最後に見た、あの空は
ラストです。
「みんな、無事?」
ノウは一歩、村人と友人のもとへ足を踏み出す。
が、その時。
何処からか、こんな声があがった。
「…く…来るな!」
怯えた声を聞きノウはピタリとその場で止まった。訳がわからず問うように人々を見る。
自分の身体を見ても、そんなに血がいっぱいついているわけでもない。両腕は武器になってるけど刃先を向けたわけでもない。
どうしてだろう?
どの目も、今までよりも彼を恐ろしいものを見るような視線で見つめていた。その中にはノウの友人、レイメイとフゥエンも含まれている。
なんでだよ…?
盗賊は全員いなくなった、怖いものはもうないだろう?
何がそんなに怖いんだ?
なんで俺を見て…
「みんな…?」
「いやっ…!」
「来るな…!」
「なんだあれは…!」
「殺される…!」
「あんなの人じゃない…」
「「「化物」」」
その瞬間、ノウは悟った。
ああもう誰も、友達さえも。
俺を人間として見ていないんだ、と。
そのあとのことは、よく覚えていない。
気づくと両腕は元の人間のものに戻っていた。
ただ、村の隅にある自分の家へ泣きながら帰ったことは覚えている。
もう誰も俺に触れてくれない。
一緒に話してくれない。
共に笑ってくれない。
その事だけが、ただ頭のなかに廻っていて。
──────────────
盗賊が死滅して事件解決かと思っていた村人たちだったが、新たな問題が立ちはだかり皆はただ騒然としていた。
ノウのことである。
「やはりアレは化物だったのだ…」
「見知らぬものを村へと入れなければ、こんなことには…」
「奴は村はずれの家に逃げ隠れたぞ…。今のうちに…」
「そうだ…」
「奴が暴れださぬうちに始末してしまおう…」
村長や年輩の大人たちがそう話している様子を、二人の友人は怯えながら見ていることしかできなかった。
あんなことになるとは、二人とも予想もしていなかった。ノウがあんなことを、姿をするとは知らなかったのだ。
フゥエンとレイメイは、どうすればいいのか分からないまま、大人たちの話し合いを眺めることしか出来なかった。
なにも、出来なかった。
──────────────
「……うぅ…グスッ……」
小屋のように小さな家の中から、止まることのない泣き声が聞こえている。
あれから時間がたち、時は夜になろうとしていた。空には未だ分厚く重たげな雲がたちこめている。
ノウはただ、悲しい気持ちで一杯のままベッドにうずくまっていた。
この村を、離れた方がいいのだろうか…。
そう考えた彼だったが向こうは嫌っていても、自分自身は人のそばにいたいと思っている。
ずっと、なにもしなければ。
ずっと、この家の中にいれば。
村人たちは、何もしないで村に居させてくれる。
そう信じたかった。
信じていたのに。
──────────────
煙たい。
ノウはそう感じてガバッと跳ね起きた。いつの間にか泣きつかれて寝ていたらしい。
外からパチパチと物の燃える特有の音がしている。それに混じって、人々の声も小さく聞こえていた。
「……戸は閉めた…もう出られないだろう…」
「火の回りが遅いな……誰か油は…持ってきていないのか……」
ノウはそれを聞いた途端、徐々に暑くなっていく空気とは真逆に全身が冷たくなったように感じた。
殺される。
その事だけしか浮かんでこなかった。
俺は何もしていないのに?
ただ、盗賊から村を助けただけなのに?
とうとう、煙が中まで入ってきた。途端、ノウは咳き込みはじめる。
どうにかしないと…!!
咄嗟に右腕を槌に変えて壁を壊し、外へと飛び出した。
新鮮な空気がノウの肺を満たす。
しかし助かったわけではなかった。
顔を上げたノウの目に入ったのは、猟銃を握り締め此方に構えている、はじめにこの村で出会った男だった。
「え……?」
パンッ!
心臓の位置を貫かれる感触がした。
それでも何事もなかったような呆然とした顔を向けているノウを見て、村人たちは恐怖を通り越し殺意の表情を浮かべていた。
「殺せ…」
「もっと撃て…」
「剣で切りつければ死ぬかもしれん…」
もう、嫌だ。
ノウはそう思った。
ゆっくりと立ち上がるノウを見て、村人たちは警戒を高める。しかしそのまま彼はフラフラと、深い闇の森の奥へと消えていった。
あとに残った村人たちは、化物を追い出した、と歓喜の声を上げていた。
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人の住む証である明かりから、どんどん遠ざかっていく。
ノウの心はボロボロだった。
「俺は、もう人ではないんだ…そうだよ……もう、この姿でいてはいけないんだ……」
ぶつぶつとそう呟きながら暗い森のなかを歩く彼は、徐々に黒い人形の塊へと姿を変えていく。
「銃も効かない……撃たれても死なない…」
さっき撃たれた胸から血は出ない。ただ穴が空いただけ。まるで今のノウの心を表しているようだった。
自殺も出来ないな。
そう考えて悲しそうに笑う。
長い間歩いていたがふと顔を上げると雲が晴れていた。遠くの山から朝日が出てきて辺りを明るく照らし出す。
眩しい…。
チュンチュン!
彼の前を、一羽の小さな鳥がぴょんぴょんと通りすぎていく。
「いいな、鳥は自由で…」
彼はふと、自分の体を見る。
そしてムクムクと姿を変えていき、そこには先程の鳥と全く変わらぬ小さな鳥がいた。
「死ねないのなら、生きよう」
鳥の口から、人の言葉が出てくる。
そんなことを驚く人も居ないほど、ここは深い森の奥。
「生きて、生きて。いつかわからないけど…俺はまた、人になりたいな」
俺は、人が好きだから。
人と一緒にいたいから。
そう最後に彼は言って、小さな翼を羽ばたかせながら、新しい朝の空へと飛んでいった。
いつの日か、再び人として生きれると信じて。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
そのうち新しい話も投稿していきたいと思ってます。