覚醒
ものすごく間が空きました…。
すみません……。
前にフゥエンと来たときのように、森のなかは静かだ。
ザクザクと土を踏む音、時折小枝や枯葉、腐った木の実などを踏んだ音もするがそれ以外は全くもって静かだった。
「はぁー…」
歩き続けてから暫くして、少し開けた場所へ出たノウはため息をついて近くの木の根もとへと腰かける。
体は疲れていないが、真剣に探して回ったせいで精神的に疲れた。
ぐったりとしたまま上を見ると、木々たちが枝を高く伸ばしその先の葉の間からきらきらと太陽の光が射し込んでいた。見ているとなんだか心が落ち着いて、少しだけ疲れが消えた気がする。
「よし…あと少し、探しても無かったら…諦めよう。」
もう腹痛キノコでもいいから見つけたいな…とノウが思いながら立ち上がった、その時。
ガサッ
後ろの鬱蒼とした木々の方から、何かが動く音がした。
「…!?」
ノウは咄嗟にもたれ掛かっていた木を盾にするように隠れる。
嫌な汗が背筋を流れていく。
もしかして、例の事件の犯人だろうか。
そうならまずい。
今の森にはおそらくノウしかいない、助けを呼んでも誰も来ないのだ。
どうか、ただの野うさぎとかであってくれ…
冷たい汗が背筋を流れていくのを感じながら、ノウは動かずに徐々に近づいてくる音のする方をじっと見つめた。
目の前に現れたそれは恐らくは、人と認識されるもの…だったであろう。
顔がついていて手足もあり、二足歩行、何より決定的なのが服を着ている。
しかし明らかに普通の人ではなかった。
全身が腐ったような、焼けただれたようになっていてハエがたかっている。服はボロボロなうえに所々が黒ずんでいて、右手には血がベッタリとついたガタガタとした刃の剣を握っていた。左手は肩の辺りから骨になっている。
ノウは自分よりも身長のある、それの顔を恐る恐る見上げてみれば、そこにはギラギラとした狂っている目があった。
そう、バッチリ目があってしまった。
「…ぁ…あの…」
どうにか後退りながらも、話の通じる人であれば、と期待をかけて言葉を発する。
その瞬間その人間であろう者は、目をこれでもかというほど見開いた。
「ぐじゅぁぁぁああぁぁあ!!!」
そしてそれは、泥水の表面をバシャバシャと叩くような奇声をあげながらノウに向かって走ってきたのだ。
「ひ…ぃゃつ!!!」
完全に危険だと脳が判断したのか、ようやく動けるようになった体でノウは必死に駆け出した。
─────────────
「ーー!!」
声にならない叫びを口から発しながら、何処へ向かっているのかも定かでないまま、ひたすらに逃げ出す。
とにかく逃げなければ…!!
死ぬ…!殺される!!!
しかし、そんな必死なノウを嘲笑うかのように運命は残酷だった。
ノウが走っていった先。
そこには大きな崖があった。辺りを見回すが、橋らしきものは何一つ見当たらない。
「…っ!!!」
踏みとどまったノウの足下の石屑が、パラパラと下へ落ちていく。
下を見るとゴウゴウと水が流れているのが見えた。飛び降りたところで助かる見込みの無い高さだった。
ザッザッ…
ノウが振り返ると、奴がこちらに向かってのしのしと近づいてきた。
ふらふらとしながら握った剣を振り上げる。
もう、ダメだ…
剣を振り上げた腕がゆっくりと見えた。
ああ、確か死ぬ寸前には物事がゆっくり見えるって、誰かが言ってたな…
ノウはただそこに立ち尽くすばかりだった。
俺にも何か、武器があれば…
剣があれば…
そう思っている間にも、目の前に剣が迫ってきていた。
無意識に少しでも足掻こうと思ったのかなんだったのか、ノウの腕は前へとつき出された。
ズバンッ
そういう音がしたあとに、腕が落とされ痛みが襲う…
そう思っていた。
しかし、実際に聞こえてきた音は全く違うものだった。
キキィン!
それは、剣と剣が打ち合う音。
恐る恐る瞼を開けると、そこには剣があった。
正確に言うと、自分の手首から先が剣になっていた。
細かな装飾が施された、漆黒で塗り潰された影のような色の剣。
「な…なにコレ……!?」
驚いたことによって力が緩んでしまい、ぶつかり合っていた剣を弾き返された。
すぐ後ろには崖。
一か八か、やるしかない。
「やぁあっ!」
ノウは剣になったその右腕を、目の前のそれに向かって突き立てた。
ズブッ
鈍い音が聞こえ、しばらく時が止まったように感じた。
…どうだ?
瞑っていた瞼を開けると、そこには心臓部に剣の刺さった恐ろしい姿のそれが、灰になり風で散っていくところだった。
すべてが灰に変わり風でどこかへと散らされて行く様子を、ノウはただ静かに見つめていた。
──────────────
ふと気がつくと、日が傾いて夕暮れ時になろうとしているところだった。
辺りを見回すと後ろは崖、目の前には森が広がっている。しかし今いるところは少し高台になっているようで、村から起こっているであろう煙突の煙が見えた。
視線を落として右腕をみると、いつものように肌色の普通の手がくっついている。
あれは夢だったのだろうか…?
そう思って何気なく右腕を宙に軽く振った。
ブンッ
明らかに腕を振るだけでは鳴り得ない音が、崖の方へと木霊する。
「ははっ、なんだよこれ…」
自分の目の前には先程の剣があった。
ノウは苦笑する他なかった。