名前がついた日
少年が村の近くに迷い込み、役場に保護されてから四回目の朝が来る。
相変わらず、少年に関する情報は得られないままだった。
当の迷子の少年は、三日間立て続けに村長から
「ゆっくり休むといい」
と言われる。
さすがに全く同じことを三度も言われれば普通は気になるが、少年は只今記憶喪失だ。
なんの疑問も持たずに部屋に引きこもっていた。
…きっと他の人が見たら、村長がボケ始めていることに気がついていただろう。
残念なことに、村の人々が気づいたのは少し先だった。
そんな部屋に引きこもっている少年は、なにもすることが無い。
ただぼんやりと過ごすか、着替え、食べ、からだの汚れを落とし、記憶を戻そうと必死に頭を廻らせ…駄目だと分かり、そして寝る。
しかし、気になることはあった。
(いつもいつも…。一体誰なんだろう?)
村に居候をして一日目の朝、見かけた人影が毎日のように窓の外に現れるのだ。
窓を開けようとする度にタイミング悪く村長が部屋に入ってくるので、未だに正体が分からない。
ちなみに今日はまだ、人影も村長も現れていない。
「村長さんに、聞いてみようかな…。」
呟いてみたはいいけれど、実際に村長の前で口に出す勇気は出なかった。また、昨日と同じことを言われてショックを受けるだけかもしれない…と思ったから。
少年がいつものように部屋のベッドでぼんやりと外を眺めている。
その時だった。
ドタドタと廊下を走る音が近づいてきているのが聞こえた。
バ───ン!
勢いよく部屋のドアが開く。
「…え?」
少年の目が見開かれる。
少年が振り向いて目に入ってきた人物は、村長ではなかったから。
そこに居たのは…活発そうな瞳をした一人の少女だった。
「おはよう!」
少年はポカンと口を開けた状態で、固まることしか出来なかった。
──────────────
「君の名前は何?どこから来たの?」
「迷子ってホント?」
「教えてよ~」
突然現れた村の少女は、記憶喪失の少年に質問を突きつける。少年は突然のことに驚いていて、あやふやな意識のままなんと答えていいのか返答に困っていた。
「えっと…。その…。」
頭の中がごちゃごちゃとしてくる。それに合わせて目の前に歪みが生じつつあった。
このままでは危ない。
「おいおい、そいつが困ってるじゃないかレイメイ。記憶喪失だとかで、大人たちも聞いたけ ど分からないんだ。」
助けが来た!…のはいいが、またもや村長ではない。
いつの間に居たのか、ドアに寄りかかるように立っていたのは村の一人の少年だった。
「そうなの?それはごめんなさい…。でもフゥエン、遊ぶときに名前がないと呼びにくいわよ! 」
(え…仲良くなる気満々ですか …!?)
この村で話したことがあるのは、狩りをしていた男の人と村長くらいだ。少年は口をパクパクと開きはするが、声が出なかった。
「うーん。名前、かぁ…。」
よくわからないが、いきなり現れた二人は少年に名前をつけようとしている。当の本人はオロオロと困った様子だというのに。
村長がここにいたならば、拾ってきた犬に名をつける様子を思い浮かべていただろう。
記憶喪失の少年は必死に頭を回転させる。
いい加減、名前だけでも思い出さなければ一生このままになるかもしれない…と、不安を感じたのだ。
しかし、どうやっても名前は思い出せない。
ふと、フゥエンという少年の方がなにかを思い付いたようだ 。
「名前がない…。ノゥ、ネィム…。“ノウ”っていうのはどうだ!?」
(…ノウ?)
それは、俺の名?
新しい名。
ノウ。
俺は…
少年の中に、何かがフワッと生まれた瞬間だった 。
「うん、ノウ…。俺のことはノウって呼んでよ。」
今までオロオロとしていた少年が、急にハッキリと喋ったのに二人は驚いたが、にっこりと笑って手を差し出した。
「フゥエンだ、よろしくな。」
「レイメイよ、よろしく!」
少年はその二つの手をみて、この村で初めて笑顔をみせ二人に両手を伸ばした。
「よろしく!」
その出会いは、少年と村全体を大きく動かすものだった。
そんなことはもちろん、誰も知らなかった。
間違っていた字や文がありましたら、教えてください。私は国語が苦手です。
・±・…