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日誌2日目―朝 ~忘れ物~―

 ――翌日、天寺はいつもより一時間早く起床した。理由は、鞄を学校に忘れたからだ。

 マンションに近い路上電車に乗り、その緩やかな振動で舟を漕ぎそうになりながら、学園前の駅に着くのを待った。

 駅に着いてドアが開くのと同時に降り、さっさと早歩きで目的の校舎に向かおうと校門を通ったところで、

「よっ、ずいぶん早起きじゃねーか? 興奮しすぎて眠れなかったのか?」

「よお、お前こそ早いな。いったい、どういう風の吹き回しだ?」

 茶化しながら声をかけてきた雨堂に対し、足を止めてする止めに返す――と、やれやれと肩をすくめた。

「いや、ちょっとした友情の事情だよ」

「? どういう事情だ?」

 意味がわからず聞くと、手に持っていた鞄を天寺に投げた。反射的に受け止め、文句を言おうとしたところで気がつく。

「言っただろ? 友情の事情だって」

 ニヤニヤ笑いながら言う雨堂の足元には、もう一つ鞄があった。彼の言動と、今の状況から考えられることは一つしかない。

 受け止めた鞄を開けて中身を確認する。間違いなく自分のものだった。

「……さんきゅ」

「いいってことよ。俺たち、友達だろ?」

 芝居がかった言い方をしながら、天寺は肩を組むようにして引き寄せっれた。少し鬱陶しいと思ったが、振り払うのも面倒なので好きにさせておく。

「そんで、朝飯は食ってきたのか?」

「いや、これから学食に行くつもりだ。お前は?」

「実は、まだだ。いい機会だから、新しく入った女の子の確認しようと思ってね」

「相変わらずだな…。まあ、一理あるけどな」

 ニヤニヤ笑いながら言うお調子者に、呆れ気味の感想を入れてから賛同した。

 普段から無愛想な態度を取っているが、やはり年頃の男子なのだ。女子に興味があるのは当然。

「んじゃ、第三食堂シャイニーに行こうぜ」

 彩虹学園の食堂は全部で六つあり、それぞれ違うコンセプトで専門的だ。当然、高校生の財布に優しい。

 その中で、第三食堂は健康的かつバリエーションが多いことで有名だ。なおかつ、学食の中で一番人気。

 その理由は――、

「いらっしゃいませー、ご注文をお伺いします」

「まだ座ってないって!」

 入った途端に注文を聞いてきたウェイトレスに、雨堂がツッコミをいれた。

「ふふふ、冗談です。自由にお座りください」

 このやりとりの面白さが人気の理由。

 第三食堂シャイニーのコンセプトは、「食堂に一足入れば、出るまではアミューズメント」なのだ。

 そんな楽しさを味わいたいがために、わざわざ遠い校舎からでも足を運ぶ生徒は多い。まだ朝だというのに、生徒が多いことがその証明だ。

「では、今度こそご注文をお伺いします」

「ハムエッグサンドとトマトサラダ」

「塩鮭定食」

「ハムエッグサンドにトマトサラダ、塩鮭定食ですね。ご注文は以上ですか?」

 二人が頷くと、ウェイトレスは手元のタブレットを操作した。

「それでは、お楽しみください」

 笑顔で言って去っていく姿を目で追いながら、雨堂が顔を寄せながら言う。

「あの子、新人だぜ。初々しくいいね」

「…だな。食堂の雰囲気にもとけ込めてるし、将来有望だ」

 賛同して感想を述べながら、近すぎる顔を押し返した。興奮しているせいか、鼻息が荒くなっているので鬱陶しすぎる。

「ああいう子がいるなら、この食堂は安泰だ」

 それは言い過ぎだろうとツッコミを入れたようとしたが、実際に校内新聞のランキングにウェイトレスの学生がいたことを思い出してやめた。

 実際、ウェイトレス目当てに来る学生もいないことはないか。と、目の前にいる友人を見ながら考える。

「次、さっきの子が来たら追加注文するぜ。何がいいと思う?」

「任せた。……言っておくけど、追加分の代金は自分で払えよ」

 学生の財布は、そんなに分厚くはない。無

駄な出費を減らすのが基本だ。

「ツレねーな…。でも、安心しろ。ゼロ円サービスだから大丈夫だ」

 その言葉で、何を注文しようとしているのか理解できた。

 気が進まなかったが、その何かを注文したくなったのかニヤリと笑う。

「……なるほど。まあ、確かに悪くないな」

「おお、すげー悪い顔だ。そんな悪役面じゃ、女の子は逃げちまうぞ」

「失敬な。お前に言われたくない」

 言い返しながら立ち上がり、ドリンクバーのコーナーに向かった。カップを機械にセットし、生徒手帳をパネルに翳した。

 パネルの表示が変化したのを見て、ココアのアイコンを触れる。

 こんな高度な機械があるのも、この学園の特徴だ。機械に関する研究やプログラムといった専門的な学科があるため、学内での試験運転が行われている。

 当然、心理学科もあるのだが、なぜか天寺が入学した時に相談部はあった。

(まあ、幽霊部員だらけで、俺にとっては都合がいいけど)

 実際、相談があるなら心理学科の方に行くだろう。

 なので、特に相談者が来るわけでもなく、相談があったとしても半分以上が相談とは言えない相談なのだ。

 自分の所属している部活について考えていると、自然に昨日相談に来た女子生徒のことを思い出した。

 彼女の表情は、どう考えても他の相談者とは違った。明らかに、大きな悩みを持っていそうな人間の顔だったのだ。

 また胸が疼き始める。疼きは昨日よりも深く、鋭い痛みを伴っていた。

「あら、奇遇ね」

 声を聞いた瞬間、胸が疼いていても自然と背筋が伸びた。

 もう何度も聞いたことのある声。溜め息をつきそうになるのを堪え、ゆっくりと声の主を振り返って確認した。

「天寺君が、食堂で朝ごはんだなんて珍しいわね」

「たまには、食堂で食べたい気分になるんですよ。それよりも、生徒会長が食堂を利用するのも珍しいんじゃないですか?」

 さすがに、警戒しないわけがない。かといって、露骨な態度を取るわけにもいかない、と複雑な気分で相手に質問を返してみた。

「…ちょっと、新年度の予算について割り振りをどうするか考えていたの。それと、新しい生徒会スタッフの教育ね」

 聞いてもいない生徒会の仕事について聞かされる。

(この流れは……)

 警戒色を濃くして、次に出て来る言葉に備えた。

「誰か、優秀な人材が入ってくれれば仕事も楽になると思わない?」

 言いながら、ニッコリと笑顔を向けてきた。

 彼女の視線には、「あなたが入ってくれれば、嬉しいわ」という意思がこもっているのは簡単に察することができる。

「そうですね。いい人材が見つかることを祈ってます」

 わざと素っ気ない態度を取り、ココアが注がれたカップを取った。そして、そのまま早足で去ろうとする。

「…もう、少しぐらいは考えて」

 ふて腐れたように頬を膨らませ、空木は進路に回り込んできた。その初めて見る表情に驚き、カップを取り落としそうになりながら立ち止まる。

「危ないじゃないですか」

「……だって、ちっとも取り合ってくれないから」

 困惑に追い討ちをかけるように、拗ねた口調で文句を言ってくる。いつもの真面目さやカリスマ性は微塵も無い。

「…と言われても、俺自身が今までにも検討してきたことですから」

 逃げるという手を失ったので、思考を説き伏せる手段へシフトする。

 言葉を続けて反論の余地をなくそうとした――ところで、溜め息に遮られてしまった。

「……わかったわ。…でも、まだあきらめない。……今日の放課後、部室にお邪魔させてもらってもいいかしら?」

 いつもより苦笑気味の表情。断れるような雰囲気ではなかったし、断っても来そうな気がした。

「……どうぞ。お茶くらいは用意しておきます」

「ありがとう。じゃあ、またね」

 去って行く姿を見送った後、早足で雨堂のいる席へ戻った。すると、ニヤニヤした表情で出迎えられる。

 いつもは何とも感じない表情を見て、なぜか今日は気が重くなった。

「生徒会の勧誘か?」

 黙って頷き、ココアを一口すするようにして飲む。いつもは程よい甘みが、今日はやけに甘ったるく感じられた。

「お前、はっきり断らないから何度も来るんだぜ? いっそのこと、思いっきりフッてやれよ。そうしたら、向こうもあきらめがつく」

「……まるで、恋愛みたいだな」

 半分冗談で言いながら、カップをテーブルの上に置いた。まだ一口しか飲んでいないが、今日はもう飲めそうになかったからだ。

「相手は生徒会長だし、勧誘自体は光栄だからな。……断るのも気が引ける」

「でも、この状況のままでいいのか? お人好し」

 言葉に詰まってしまう。実際、現状のままで良くないことは天寺自身も自覚していた。

 生徒会のスタッフになるつもりはないし、勧誘が長引けば向こうの仕事に支障が出るかもしれない。

「お待たせしましたー。……って、何ですかこの雰囲気?」

「あっ、気にしないで気にしないで。ただ、

人生について悩んでるだけだから」

「重大じゃないですか! よかったら、私に相談してください。この嵐城、どんな相談でもどんと来いです!」

 冗談にのっかり、胸を張って得意げな顔をするウェイトレス。

 仕事の一貫なのだろうが、あまり女の子が胸を張るのはよろしくない。それが慎ましやかであれば尚更だ。

 そんな考が横切りながらも、自分の視線を引きはがしながら天寺は肩をすくめる。

「ありがとう。でも、大したことじゃないから気にしないでくれ」

 言いながらウェイトレスの持っているトレーからサンドイッチを取って頬張る。

「それより、コイツが追加注文したいらしい。聞いてやってくれ」

「あっ、そうそう。そうだった。嵐城さん、カワイイから追加注文しちゃうよ!」

 話題を変えた途端、真面目からお調子者へ一瞬で変化。ニッコニッコと、すごく明るい笑顔を浮かべている。

 さっきは冗談にのった嵐城でも、その笑顔を見て少し後ずさった。

「えっと、追加注文ですよね? 何になさいますか?」

 形式通りの質問に、顎に手をやって悩むような仕草をする。

「そうだねー。ここは女の子のソムリエとして、君を試させてもらおう」

 冗談なのはわかっているが、さすがにウザい話し方。これは、どん引きされること間違いなしだ。

 そう思いながら、天寺は無関心にトレーから二つ目のサンドイッチを取って頬張った。

「なるほど、そういうことなら受けて立ちましょう! この嵐城、胸はあれですが、女子としての魅力には自信あります!」

(のるのか……)

 しかも、胸を張って自信満々に言っているが、内容が非常に残念だ。

「じゃあ、見せてもらおうか。君のスマイルを!」

 人差し指を突きつける雨堂に、嵐城は――

「サイズはどうします?」

 気力を削ぐように、やんわりと注文の形式を取った。

「えっ、あっ、じゃあLで」

 ついつい素に戻り、戸惑いながらサイズを指定した。

「かしこまりました」

 持ったままだったトレーを置き、後ろで手を組むようにして前のめりになる。

「それでは、どうぞ!」

「わっ、眩しい! こ、これは…!」

 友人の大げさなリアクションに呆れつつ、ちゃっかりと脳内アルバムに保存して、サラダを無言で食べ始める。

「あっ、ちなみにスマイル一つにつき三千円になります」

 さらりと、財布の薄い学生に酷なことを言った。

「うっそ!? 普通、スマイルってゼロ円でしょ!」

「注文とあらば、それは商品です。ちゃんと払ってくださいね?」

 姿勢を戻し、ウインクしながら言ってくる様子は可愛らしいのだが、言っていることは無情だ。

 あらかじめ追加注文の料金を払わないことを言っておいたので、慌てふためく雨堂を哀れに思いながらトマトを頬張る。

「ふふふ、ジョークです」

「えっ?」

「お忘れですか? 我が第三食堂シャイニーのコンセプトは、「食堂に一足入れば、出るまでがアミューズメント」です」

 ポカーン、と口を開けて呆けてる友人の隣で、天寺はサラダを食べながら納得した。

「うわー、びっくりした」

 またまた大げさなリアクション。まあ、これは半分以上が本音なのだろう。

「ナイスジョークだ。たぶん、そこらの新人より上なんじゃないか?」

 当事者には驚きがあり、第三者には楽しさを感じさせる。アミューズメントとしては、なかなか上等なものだと本心から思った。

「ありがとうございます。この嵐城、これからも頑張ります! それでは、引き続きお楽しみください」

 礼儀正しく礼をして去っていく背中を見ながら、雨堂は塩鮭を食べ始めた。彼の顔には、してやられたと苦い表情が浮かんでいる。

 その一方で、天寺は賑やかなやりとりを聞いていた間に、悩みが吹き飛んでスッキリしていた。

 食べ終えてレジカウンターで支払いをする時、「スマイルで三千円、お会計四千二百円になります」と冗談で言われ、二人して絶句したのは別の話だ。

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