたら見逃してあげるよ♪ほら♪どうしたの?逃げないと殺しちゃうよ?運が良ければ生きられるかもよ。君が無様に逃げまわる様を僕に見せてよ♪い~ち♪に~い♪さ~ん♪…」
さっきまでと全く違うことを男は言うといきなりカウントダウンを始める。男は、俺がどんな行動に出るかをおもしろそうに見下ろしてくる。
こいつにとって、俺の命なんてゲームの的みたいなものなのか。早く逃げなければ、殺される。だがその前に…。俺は痛みを堪えながら、出せる限りの声で怒鳴り、男に確認を取る。
「なあ!ここから出られたら、生きて帰れるってわけなんだな!!」
「わっ!いきなり大声出さないでよ。さっき言ったじゃないか。だから、僕から逃げ切ってみせなよ♪え~と、な~な♪は~ち♪…」
声が反響するほどの怒鳴り声はさすがに男も予想外だったようで、一時カウントダウンを止めるがまた数え始める。
多分これで大丈夫なはずだ、後は…。俺はぎこちなくも立ち上がると、奥歯を砕けんばかりに食いしばり、激痛を堪えながら、わざと音が鳴り響く様に、男に背を向け無様に走る。後ろから、自分の足音に混じって、男の上機嫌な声が聞こえる。
「あはは♪そうだ、そうだよ♪逃げないと殺しちゃうよ~♪じゅ~ご♪じゅ~ろく♪じゅ~なな♪…」
★
「…はぁ、…はぁ、…ぐっ!」
体が傷だらけなのも省みず、強引に男の前から走り逃げた後、俺はさっきまでの走りを一旦中断し、今は、左側を全面ガラスで覆っている廊下を、外から差し込む月明かりを頼りに、痛みに堪えながら歩いている。
少し前にカウントダウンを終えた男の「それじゃ~はっじめ~るよ~♪」と言う声が遠くから聞こえてきていた。
「…どこかに…かくれ…ねぇと…」
今の状態では逃げ切る前に死んでしまう。まずはどこかに隠れて傷を覆い出血を抑えなければ。そう判断した俺は、廊下の右側に部屋を見つけると、開いているドアから中に入り、静かにそのドアを閉じる。部屋の中までは月明かりは入ってこないため、どこになにがあるのか暗くて分からない。俺はドアを背にしてその場に座り込むと、制服の上から傷口を押さえる。痛みが増すが声を漏らすほどではない。
「…あいつら…大丈夫かな…。それに…あの声の子も…」
半ば絶叫のような、必死に懇願するような、少女の声。男と出会う前、確かに聞こえた悲痛な叫び。
男は俺以外の存在に気づいている様子はなかったから、注意をこちらに引き付けるために、あんな行動を取ったのだが。
「…人の心配より…自分の心配…だよな…」
傷からはまだ血が出てきている。なにか傷口を塞ぐ物があればいいのだが…。そこまで考えて視界が明滅する。
「…あ、…これ…やば…」
最後まで言い切ることもできず、意識が途切れた。
続きはいつになるかは分かりません。ですが、必ず続きは書きますので!
どうかよろしくおねがいします。