表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

日誌3日目―朝 ~波風~―

「ごめんなさい!」

「本当に申し訳なかった!」

 数分後、部室には頭を下げる女子生徒二人の姿があった。女子生徒が事情を説明してくれたので誤解が解けたのだ。

 それを見た後、まだ壁際で寝転がっている友人の姿を横目で見る。

「頭は下げなくていい。こっちにも非があったのは確かだ」

 追い回されたことは事実だが、それ相応のことをしたように感じるのも確かだった。

「いや、これに関しては私の暴走が原因だ。そのせいで、生徒の大半を巻き込んでしまった」

「ううん、私が杏奈ちゃんに相談したから」

「いや、晴崎は悪くない。私が独断でしたことだ」

 仲の良い友人同士庇い合う姿に、何だか微妙な気分になって視線を逸らした。

 今までに遭遇したことの無い光景で、彼自身がそういう方面に興味が無かったこともあったため、困惑してしまうのは仕方が無い。

「生徒会が対処してくれるらしいから、騒ぎが収まるまでは部室にいてくれ。それまでに相談を終わらせよう」

 強引に話を進めてイスに座るよう促すと、二人は少し遠慮しながらも従う。

「とりあえず、自己紹介から。俺はこの相談部の部員で、天寺慧一。普通学科文系専攻の二年生だ」

「えっ? 二年生だったの?」

 間の抜けた声が聞こえ、気まずい空気が部室に流れた。一瞬、天寺の顔が引きつったのを見た女子生徒が慌てて謝罪してくる。

「ご、ごめんなさい。背が低いし、女の子みたいな顔だったから」

 しかし、それは逆効果だった――顔が再び引きつる。それを見た女子生徒は、おろおろと戸惑って潤んだ瞳で隣に座る友人に助けを求めた。

 助けを求められた友人の方は、額に手を当てて首を振った。それを見た女子生徒の瞳から涙が溢れ出す。

「いや、気にしてないから。そんなに落ち込まないでくれ」

 なんとか平静を保ちながら言うと、女子生徒はホッと息を吐いた。

 年下や女子に間違えられることは過去にもあった。いちいち腹を立てたりしていたら、あまりにも大人気ない。そう自分に言い聞かせながら二人の自己紹介に耳を傾ける。

「私の名前は東雲安奈。普通学科文系専攻の二年生だ」

「えっと、私は晴崎日和です。普通科文系専攻の二年生です」

 二人がかしこまった様子で名乗るのを聞いて、天寺は頭の中で彼女たちの人柄を分析した。

 晴崎と名乗った女子は、さっきの相談に乗っていた時にも感じたが、決断力のある芯の通った女子だ。でなければ、「学園生活をより楽しくする」なんていう突拍子な活動を実行しないだろう。感情が顔に出やすく、裏表の無い好感を持てる人間だ。

 一方、東雲と名乗った女子は友達思い。さらには人望が厚く、人を纏め上げる能力がある。人望が無ければ、あれだけの生徒が協力するはずがない。友人の晴崎に対する過保護を除けば、しっかりした好感を持てる人間だ。

「ここまでのことを整理すると、晴崎さんはあがり症を治すために「学園生活を楽しくしたい」と思ったんだな?」

「はい」

「それで、そのことは東雲さんも聞いてるのか?」

「もちろんだ。私は晴崎の親友だからな」

 誇らしげに胸を張る東雲から視線をさりげなく外した。やはり女子が胸を張るのは良くない。 異性――特に年頃の男子にとっては目の毒だ。

「なら、東雲さんも混ぜて具体的な方針を考

えていこう」

「はい、お願いします」

「……むず痒い」

「えっ?」

 本題へ移ろうとしたところで、東雲が呟きで話が止まってしまう。

「話の腰を折ってしまって申し訳ないが、呼び捨てにしてくれないか? なんというか、むず痒い」

「あっ、私も呼び捨てでお願いします」

 照れくさそうに頼んできて、それに便乗するように晴崎も言った。親しくない相手を呼び捨てにするのは違和感があったが、本人たちの許可が出ている。これで呼ばないのは逆に失礼ではないか?

「コホン、わかった。じゃあ、具体的な方針について三人で考えよう。まず、晴崎が考えている生徒全員を対象にした活動は――」

「いや、四人だぜ。俺も混ぜて!」

 割り込みが入り、再び話が止まってしまう。

「俺の名前は雨堂蓮。普通学科文系の二年生で、学園一のイケメンっていうのは俺のことだぜ」

 ようやく復活したらしく、歯を無駄にキラリと輝かせて天寺の隣に座った。

「「「………」」」

「いや、ここはツッコミを入れるところでしょ!?」

 空気を読まずにボケをいれてきて、場を白けさせるのは常にお調子者であることを示す典型的な場面である。

 天寺は呆れてため息をつき、晴崎は困ったような笑顔を浮かべ、東雲はゴミを見るような目で見る。

「改めて、この四人で話し合おう。まず、晴崎の考えだと生徒全員が対象だ」

「……いやー、それは無理じゃないか? 確か、うちの生徒数って」

「それが、どうした?」

 東雲がギロリと睨んだ。容姿に似合わない凄みのある声と刃物のような視線に、乾いた笑顔を浮かべていた雨堂は口を閉ざして肩をすくめた。

「…うん、無理だよね。私、どうしてそんな大事をしようとしたんだろう」

 目に見えて落ち込む晴崎。そんな彼女に寄り添い、東雲は天寺に話を進めるように目で催促する。

「確かに無理はある」

 断言した瞬間、晴崎はさらに落ち込んだ。東雲が射殺すような目つきで睨みつける。その視線を浴びながら、何とかつっかえないで続けた。

「…でも、晴崎には卒業まで二年ある。その間に協力しくれる人間を集めて、地道に努力すれば何とかなる」

 言い切ると、突きつけられていた視線が剥がれた。天寺は内心でホッとしながら、晴崎の方を見て元気づけるように結論を言う。

 現在の状況を分析し、そこから考えうる最善の方法を伝える。それが相談を受ける上で重要な段階だ。

「だから、まずは小さいことから始めるんだ。そうやって少しずつ積み重ねながら、協力してくれる人間を集めていった方がいい」

 ――夜、天寺は自宅のベッドの上で天井を見上げていた。すでに日付は変わったが、彼は眠ることができない。

 眠れないのは、いつものことだ。

(……あれで良かったのか?)

 放課後、晴崎の相談で結論を述べた時のことが気になっているのだ。あの後、女子二人は礼を言って部室を出て行った。

(俺が言ったのは、ただの一般論でしかない。でも、それが本当に最善なのか?)

 相談を受けた日に、決まって同じことを考える。それでも、最後には自分が正しいと信じた。いや、そう言い聞かせてきたのだ。

 相談者から結果を聞いて、ようやく自分が正しいことを実感してきた。

(だけど、今回は結果が出るまでに時間がかかる)

(晴崎の目標は、あがり症を治すことだ。「より学園生活を楽しくする」というのは、そのための中継地点でしかない)

(それに、その活動を通してあがり症が治るとは限らない)

(……晴崎は決断を下せる芯の通った人間だ。でも、もしかしたらプレッシャーに弱いのかもしれない)

 次々と不安が浮き上がってくる。いつもなら押しのけて目を閉じてしまうのに、なぜか今回はそれができなかった。

 目を閉じた瞬間に東雲と一緒に出て行った晴崎の暗い表情を思い出し、ノイズがかかった音のようにざわざわと胸が騒ぎたつ。こんな体験は初めてだった。

 そんな自分に戸惑い、天寺は天井を見つめたまま考える。そして、結論が出ないまま夜が明けてしまった。

「……行くか」

 制服に着替え、鞄を持って出かけた。電車に乗りながら何度も舟を漕ぎ、学園前の駅で降りる。

 いつもなら学園へ向かうところだがコンビニに寄り、少し歩いて海の見はるかすことのできる場所へ来た。学園内のデートスポットだが、生憎なことに彼には相手がいない。

 波の音と海から吹く風を浴びて気持ちよさそうに目を細めた。潮の香りが肺に入り、ほどよい刺激となる。

 ベンチに座って海を見ながら、さっきコンビニで買った食料を取り出した。

「あれ、お客さん?」

「……ん?」

 思わず声のした方を振り向くと、そこには見覚えのある女子生徒が立っていた。

「やっぱり、お客さんじゃないですか。朝早くに、こんな場所で何してるんですか?」

 親しげに話しかけられ、戸惑いながら記憶をほじくり返して思い出そうとする。

「えっと、君は…? ああ、〈シャイニー〉で働いていたウェイトレスの」

「嵐城です。覚えていただいているとは光栄です」

「こっちこそ覚えてもらえてるなんて驚いたよ」

 嬉しそうに頷く嵐城に対し、天寺は肩をすくめて答えた。

 反応が薄いので誤解しそうになるが、彼は自分で言うのも憚るほど、無特徴な人間だと思っている。人とずれてる部分があるのは確かだが、そのことを抜けば確かに普通だ。

「いえいえ、お客さんは有名人ですから。ほら」

 スマートホンを取り出して、彼女が見せたのはウェブニュースだった。そこには、昨日の指名手配の記事が掲載されている。

「……その記事、生徒会が消したはずじゃ」

 気分が重くなり、取り出した食料をビニール袋の中に戻した。こんな状況では食欲なんて湧くはずがない。

「大変だったみたいですね。……ここに色々と書かれてますけど、どこまで本当なんですか?」

 興味本位という様子で聞いてくる嵐城に、いい加減にうんざりという様子で答える。

「全部、嘘だ。根も葉もない嘘だ。っていうか、その記事が何で残ってるんだっ」

「おお、疲れながらのツッコミ。お見事です」

 茶化しながらスマートホンを操作して、その画面を再び見せる。そこには、〈GO!シップ〉とツッコミを入れたくなるような名前のサイトが開かれていた。

「ゴシップ好きの作ったまとめサイトがあって、たまに利用してるんです。昨日の夜に見てたら、たまたま見つけて――って、大丈夫ですか?」

 話を聞いていた天寺は力なくうな垂れ、どんよりと暗い雰囲気をかもし出していた。

 人の噂も七十五日ということわざがあるが、このように掲載されては噂は消えない。むしろ、広がる一方になるかもしれない。

(……勘弁してくれ)

「あのー…、もしかしなくても、お困りですか?」

 意気消沈した様子を見て、嵐城は遠慮がちに声をかけた。しかし、深く沈みすぎて浮かんでこない。

「……ごめんなさい。もし私でよければ相談にのりますよ?」

 反省して謝罪したが、返ってきたのは重い沈黙だけだった。心なしか目が虚ろだ。

 心配になって目の前で手を振ってみたが、反応は無い。遠慮無しに頬を摘んだり、前髪を引っ張ってみたりしても反応は無し。

「むむむ、……こうなったら」

 何か意を決したように頷き、がっしりと天寺の両肩を掴んだ。

「…っと」

「起きてくださーい! もう朝ですよー!」

 目に光が戻った瞬間、がくがくと肩を揺さぶられて頭が前後に激しく揺れる。

「ちょっ、やめっ、起きて、る」

 いきなりのことに驚き、困惑しながら抗議した。それでも、やめてもらうのに一分間ほどかかった。

「うっ…、気持ち悪い…」

 乗り物酔いしたみたいに顔を蒼くし、口元を抑えて座る結果となった。その背中を心配そうにさすっているのは、その原因を作った本人だ。

「ごめんなさい…、大丈夫ですか?」

「…大丈夫。しばらく安静にしていれば楽になると思う」

 実際に乗り物酔いに似た症状なのだから、安静にしていれば治まるはずだ。

「それより問題なのは、さっきの記事だ。どうにかして、管理人でも運営者でもいいから削除してもらわないとな……」

 せっかく騒ぎが収拾したというのに、記事が残っていては生きた心地がしない。

 しかし、また生徒会に頼むのも気が引ける。かといって、パソコンに詳しい知り合いに心当たりがないのも現実だ。

(背に腹は変えられない、か…。生徒会に入ることを条件にすれば――)

 頼りきりでは罪悪感があるが、交換条件さえあれば少しは軽くなる。

 あまり気が進まなくても、それで丸く収まるなら構わない。自分にデメリットがあったとしても無視する。それが、天寺慧一という人間だ。

「あのー、私の知り合いにパソコンに詳しい人がいるんですけど…、その人に頼んでみましょうか?」

 しかし、別の道が提示されれば選択肢に入れて再考する。それぐらいの融通が利かなければ、相談役なんて務まらない。

「本当か? でも、その人に迷惑をかけるんじゃないか?」

 ただし、それでも他人のデメリットは気にかけるぐらいは強情だ。それが、彼がお人好しと呼ばれる大きな理由となっていることを自覚していない。

「いえ、大丈夫ですよ。たぶん、二つ返事で頷いてくれると思います」

 質問に下級生の女子は笑顔で頷き、苦笑を交えて付け足した。

「ただ…、見返りを求められると思いますけど」

「ちなみに、どれぐらいなのかな…?」

 交換条件という点では、さっき考えていた生徒会への依頼と変わらない。気になるのは、相手が提示する条件。

「あの人の機嫌次第で、ピンキリですから…」

「……つまり、ひどい時は思いっきりひどい。ってことか」

「はい。…でも、ほとんど機嫌がいい人ですから大丈夫ですよ。きっと」

 言っていることは事実なのだろうが、断言しきれないところが怪しい。それを自覚しているのだろうか、弱ったように笑っている。

(さて、……どうしようか)

 話を聞いたところ、嵐城の知り合いは条件さえ呑み込めばいいらしい。そういう相手なら、天寺は気を遣う必要も無いので頼むことができる。

 残る問題は、相手のデメリットと自分のデメリットが釣り合うかどうかだ。

(まるで、悪魔との取引だな…)

 不安なところは多いが、生徒会に迷惑をかけずに済むのはいい。それに、生徒会に入らなくて済む。これでメリットは三つ。

 思考し、自分の持つメリットを確認した結果――

「よし、その人に頼んでみるか。嵐城さん、紹介してもらえるか?」

 多少のデメリットなら大丈夫だと判断し、悪魔との取引に臨むことを決断した。

「えっ、いいんですか!? 誇張なしに、悪魔との取引ですよ!?」

 奇しくも、さっき考えていた内容と同じ事を口にする。そのことに苦笑いを浮かべながら頷いた。

「まあ、この際だから縋らせてもらうよ。それに、悪魔との取引を経験してみるのも悪くなさそうな気がする」

 内心では不安を渦巻かせながら、精一杯の軽口をたたいてみせた。本人は自覚が無いが、意外なほどに軽口が様になっている。

「………わかりました。アポを取っておきますので、お昼休みにいらっしゃってください」

 ため息をつきながら立ち上がり、礼をして走り去って行った。

 悪魔との取引が彼を取り巻く状況を変えていくことなど、誰が予測することができただろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ