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創刻のルーラ  作者: 天城 枢
桜 転入編
8/11

抽選

 翌日の水曜日。今日は抽選のある日ということで寮内は少し緊張で包まれていた。

 啓の朝はいつも通りランニングをして芳埜を見つけるとからかいつつ、何かしらのアドバイスを言い去っていく。

 芳埜にとってそれはなぜか心地よいと思えていた。

 樹一族での彼女はあまり騒ぐことも喋ることもせず、ビクビクするばかりだった。

 それは実力のなかった彼女にとってはさも当たり前な環境で状況。周りは芳埜を見ることなどせず、養子として迎えられた陽人に関心するのが常。外部から来た子なのにその実力は樹一族での十八歳未満では最強とまで言われ、次期当主とまで謳われていた。

 しかし実際は違った。

 現当主の樹優羽ゆうは自分の娘である芳埜を推したのだ。依怙贔屓だの身贔屓だの言われ続けるが優羽は決して覆すことなどさせず、頑なに押し黙り続けた。

 優羽の評判は一族内ではかなり良かった。優しさに溢れ、敵に一切の躊躇をせず屠るその姿は大樹の魔女と恐れられていたほど。

 だがその行動によりどんどんとその信頼は下がっていった。

 娘である芳埜はそういったのものに敏感で態度や言葉の端々から薄々気づいていた。

 そんな中でも母である優羽は何時でもどんな時でも彼女を守り通してきた。養子である陽人と共に。

 陽人は明るい性格で誰にでも分け隔てなく接する優しい性格だった。――が、何時の頃からだろうかその態度は芳埜にだけは変わってきた。言葉に棘が出始め、見下したような物言いが目立つようになる。それでも周りは何も言わず、何もせずただ笑うだけ。

 それが芳埜の心を蝕んだ。最も近しいもの一人が敵になったのだ。信頼なんか何もなかった。

 唯一の取り柄だった勉学ですら劣ったことで馬鹿にされからかわれ、揚句には友達すら馬鹿にされていった。

 何が駄目だったのか何が悪いのか分からない芳埜は、中学を県内にある天道学院へと進学した。母の勧めだったからだ。

 そこでの彼女は新しい友達ができ、明るくなりつつあった。勉学ができ樹一族という名が、クラスのまとめ役を担うほどの信頼が置かれていった。

 そんなある日廊下を歩いていると目にしたのだ――陽人を。

 何故自分と同じところに居るのかと。

 何故あの時――


 ふと芳埜は過去を思い出してしまい授業中にも関わらず泣いていた。

 無言で泣く姿に教師は気付き声を掛ける。そうなれば自然とクラス一同もそちらを見る。

 だが無難な返しをして芳埜はその場を誤魔化す。

(ああ……なんでこんな時に。やっぱり大戦が近いからかな)

 キンコンカーンコーンと昔懐かしいチャイムが授業の終了を知らせる。

「大丈夫か? 芳埜」

 啓が後ろの席ということもあり真っ先に声を掛けた。

 芳埜は振り向く。

「大丈夫。ちょっと思い出しただけだから」

「昨日のドラマ?」

「あ、うん、そ、そう」

 ルミアと功騎、アルが近づき話に入る。

「そっか」

 やはりルミアも何かあると察し、目で啓に訊くが頭を振る。

「ん? 授業中泣いた……漏らしたかっ!」

((馬鹿がここに居たっ!!!))

 功騎の開口一番があまりに不躾すぎた。女性に対してデリカシーの欠片も感じられない。

 さすがにどうかと思い、アルが小柄な身長からのスネヘローキック。笑いながら青筋を立てるという表情からのクリティカルヒットで功騎のHPとMPはかなり削がれた様でのた打ち回っている。

 更なる追い打ちがあると予想していた、啓とルミアは芳埜を見た。

 すると失笑していた。手で口元を必死に隠している。

「馬鹿過ぎて怒る気もしません」

 笑い疲れ、呆れた声でそう言うと、復活した功騎がニカッと笑う。

「どした? 笑って。まさかお前Mかっ!?」

「ばろう、んじゃねぇっ。……なんか元気ねぇ顔してたからよ、委員長はそんぐらいが丁度いい」

 功騎なりの気遣いということにある意味衝撃を受けた四人。特に当事者の芳埜は絶句。

「俺失礼かもしれんが……功騎にこんな考える脳みそがあるとは思ってなかった」

「だ、大丈夫。僕も驚いたから」

 アルが間延びした声ではなかったため本当に驚いているのがわかった。

「まさか功騎君に気遣いなんてあったなんて」

「お前ら、失礼すぎんだろっ!」

「アーモウチャイムガナルナハヤクツギノジュンビヲシナクチャ」

「ソウダネー」

 棒読みで逃げる様にその場を三人は去っていった。


 午後四時半。とうとう抽選が行われる時間。

 クラス麒麟からは啓と芳埜が行くこととなった。

 場所は講堂で部屋の正面には大きなディスプレイと壇上があり、それを要として扇状に机と椅子が設置されている。その中の『一年クラス麒麟』と書かれたパネルを見つけると座る。

 周りを見れば先に着き待っている者や部屋に入ってきたばかりで自分たちの席を探す者など様々。

「あ」

 啓はそうして見渡していると一人の生徒を見つけた。正確には一人の生徒とそれに付き従う二人だが。

 他の生徒と同じように待っているはずなのにその場所だけ異質な雰囲気だった。改造された制服に身を包み、足を組み優雅に紅茶を飲むその姿は映画のワンシーンの様にも見間違えるほど。

「どうしたの?」

「ん。いや、まあ」

 誤魔化し視線を机のパネルに移した。

 触れるとそれは自動で起動し、3Dグラフィックを使ったイラストが表示される。

「おおっ」

 横で軽く飛び上がる啓を見て芳埜の視線もそちらに移る。

「それは抽選で決まった後に表示される対戦表と舞台紹介用のソフトですよ」

「な、なるほど」

 話していると全員が揃ったようで明るかった部屋は暗転。壇上だけ明かりがつき、そこに現生徒会長の伸録が上がる。

「さて、今月もまたこの時が来たっ。振うは己の勇士、守るは己の名誉。クラス対抗戦『天道大戦』の抽選を行うっ」

(いや、抽選でどんだけ気合入れてんすか……) 

 頬杖を突きながら啓は説明を流し聞く。芳埜が後で簡単に説明してくれるであろうという考えがあるからだ。

「ハワ~、んむんむ、ねみ」

「ちゃんと聞いておいてください。仮にも代表として来ているんですから……」

 小声で注意するも啓は眠いのか半眼のまま虚ろな目でディスプレイを見ている。

 説明が終わり抽選が始まると虚ろな瞳に光が戻った。

 彼にとっては説明はどうでもいい時間でありメーンは始まった抽選だ。最初は三年生より行われていく。ボックスから玉を一つ取りその色を申請する。ボックスには三色の玉が四つ入っており、同じ色が二色、それらを選んだクラス同士が対戦するというシンプルな方式。

 しかし中の色は不明で学年ごとに違う。早ければ一組目と二組目で決まるが長ければ四組目まで分からない。ある種の緊張を味わうには持って来いなやり方で五年前より取り入れらている。

 三年生が三組目まで引くと決まった。

 次に二年生が終わると最後の一年生の抽選が始まる。集合を掛けられ啓と芳埜は壇上付近に集まった。

 視線を横にやると五メートル程度離れた距離に陽人を見つけた。当然の様に図書室で見かけた二人が傍らに立っている。

 陽人たちの方も気づき一瞬だけこちら見る、が互いにすぐさま視線は壇上のボックスに向ける。

 陽人は可能性の否定から。

 啓は可能性の肯定から。

 そうしてボックスからクラス青竜が引く。色は――緑。

 次に朱雀。色は――黒。

(黒……これで青竜との対戦は無いな……期待してますよ会長さん)

 目を、壇上で厳重なチェックをしている伸録と他風紀委員数名に向けながらそう願った。

 白虎は――紺。

 見間違えかけ、焦るが胸をなで下ろす。

 そして周ってきた。

 啓は手を入れ残った一つを取る。

「……ッフ」

 つい、その色を見て笑ってしまう。

 横に居る芳埜は何事かと彼の左手を見た。

「……っ!」

 手に取った色は黒、その光景に芳埜は息をのむ。

 本当にそうなったからだ。

 有言実行したことに芳埜以上に陽人は驚いていた。

 何かの偶然と考えたいほどに。

(なぜ、あいつの言った通りになったっ。なぜっ!)

 ディスプレイに上から三年生の対戦表が表示されていき、一番下に『クラス朱雀VSクラス麒麟』とある。これが紛れもない事実として啓に、芳埜に、陽人に、最大の形で伝える。

「よろしくな、クラス朱雀の代表さん」

 煮えくり返った心を押さえる途中に啓がわざとらしく手を差し出す。

 キッと睨み、それらを拒否する。

「おっと、怖い怖い」

 またもや、わざとらしく啓は挑発し、手を下げ背を向ける。

「次は戦場で……と言いうべきかな?」

 じゃあな、と付けたし芳埜と講堂を出た。

 周りも剣呑な雰囲気に感づいていたが物怖じなど一切せず自分のするべきことをして啓と同じように講堂を後にする。

「樹さん……」

(何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――何故っ!)

 女子生徒の声はまったく聞こえておらず、ひたすら考えひねり出そうとする。

 だが雲を掴むかのように答えは常に目の前に有りながら触ることが出来ない。いや分かっていて目を逸らすが故に、無自覚にその答えを掴もうとしない。


「会長。どうやったんですか?」

 講堂に伸録と風紀委員長のフレイヤだけ。

 他の風紀委員は仕事が終わるとフレイヤの合図の元解散し誰一人残っていない。

 不正行為を取り締まるはずの風紀委員がそれを見過ごすというのも、変な話口実としてやはりフレイヤはどうやったのか知らないようで単純に気になり訊いた。

「単純だよ。光の屈折さ」

「…………なるほど、そういうことですか」

 上の電灯を見ながらそう返す。

 人間は視認できる色があり、それらを意識的に操作し――もちろん"雌黄"で、だが――玉に見える色を誤認識の黒とした。アナログ式の弱点となる、不正を判断する材料の人間を騙したのだ。

 それを聞き頷くとため息を零す。

「まさか会長の僕が不正の主犯になる日がくるとはな~」

 壇上に腰を預け天井を仰ぐ。

 今見える電灯すら自分には明るすぎるのか手で遮る。

「しょうがないですよ……と言ってしまうと私たち風紀委員の面目が無くなりますから言いませんが、今回はこちらの不手際ということにしますよ――ばれたらの話ですけど」

「助かるよ」


「うーっしゃああぁあッ!」

 教室に帰りクラスに知らせると功騎の叫び声が響きまわった。 

 耳をつんざくような声量にクラスメートは全員顔をしかめる。

「うるせーぞ、四原ー」

「四原君うるさーい」

 愚痴を言うが、全員顔は緊張と嬉しさで少々おかしな感じとなっていた。クラスメートは啓と功騎の試合の場に居たため必然的にあの出来事を覚えていた。

 少なからず陽人に対して怒りや苛立ちがある。

 だからこそ今回の引き合わせに期待していたのだ。

「ほんとうるせー」

 と、それを起こした本人が頬杖を突きながら棒読み気味に言う。

「良いじゃねえか、今からあいつとやれると思うと――」

「まあまあ。一応言うがこん中じゃあいつに勝てる奴は一割も居ねぇぞ? 精々頑張って二人か三人」

 全員が一瞬で沈黙する。現実を叩きつけられると人はこうも硬くなる。

「んじゃどうすれば……」

「ん。決まってんだろ、俺がやる」

「まそれが妥当だろうね~」

「あー、でも功騎とアルにはあの取り巻き二人やってもらう予定だぜ?」

「まてよ。それは俺らに任せてくれっ」

 出てきたのはカイと呼ばれていた特待生たちだった。

「なぜだ?」

「あいつ等は樹程の実力は無いが特待生だ。四原やドゥーヴェでは荷が重いんじゃないか」

「いんや、あの二人には功騎とアルをぶつける」

「俺達じゃ信用ならってか?」

 あえて特待生が居る中で二人を選択したことに不快が募り怪訝な目を啓に向ける。

「そうじゃねぇよ。お前ら俺よりここに居んだろ? ――助っ人枠考えろ」

「……すまない」

「別に良いさ。多分あいつのことだ。確実同学年は出さねえ」

「となると二年生か三年生だね」

 ルミアの言ったそれを聞くとカイたち特待生三人は改めて強く頷いた。

「んで次。場所は西森林エリア? ってとこらしい」

「そこは啓君と華凜先輩の居たところだね~」

「ん。あそこか」

 思い出すと、地形が複雑でさらに陽人にかなり有利な造りになっていることに気付いく。

「かなり不利だね」

 ルミアも気づいたようでかなり険しい表情になっていた。

「まあ、それこそ俺がなんとかするよ」

「んじゃ最後。大将決めだなっ!」

「もう決まってるだろ――」

「だな」

「ほんと……」

 口々に誰かは指していないが心の中では同じなようで、自然と目はその対象へと向いていた。

 その本人はというとため息交じりに頭を振る。

 半眼を作り若干不満気にするも周りの眼差しには勝てなかったようで二度目のため息を吐き諦めた。

「俺で――決定」

「あ、コーキ~。まだ最後じゃないよ~? 助っ人枠忘れてるよ~」

「……なんだ、とッ」

「それは啓に任せたらいいんじゃないのかな?」

「ん、ああ? 俺でいいのか?」

 一同が頷くと放課後の話し合いは終わり、各々は帰っていった。

(さっさと出しに行くか)

 記入用紙に書き込みを終えると、啓は教室を出る。

 教室から職員室まで歩いても十分近く掛かる。啓は道中怠そうにしていると一人の生徒と目があった。

 その相手も啓に気づき少し微笑みながら近づく。

(――この人だな)


「あ゛~、疲れた」

 ベットに倒れ込むようにうつ伏せとなる。

「昨日ほどではなかろう?」

「いや、体使うのと頭使うんじゃあ全然違うんだよ。精神的疲労がでかい」

「ん? それならなおさらじゃなかろうか?」

 確かに普通に見れば昨日や一昨日の方が彼自身の負担は大きいはずだ。

「クラスメート相手する方が疲れんだよ。交渉とかじゃなく、ほぼプライベート的な感じで」

「変わっておるの」

「そりゃあ変態だからなっ」

「そこを気合入れられても困るんじゃが……」

 

 


 







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