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創刻のルーラ  作者: 天城 枢
桜 転入編
6/11

図書室

「おま……まじかよ?」

「……マジだ」

 朝八時。クラスにはぞろぞろと生徒たちが入ってくる頃合いに啓と功騎、アル、芳埜、ルミアの五人は啓の席を中心に集まっていた。 内容は今朝の事についてだ。包み隠さず話すと開口一番が功騎の台詞。驚くのも無理ないと啓は思い、妥当な返しをした。

 他の三人も表情の差は在れど大体同じような思いだった。

「だが問題無い。土曜日は出れるんだからな」

 早く仕上げるというリアの言葉を信じる啓はそう答える。いや応えなければならなかった。

「でも大戦って抽選だからね~」

 と能天気な声でアルが言った。全員がハッとなる。

「そっか。大戦は各学年二クラス選ばれて、だから……」

「ん? と言うと?」

 啓は疑問に思い訊くと、ルミアが答えた。

「対戦は明日引く抽選で決まった各学年二クラスが対戦するんだ。だから選ばれない可能性もあるってこと」

「なるほど。ついでに大戦の情報を教えてくれないか?」

「うん。期間は知っての通りだから省くね。各クラス同士で文字通り大戦、勝利は敵クラスメイト三分の二、二十七人の戦闘不能。もしくは大将の戦闘不能。それとクラス玄武からランダムで選ばれたサポート十人、プラス助っ人枠が一つ。助っ人は同クラスか同学年。詳しくは生徒手帳に書いてあるから後で読むといいよ」

「ふむ。大戦の抽選ってのはどうやって決まるんだ?」

「デジタル式だと色々されるからってアナログチックな箱から紙を取り出す方式」

「大体分かった」

 頷き、考える。

(確率は……五分五分)

「まぁ当たった時に当たった事を考えよう。幸い一日考える猶予はあるしな」

 

 

 時間は進み一時間目。午前は通常授業のようで数学の授業が行われている。

 功騎は朝とは別の驚きをしていた。

 今日は先日行われた実力テストの返却だ。成績には反映されないものということで、やる気のない生徒は〇点などがちらほらあった。そんな中功騎は全力で挑んだ。

 だがどうだろうか。その答案用紙に書かれた点数は一桁のみ。

「な、なぜだ……」

 愕然とした功騎は机に拳を置くと強く握りしめる。一緒に答案用紙も握られていたためクシャクシャになるが構ってはいられない。

 それに気づいた啓は近寄り答案用紙を盗み見る。

「……は、初めて見た」

 少し引いた啓に気づき、覗き見されたことが分かると、

「いいんだ、いいんだ」

 と男泣きをする。

「まぁ功騎だし、しょうがないよね~」

 アルもかけつけると当然のことのように言った。

「そう言うアルはどうだったんだ?」

「僕は九十七点だったよ~」

 それを聞きとうとう顔から蹲る。

「やっぱりここでもテストってちゃんとあるんだな」

「そうだよ。っと私は八十七点。アル君に負けたか~」

 ルミアも来ると話に加わる。

 またもや功騎の心にはグサッと矢が刺さった。

 そして止めの一言が飛んできた。

「ハァ~、九十九点だったわ。皆はどうだった?」

「な、んだと」

「クラス一の秀才は違うね~」

「流石、ヨシノン」

 芳埜が悔しそうに一言漏らしながら来た。

 三人はそれに対して称賛と驚きを返す。

「逆にどこ間違えたんだよ。アルと芳埜は」

 啓がある意味もっともな質問を投げる。

 二人は互いの答案用紙を見て間違えた箇所を確認すると同じところを間違えていた。

「ここの最後の所の証明問題~」

「ふむ、ここは、この公式を当てはめて、こうしていくと解けるぞ…………ほら、出来た」

 タブレットを使い式を書いていく。スラスラと解いていく啓に四人は唖然とした。

「まさかだけど、お前賢いのか? 俺と同種じゃないのか?」

「意外だな~。啓君って頭良いんだ」

「ん? そうか?」

 功騎の失礼なコメントは流されたようで、他のテスト問題の解説と解方を語って行く。

「――ってな感じだ」

「おぉ~」

「すごいね~」

「け、啓、頼みがある」

「ん?」

 懇願するようにすがる。それに気づき振り向く。

「勉強を教えてくれ」

「ん、良いぞ」

 と大戦前のまさかの勉強会が開かれることになった。



「…………昨日も見たような光景ね」

「うん」

 昼休み。混雑した食堂で六人掛けの席を確保した啓と功騎は昨日と同様に料理をかきこむ。後に続いた三人は昨日と同じような反応をする。

「ははふふはへほ」

 功騎が膨れた頬を動かし座るよう促す。

「それで、四原君は他のテストも同じような状態でしたか?」

 状態というのは一桁ということか、だろう。

 案の定か、功騎は渋面を作るも頷いた。よくよく見れば食事も喉を通りやすいものと意外に功騎は気にしていた。

「今日の放課後くらいに勉強会でもやるか」

「ほ、ほんとか!?」

「ああ」

「私も見てもらっていいかな~?」

「僕も~」

「それなら私もお願いします」

「んじゃ、図書室でいいか? まだ行ってないから行ってみたいし」

 全員が頷くと雑談に花を咲かせ昼休みは過ぎて行った。



 午後は大戦の練習と言うことで、またもや実習だった。だが今回は昨日とは違っていた。

『左ッ。そこから二時の方向に"岩連槍"』 

 啓との対戦で使ったスキルを功騎は躊躇することなく発動する。

 今行われているのはクラスで五人組を作り互いに小規模戦闘をすると言うものだ。森林アリーナと呼ばれる場所を一年クラス麒麟が貸切状態。啓はいつものメンバーと組み丁度五人となった。

 相手は特待生を含んだ五人でクラス内でもトップの実力を持っている。

 それでも彼らはおされていた。新たに入った啓が中心となり各メンバーのパイプとしてルミアが指示を出し翻弄する。

 今も功騎の放ったスキルが死角からの遠距離攻撃として相手の陣形を崩す。

『アル君ッ』

「分かってるよ~」

 頭に直接聞こえるかのようなルミアの指示より少し早い段階でアルは自らのインフィニティーフレームを展開した。

 アルの武器は三角錐を鋭利に伸ばしたような形状のもので、八本が宙に浮き、先端全てが空に向いている。

「――――"ジャッジメント・レイ"」

 空に飛び逃げた二人の生徒に向けて無慈悲な声でスキルを発動。

 八本の浮遊砲台は白い光を収束していき、同時に放たれた。四本ずつ、正確に頭、胸部、腹部、喉を狙われ防御エネルギーはフル稼働したことにより、二人に与えられていたエネルギー残量は〇となり残りは三人となった。

『ヨシノン左右から、啓君後ろから来てるよっ!』

「K」

「はい」

 二人は答えると敵の方向へと視線を送る。

 芳埜は得物の持ち手、右手側に向き直り、スキル"桜花絢爛"を繰り出す。

 啓は跳躍し木の上で待機。

(クソッ。向こうにルミアいたら確実に場所がばれてんじゃねぇか)

「カイ、そっちは無道いるだろ、引いてこっちの援護にまわれ」

「分かった、今からそっちに――」

「残念。バレバレだ」

 インカムでやりとりをしていた一人――啓に向かっていた方のクラスメイトは焦り、注意力を失っていた。そこを見逃さず、一気に強襲した啓がスキルを放ち、戦闘不能にすると、インカム先のクラスメイトは聞いた爆発音でやられたことを悟るとインカムを切り残りの仲間へと繋いだ。

 その判断力の早さ、切り替えの早さに驚き焦り、芳埜の方へと急いで向かう。

 芳埜はと言うと遅れて来た2人目に翻弄され思う様に動けない。

 相手は三人やられたということもあり、躍起になり攻撃の激しさが増し芳埜は後手に回らざるを得なかった。

 片方はチャクラム、片方は短銃と安定した陣形で、芳埜の"桜花絢爛"をことごとくいなし反撃と追撃を行う。

 だが後手の芳埜は何一つ焦ってはいなかった。むしろ頭は冴え切っていて、自分のなすべきことが全て分かっていた。

 なぜなら――、

「"臥龍"ッ!」

 攻撃していた二人の足元が盛り上がるとその間にギザギザの溝が出来る。それはまるで地に伏せていた龍の咢かの如く、呑み込み砕く。

 注意していなかった二人は功騎の放ったスキルに回避も防御もする暇など無くそのままエネルギーを持っていかれ啓達五人の勝利となった。

「お疲れッ」

「おつ」

 啓と功騎は互いに拳を合わせる。

「三人もお疲れ」

 残りのメンバーも揃い、称賛し合うと、アリーナの出口へと向かい、小休憩の出来るスペースへ移動する。

 そこではモニターがあり他の組の試合が表としてかかれ、次の試合は十分後と表示されていた。啓達五人は第一試合ということで今日の実習ではもう無いらしく、自販機から飲料と軽くお腹の起こせるものを買うと腰かけた。

 五人はとりあえずと飲み物と軽食を食べだす。

「さっきのは良い感じだったな」

 功騎の言った「さっき」のとは模擬戦の事を指していると四人はすぐさま理解すると話題は自然とそちらの方へと向けられた。

「ああ。ルミアのアシストは狂いが無かったし、インカムより良い」

 啓は何気なくルミアを褒めると彼女は少し頬が上気しながらもかぶりを振る。

 というのもルミアが使ったスキルは特殊なスキルで、インカムとは違う。インカムは電子機器として傍受されたり、妨害されたりと連携を妨げられる可能性がある。もちろん機器やスキルで、だ。しかもスキルならばそれを工作し最悪、勝負の決め手にもなってしまう。がルミアの使ったスキルは自分と相手の空間を繋げ自らの声を届けるもの。言わば会話と同じようなもの。

 さらにルミアは相手の位置、もっと言うと森林アリーナ全てを把握しているため判断を間違うことが無い――意図的なものを除けば。

 故に四人はその命令系統をルミアに一任した。

 ただそれを指示したのは啓本人。指示というのは大まかな流れというもので戦いのスタイルの事を指している。

「それと芳埜も。あの冷静さには驚いた」

「助けが来ると分かりきってましたから、焦る必要が無かったんです」

「って言う、けー君もすごかったよね~」

「だな。量産系で一撃で決めるのは」

 そうだ。啓は現在、華凜から預かり受けている"紅"を失った状態。しかしながら学院から借りたインフィニティーフレームもまた"紅"と同じように自分の物と見間違えるような扱いをする。

 スキルの威力も学院が記録しているものの中でもトップクラスの威力を発揮した。それほどの潜在能力と技量があるのだと教師陣は関心と共に改めて注意する対象となった。

「あ、啓君照れてる~」

 ルミアが啓の脇腹を小突きながらからかう。

 すると啓は照れ隠しの術としてそっぽを向き紅茶を嚥下した。


 

 雑談に花を咲かせれば時間は自然に早く感じるもので、啓達の会話はチャイムの音と同時に中断された。

 アリーナに集合し、エウが軽く今回の評価をし、終えると六時間目ということもあり解散=放課後の流れとなる。

 となると、やはり彼らもまだ十五、六歳。元々ファッション性も高く、移動のしやすさも考慮されたデザインの制服はある種私服の一部としても利用されるくらいだ。

 しかし、だ。男子、女子共にある程度服装は年月を重ねてもあまり変わらない。女子のスカートの長さについては別だが。女子のスカートの長さは膝上十五~二十と、かなり短めに設定されている。

「というわけで普通の高校よりここは女子のレベルが高いのだ」

「そう言うことだったのか……」

 放課後、何事もなく五人全員が時間を取れたことで予定通り図書室へと向かう。道中、啓と功騎は他愛もない会話――とは言いづらい。ものしていた。

 女子二人とアルが先行している後ろで堂々と、隠すこともなく話す二人の会話は筒抜け状態。

 アルはニコニコとしているが、ルミア、芳埜は額に青筋を浮かべている。今に爆発してもおかしくない。そんな状態だった。

 だがそんな事知ってか知らずか、尚も続いている。

「しかしだ。特待生はある程度までは変えられるんだぜ」

「それで、違ってたのか」

「そそ。んでも――」

「スカートの長さは皆短かったなっ!」

 少し興奮気味で声量が大きいのは致し方ない。

 少女二人は次に拳をワナワナと震わせている。

「やっぱり女性らしさ、というか自信の表れだよな」

「ああ。自分が平均より綺麗だってことがちゃんと分かってる。自信は何よりもの武器、財産だからな。まあ過信は駄目だが」

「ねえ、ルミア」

「うん。分かってるよ、ヨシノン」

「何が分かってるんだ?」

 功騎が何事もないかのように会話に入ろうとする。

 が、それが命取りとなった。察しの良い啓は無言のまま少しずつ距離をあけていく。表情は……あまり芳しくない。

 それは自覚がるのだろう。だが、もう遅いということは、とうの昔に気付いている。気づいているからこそ逃げる。

「フフフフ」

「フッフッフ」

 振り返り二人を見据える。蛇に睨まれた蛙とはこのことだろう。功騎は歩みを止め、啓は後退するのを止める。いや、正確には不思議な力によって止められた。と言うべきか。その力はどういった原理で作用するのか分からない二人。ただ言えるのは二人の少女が引き起こしているに違いない、ということだけ。

「あ、焦るな」

「そ、そうだ。これは不毛なことだ」

「ルミアは無道君をお願い」

「任せて」

 問答無用、言語道断、並べればきりがない程の有無を言わさぬその姿に男二人が身震いする。

「ア、アル」

 目で訴え掛けるがアルは決して首を縦には振らず、助けることもしない。ただ笑いながら見ているだけのように思えるがよくよく見ればアルの額にうっすらと青筋が浮かんでいた。 もしかしたら、そう言った話は過度が過ぎると気分を害するタイプなのだろうか、と思い啓と功騎はひたすら謝罪を目で行う。

 それが通じたのか、アルは満面の笑みに変えると、

「二人とも~」

「アル君、邪魔は許さないよ」

「徹底的にやっていいよ」

 被せる様に言ったその言葉は少なからず見せた冷徹な時の声音だ。これは本気だと悟った二人は涙目になりながら絶叫を上げるのだった。



「……とんだ目に遭ったぜ」

「ほんとな」

 ゲンナリしている二人は図書室前の廊下にあるトイレで愚痴っていた。

 彼らは自業自得と言うことを分かっていたがあえて認めようとしない。プライドが邪魔でもしているのだろうか。

「遅いとまた感づかれる。戻ろう」

「あ~、……だな」

 図書室に入ると先に行っていた三人が奥の席、長机を陣取ってあった。中は入口右手側に自動で貸出、返却をしてくれるようで流れ作業の様に生徒が入れ替わって行く。

 見渡せば国立図書館を思わせるような広い作りで各分野ごとに細かく分けられてる。

 啓はその充実ぶりに圧巻といった表情で席へと向かう。

(すげぇ……一体どれだけ貯蔵されてんだ)

 席に着くと各席の前に長方形の見えるか見えないかぐらいの溝があった。

「ん?」

 疑問に思っているとルミアが答えた。

「側面部のボタンに触れてみて」

 座り、ルミアに言われた通り啓はボタンを押すと、その溝の前面部立ち上がりディスプレイが現れた。

 触れると自動で画面がつく。するとスタートメニューと思しきものが立ち上がった。

「ああ、検索機能ってとこか」

「そう。それと一緒に電子書籍化している本を閲覧できるものだよ」

 ルミアは先ほどの事はもう根には持っておらず、態度は至って普通なのだが、芳埜はまだだった。半目で睨むような感じで見方によれば上目使いと、容姿の整った芳埜がやればかなり様になっているのだ。

 だから啓と功騎は反省をしておらず、むしろ役得などと考えている。

「な、何よ?」

「いや、芳埜が可愛いなって思ってな。な、功騎?」

「お、おう。めちゃくちゃ可愛いぞっ」

「……ッッ!!!!」

 声にならない声とはこのことを言うのだろうか。顔を真っ赤にして掠れたような声が漏れる。

 功騎の方もなぜか少し赤い。

(こいつ、意外に無茶振りに弱いな……)

 心中でほくそ笑む啓。

 だがルミアの視線に気づきすぐにゴホンと咳払いをし表情を戻した。

「な、なんだ?」

「いや~、なんでも~」

 と、ある種の雑談? を終えると目の前のディスプレイを使い啓先生による授業が行われた。

「だーかーら。なんでこれで分からないのかが分からないっ」

「啓の教え方に問題があるっ!」

「いや、無道君の教え方は完璧なんだけれど……」

「うん。功騎君に問題が」

 功騎の抗議は芳埜とルミアの台詞で一蹴された。

 無理もない。彼の頭脳は中学生止まり、とかなり問題だったからだ。それを見越してかみ砕きつつ、時には詳しく、それに付随してくる内容も細かく教えたにも関わらず、功騎は理解できなかった。

 他のメンバーはその解説の詳しさに驚きつつ頷きながら質問などを繰り返し理解を深めていっていた。

「な、んだと……」

 そして、それを今頃気づく彼は本当の意味でバカなのかもしれない。

 これ以上は時間の無駄と判断した啓は教えていた数学から違う教科へと移ることにした。

「物理なら……なんとかなるか」

「お、おう。バチコイッ!」

 試合か、と突っ込みを入れたくなるような気合の入れ方に四人は苦笑いをしてしまう。

「んじゃ、物理Ⅰの――」

 

 

「終わったぁああ~~~~」

 功騎が椅子に体を投げ体を伸ばす。声量が大きかったため、周りの生徒から少し冷たい目線を送られる。

「あーあ、馬鹿な声のせいで集中が切れてしまいましたよ」

「クスクス、しょうがないですわ。彼らの頭はチンパンジーレベルですもの」

「そう言ってやるな、馬鹿だからしょうがないんだ」

 侮辱した声の中に聞き覚えのある声があると啓はそちらに目線を移した。図書室の真ん中あたり。よくよく聞いてみれば内輪話では無くわざと周りに聞こえる声量で話していた。しかもその声量が周りも聞き耳を立てずとも聞こえるが迷惑にならない程度の声。それらを狙ってやっていることを啓は理解する。

 当然、友人達は顔をしかめる。当の本人は一際顔を歪め、今にも行動を起こしそうだった。

 啓はそれを止めるべく、自分から動くことにした。

「啓?」

 友人の言葉に答えることなく歩き、陽人達に近づく。いまだに続く侮蔑の言葉が耳障りなBGMとして迎えられる。

「ん?」

 啓が来たことに陽人の対面――ちょうど啓の正面――の男子生徒が反応する。

「君は無道君だね。君なら歓迎だ。何かな?」

 それを聞き陽人とその隣に座っていた女子生徒が振り向く。

 幸いなのか? 彼らは啓が話題にしていた集団とは別だと思っているようだ。とは言っても陽人の表情はよろしくない。朝の一件が響いているようだ。

(朝の事は口外してないのか)

「ん、ちょっと、声が大きすぎると思ってな。クラス朱雀ともあろう方たちにしては少々」

「ふ、それは失礼しましたわ。ただ彼らの頭が弱いと思うと少しイラッとしまして、ね」

 しょうがないでしょう? と女子生徒は付け足す。

 わざとそうしているのではないかと思っていたが、本気でそう言っているのだ、と啓は納得した。家が家だ。彼らはプライドの高いクラス朱雀。貴族たちの集団。上しか見てこなかった者達にとって下々はどうでもいいものなだろう。

 だから考えることもせずそう言ったことがスラスラと出てくる。

「同意を求められても困る。俺の友人達だからな」

「……え?」

「すまない、無道君。僕たちの聞き間違えかもしれないからもう一度お願いしてもいいかな?」

「俺の友人だ」

 頭の中で反復させる。のだが、彼らは、いや正確に二人だが、理解していない。理解できない。

「い、樹君。僕は彼の言っていることが分からいんだが?」

「わ、わたくしも……」

「そいつも同じ馬鹿ってことだ。なあ? 無道」

 主語は語らず、目で言っている。朝の一件のことを。もちろんそれを分からない啓ではない。

 あえて素面を着る様に肩を竦める。

 二人のやりとりでまたも分からなくなる陽人の友人達。

「で、だ。俺の友人を馬鹿にするのやめてもらいたいんだが……?」

 低い声音による、頼みではなく、命令。陽人以外は怯む。さすが特待生といったところか。

「あ、ああ。悪かった」

「すみませんわ」

「……」

 陽人の表情は尚も冷たいまま。やはり朝の一件から興味を失せたような感じだ。

(いや、なにか違うな……俺じゃなく別の)

 否定し、考え直そうとするも、陽人が立ち上がったことで他の二人も自然に立つ。完全なる上下関係が出来ている。

 が、それも無理矢理などではなく、彼自身の人格とでも言うべきか、カリスマ性のあるものだ。

 もし、先日の実習時、わざとあのような事をしたのなら、かなりの自信があったのだろうか。それとも何か別の意味があったのだろうか。

 そんな思考が何故か一連の流れで浮かんできた啓は、どうするべきなのか迷っている。いや迷ってるのではなく、答えが無い。そういう状態に陥っている。

「待てよっ」

 唐突に声がした。啓が声のした方に向く。すぐに見つけることが出来た。なにせ後ろ斜めからこちらに向かってきていたからだ。

 功騎は体の反射の様に、自然に呼び止めた。理由は自分でも分かってない。

「なんだ? 屑」

 冷たい目線が飛ぶ。興味など無い。

 ただただ侮蔑の目を向ける。見据えているのは功騎だけではなく、啓や芳埜といったメンバーだ。

 陽人に着いて行った二人は振り向く。ただ彼だけは首をこちらに向けているだけ。

「なんでお前だけ謝らねぇんだ。おかしいだろ」

「本当のことを言っているだけだろう。ハエにハエ、害虫、邪魔者と言うのと同じだ。文句でもあるか?」

「ああ。あるな。俺らは人間だ。確かに俺は馬鹿だ。まともに勉強も着いてけない。でも、それでも得意なものがある。人間だれしも得意不得意がある」

「何が言いたいんだ?」

 体を功騎の方に向き直す。表情は変わっていないが。

「だから、人をそれだけで判断するな。お前、ずっと芳埜のことを会うたびに馬鹿にして侮辱してただろっ。俺は勉強できないから馬鹿って呼ぶのは良い。でもよ頑張ってるやつにそんなこと言うのが人かよっ、兄貴かよっ!」

 ここ一か月そうだ。啓が来る前から陽人はその行為を繰り返していた。会う度高圧的な態度、冷たい態度など、負の感情を起こさせるようなことを言っていた。

「言いたいことは……それだけか?」

「んなっ?!」

「……」 

「兄だからなんだ。血族だからなんだ。家族だからなんだ。ゴミをゴミと扱って何が悪い。得意不得意だ? それを人前で晒し、慰めてもらう。そんなのになんの意味がある? 頑張るなんて無駄だ。今の世の中才能が全てだ。考えても見ろ、特待生と一般学生の差を。特待生は勉強、運動共に上位、一般学生はそれに劣る。節理で摂理だ」

 実感の籠ったような声音にたじろぐ。周りの生徒も不穏な空気を察し自然に退室していく。

 陽人の持論は理に適っている。今の世界は特待生と言う一部の者達出身が動かしている。一般人、一般労働者たちは上の命令に従い働く。まるで人形の様に。

「そんな中でも頭の良い奴だっているだろっ。芳埜は学年五位の学力を持ってる。特待生でもないのにそれでけ出来るって事だろっ。特待生だけがすごいってわけじゃないだろっ!?」

「何を言うかと思えば…………あいつは《樹》の人間だぞ。そんなの当たり前だ」

「……ッグ」

 拳を強く握りしめる姿を友人達は見た。何か感じるとかではなく。その行動が陽人の正しさの証明だと理解させられた。

 何も言えず震え、伏せる功騎に陽人は何も言わず、立ち去ろうとする。

「なあ、樹」

「今度はお前か、無道。なんだ」

「次の対戦負けた方が勝った方の言うことを何でも一つ聞くってのはどうだ?」

「唐突になんだ。お前もボケたか?」

「……」

 無言の圧力。それにより本気だと陽人は思うとため息を吐いた後に答えた。

「馬鹿か、対戦はランダムだ。確率は低い」

 それを聞くと啓は笑う。

「それを当ててやるんだよ。これは絶対だ。次の大戦当たるのは俺達麒麟と朱雀だ」

「……やってみろ」

 互いに交錯する視線。あまりに違う実体のない温度差を捉えた啓と陽人以外は身を震わせていた。

 ――これが強者の持つ者と持たざる者の力の差だと。



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