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日誌2日目―放課後 ~避難~―

 ――ドタッ

 腕に衝撃と痛みが、じんわりと広がっていく。

(いって、てて……。とりあえず下敷きにはしなかったみたいだな)

 とっさに身を捻ったおかげで、女子生徒を巻き込んだものの下敷きにすることはなかった。目の前に仰向けで倒れている。

「…っと、悪いけど、行かないと」

 驚きすぎて呆けている彼女に言い、起き上がろうとした――ところで、

「ひゃぅっ…!」

「なっ……!?」

 女子生徒が悲鳴を上げて身を縮めた。一方の天寺も、起き上がろうとした状態で固まってしまう。

 その原因は、彼の手が触れている場所だ。

 ふにょふにょ、とスポンジのように柔らかい感触。そして、やんわり押し返してくる弾力。そこは、女性特有の部分だった。

 さっき茂みに引き込まれた時、女子生徒に手首を掴まれていた。たぶん、倒れた時に彼女が握ったままだったのだろう。

「す、すまん!」

 我に返ると同時に、謝りながら慌てて手を引き抜き、後ろに跳び退って尻もちをつく。

 女子生徒も涙目になりながら起き上がった。彼女は両腕で、さっきまで天寺が触れていた場所を抱くようにして隠している。

「うー……」

 さらに上目遣いで睨まれ、罪悪感が割り増しされる。

「……本当に、すまん」

 どう考えたって事故だったが、とにかく許してもらえるまで頭を下げるしかない。

 たとえ許してもらえなくても、痴漢で警察に突き出されることだけは避けたい。

「……いいよ。頭、上げて」

 言われた通り頭を上げると、女子生徒は落ち着いたらしく、腕を解いていた。顔が赤いのは、まあ、無理も無い。

「よく考えたら、いきなり引っ張った私が悪かったんだし。取り乱してごめんね」

「いや、事故とはいえ、当然の反応だと思う」

 見ず知らずの人間――特に男に触られて防衛行動を起こすのは当然だ。だから謝られる理由は無いし、罪悪感が募るだけだった。

 これ以上、罪悪感を募らせても空しいだけなので、天寺は話題の転換を行おうとし、

「……というか、俺は何で引っ張り込まれたんだ?」

 事故になった原因に思い当たって疑問を持った。そもそも目の前の女子に引っ張りこまなければ、さっきの事故は起こらなかったのだ。

「えっと、その、ごめんなさい。…私のせいで追いかけられてるみたいだから、助けようと思って」

 気まずそうに目を泳がせながら言い、顔を赤くしたまま俯いた。

 理由を説明する彼女の言葉に、引っかかりを覚える。

(……「私のせい」って、どういうことだ?)

 詳しい説明を求めようとしたところで、また新たな引っかかりを感じた。なぜか女子生徒の顔に見覚えがあるような気がしたのだ。

 よく観察してみるが、思い出せそうで思い出せない。

 女子高生の言葉を手がかりに、記憶を辿る方法にシフト。彼女は天寺が追いかけられている理由が自分にあると言った。

 なら、追いかけられている経緯を辿る必要がある。

(確か……)

 さっきまで、男子に追いかけられていた。これは、追いかけていた女子が協力を要請したからだ。

「あ、あの、それでね?」

(………違うな)

 その前は、女子の集団に追いかけられていた。これは、最初に追いかけていた女子生徒たちに自分たちから協力したからだ。

「え、えっと、聞いてる?」

(……これよりも前だ)

 それより前は、女子生徒たちに追いかけられていた。これは、相談に条件つきで応じようとして勘違いされたせいだ。

「ねえ、話を聞いてくれる?」

(…もう少し)

 その相談の内容は、謝罪の要求。その要求をしてきたのは女子生徒。その女子生徒は、友人の代行で来た。

「…聞いてない。……よしっ」

 その友人というのは――、

「あっ…、そうか昨日の」

「わっ!」

 ポン、と手を打ったところで耳を大音声が通り抜けた。まるで突き飛ばされたかのように横へ倒れる。

(………耳元で大声を出すなよ)

 キーンと耳鳴りする耳を押さえながら起き上がると、女子生徒が警戒する子犬のように睨んできた。心なしか、その頬が膨らんでいる。

「むー」

 しかも、声つきで「私は怒ってます」と主張してきた。

 その様子を観察し、どう反応すればいいかわからなかったので目をそらす。

「……もしかして昨日の放課後、部室に来たか?」

「つーん」

 今度は「私は拗ねてます」と、声つきの主張をしてくる。まるで、大きな小学生を相手にしているような気分だ。

(今時、「つーん」って……)

 奇妙な気分になりながら視線戻してみると、女子生徒は横をむいていた。しかも、腕組みまでしている。

 なぜ、そんな態度を取られるのか考えてみると、すぐに心当たりが浮かぶ。

「……話を聞いてなかったのは悪かった」

 本日二度目の謝罪。頭を低くし、できるだけ迅速かつ穏便に済ませようとする。

「反省してる?」

「してる。…昨日の放課後のことも、あんな言い方をして悪かった」

 頭を下げたままの状態で答え、ついでに昨日のことも謝罪した。

 もし許してもらえなかった場合、さっきの後ろめたい事故のこともあり、土下座をする覚悟もする。

 プライドが無いわけではないが、逃走劇に幕を下ろせることを考えれば、それぐらい安いものだと天寺は考えていると、

「頭、上げて」

 と言われたので頭を上げると、女子生徒は申し訳なさそうな表情だった。

「よく考えたら、私のせいで迷惑かけてるのに、怒ったらダメだよね。ごめ――」

「いや、俺の断り方にも問題があったよ。だから、謝る必要はない」

 一方的に彼女が悪いと決めつけることはできないので、フォローを入れて謝罪を遮った。

「ううん、なんで断られたのかわかってるから。それに、あんなこともしちゃったし」

 あんなこと、と言われて思い当たることは一つしかない。天寺は微妙な気分になる。

 それが伝わったのか、女子の方も気まずそうに視線をそらした。もじもじと、落ち着かない様子だ。

(……まあ、許してもらえたことだし。問題が一つ片づいたな)

 これ以上の気まずさは遠慮したいので、話を切り出した。

「じゃあ、部室に行くか」

「えっ?」

「昨日、相談しに来たんだろ? だったら、部室でお茶を飲んでもらわないとな」

 冗談めかしに言いながら立ち上がると、慌てたように女子生徒が引き留めた。

「い、いいよ。ここまで迷惑かけちゃったんだし」

「それはそれ、だ。…それに、ここだと落ち着いて話もできないからな。部室だったら鍵をかければ邪魔は入らないだろ」

 多勢に無勢の追いかけっこは、絶賛継続中だ。何にせよ、騒ぎが収まるまで避難しなければならない。

 もっとも、騒ぎの原因となった当事者である彼女に説明してもられば最善だが、あれだけの執念を燃やした生徒たちに聞いてもらえるかは怪しい。

(さっきは回避できたけど、場合によってはあれをやるしかないか…)

「鍵をかけた密室で、晴崎に何をするつもりだ?」

 覚悟を決めた瞬間、背後から氷刃のごとき声がかけられた。ゾクッと背筋に寒気が走る。

 おそるおそる振り返ると、ウェーブがかかった栗色の髪を持つ女子生徒がいた。先ほど部室に代理で来た女子だ。

「あ、杏奈ちゃん」

「晴崎、その男から離れろ。皆、こっちだ!」

 呼びかけに答えるように、四方八方から生徒が集まってくる。次々と退路を塞がれ、完全に囲まれた。

 それを見た天寺は、思わず泣きたくなった。想定していた最悪のシチュエーションが現実になったのだから、この場合は泣いても仕方無いと思う。

 多勢に無勢の鬼ごっこは、囲まれたらゲームオーバー。その後の展開は――、考えたくもない。

(……最悪だな)

 全員が殺気立っており、下手に動くこともできない。

「さて、説明してもらおうか。晴崎を密室に連れ込んで、何をするつもりなんだ?」

 最悪の状況下での尋問。周囲の生徒のざわめきが、否が応でも耳に入ってくる。

「…密室に連れ込む? しかも、二人きり?」「それって…、最低ね」「……女の敵」「鬼畜野郎」「……ゆるせねぇ」

 誤解から生まれてくる誹謗中傷が、ぐさぐさと胸に突き刺さった。後ろめたいことは何も無いのだが、さすがに心が悲鳴を上げ始める。

 だが、持ち前の冷静さで思考を保つ。周囲の声、その言葉から最善の方法を導き出そうとする。

(……下手な言い訳は、逆に刺激するだけだ。……やっぱり、あれしか無いか)

 ため息をつこうとしたのを深呼吸に変え、覚悟を決めて女子生徒の目を見た。

「何だ? 答えられないのか?」

 質問には答えず、ゆっくりと膝を曲げ始める。目は牽制するかのように、女子生徒と合わせたままだ。

 まず、右膝を地面につく。続けて左膝をついた――ところで、

「ちょーっと、待ったぁ!」

 雰囲気をぶち壊しにするような明るい声、颯爽と現れたのは男子生徒。天寺のよく知る人物だった。突然の闖入者に、周囲は唖然とする。

「……何やってんだ、お前は」

 膝立ちと言う間抜けな姿勢で白い目を向けて尋ねると、雨堂は親指を立てて笑う。

「助けに来たぜ!」

「いや、意味がわからん」

 ツッコミを無視し、ファイティングポーズを取りながら高らかに宣言する。

「俺の男に手を出すやつは、許さん!」

「誰が、お前の男だ!」

 全力でツッコミを入れた。いつも通りのボケなのだろうが、この状況では新たな誤解の種になりかねない。

 その証拠に、何人かの生徒の声がヒソヒソ話しを始めた。それは、あっという間に伝播してしまう。

 ただでさえ面倒な状況が、一つのボケで掻き回された。

(……最悪だ。不運だ。厄日だ)

 頭を抱えたい衝動に駆られたが、そんなことをしている場合じゃない。

「よし、それなら、俺が相手してやる」

 そう言って生徒の群れから出てきたのは、白い道着を来た男子生徒だった。女子生徒と雨堂の間に立って構える。

「元ボクシング部の雨堂だな? もし痛い目にあいたくなかったら、そこをどけ」

「何だとっ。俺の男に手を出す気か!?」

 挑発の応酬から殴り合いへ移行。さらに事態がややこしくなる。

 ここまでの大騒ぎになると、事態を収拾するのはかなり難しい。持っていた最後の手段も、周囲の注意は乱闘に引きつけられているので、効果はほとんどない。

(……ん? この状況なら――)

 そう思った時には立ち上がり、近くにいた女子生徒の手を掴んでいた。乱闘の方に気を取られていたのか、驚いて目を丸くする。

「走れ。逃げるぞ」

「えっ? きゃっ!」

 問答無用で手を引いて走り出す。人の間を縫って人垣から飛び出した。

「人に暴力を振るうことは罪なり。こんにゃろっ、仏罰だ!」

「お前が言うなっ、このエセ坊主!」

 響く乱闘の声を後ろに聞きながら、全力で疾走する。念のため何度か茂みを通り抜け、少し遠回りをして大図書館の前に到着。

 肩で息をしながら周囲を見回し、追っ手がいないかを確認した。

(…いない、みたいだな)

「ハァ…、ハァ…」

 女子生徒の方は、膝に手をついてグッタリとしていた。何だか、妙に艶めかしい息づかいだ。

「大丈夫か?」

 先に呼吸が整った天寺が聞くと、返事の代わりに頷いた。しかし、その様子は大丈夫そうには見えない。

 おそらく、過度の運動による酸欠を起こしている。そう判断し、握っている手を挙げさせて彼女の脇に自分の肩を滑りませた。

「とりあえず、部室に行こう。そこでなら休める」

 そう言って、肩を貸した状態のまま図書館に入った。

 本当は背負うなり、横抱きにするなりした方が負担は少ないのだろうが、それをすることは理性的に諸々の事情があり、結果的に肩を貸すことにしたのだ――が、それでも問題は残っていた。

「ハンッ…、ァッ…」

 間近で息づかいが聞こえてくるのだ。くすぐったい上に、妙な艶めかしさがあって理性が悲鳴を上げている。

 力が入らないのか、女子生徒は完全に寄りかかってきていた。身長差もあって、ちょうど耳元に彼女の唇が耳の高さに来てしまう。

(この状況は、マズイっ。早く部室に行かないと、萌え死ぬ!)

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