実力
「んむんむ。ハワ~」
大きな欠伸と背伸びをして啓はベッドから起き上がる。デジタル時計は五時半を知らせアラームが鳴り響く。それを目を擦りながら止め、クローゼットからジャージを取り出し着替え始める。
「こっち来てもやっぱ起きてしまうものだな」
日頃の日課としてランニングをする啓。天道学院は八時四十分に各クラスに入っていればいいため今から約三時間ある。
だから何もすることが無い、といつも通りのランニングをすることにしたのだ。
着替え終えると部屋を出てダイニングへと向かう。他の部屋からは音がしないため全員まだ寝ているようだ。冷蔵庫からペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、腰のポーチに入れ、そーっと玄関を出た。
寮内も物静かで、いるのは啓ただ一人。廊下を抜け階段を下りて行きエントランスへと到着。入口の窓口に警備員が一人座り転寝をしていた。
「まぁしょうがないわな」
「うし、始めるか」
寮から少し離れた森の中を通る道を見つけ、軽く準備運動をして変わり映えの無い道を淡々と走る。
「一昨日のもここらへんだったよな?」
首を横に向け中空に訊いた――訳ではない。
「大体合っておるの」
懐から出てきたヨーコが答える。口調は少々寝むそうなのはしょうがない。
そのまま会話もなく走って行き、小休憩として道の脇にあったベンチに腰掛ける。ポーチからスポーツドリンクを取り、一気に三分の一ほど飲む。
「ぷはぁあ」
口元を拭い、汗をタオルでふき取る。
「ふー」
目を瞑り、背中を腰かけに預け、体の力を抜く。風の音やそれによって動く、葉、土などをきき、感じ取って行く。さっきのランニングが体力をつける修練ならばこちらは精神を、五感を鍛える修練と言えよう。
ヨーコも啓の肩で同じように真似る。ただ体躯が違うため風によりその九尾ある尻尾はゆらゆらと風になびいている。
そんな可愛らしい姿を横目で盗み見ている啓は、自然の音とは別の、人工的な音を聞き取った。
初めは一昨日と同じ事件かと思っていたが、音が規則的で一つしか存在しないと気付き、様子見をしようと立ち上がり音源の方へと進んでいく。
「ふー、……――舞え『桜花絢爛』」
発せられた声に呼応するように、握られた錫杖から桃色より少し濃い色合いの小さな無数の光が渦巻くように天へと昇る。よく見ればその光の一つ一つが小さな花びらを模している。
その渦が空中で曲り、一つの大岩へと迫る。儚いようなその一つ一つの花びらは大岩に触れると――音もなく大穴を穿つ。断面は恐ろしいほどに滑らかで鏡の様に反射していた。
「ほ~、流石だな。樹の操作能力は」
パチパチと拍手を送り芳埜に近づく。
「覗き見とは不躾ですね」
汗を拭う様にタオルで体と髪を拭きながら後ろにいる啓に言うと、啓は「ばれてたか」とわざとらしく肩を竦める。
「……ふむふむ」
「な、なんですか?」
芳埜は振り向き、向い合せになると啓の表情と仕草に違和感を覚え引き攣る。
「いや、なんかエロイな、と」
「どこがですかっ!?」
芳埜は半袖ブラウス、キュロットと動きやすく、女子としての可愛いという点も忘れず押さえている服装をしている。
「露出度」
「な、なるほど……って納得できません」
「委員長、やっぱそういう風にしてるほうが俺は好きだぜ?」
「……会ってそんなに経っていない人がいう台詞じゃないと思うんですけど?」
「そう言うなよ。俺には見る目あると思うんだぞ。……っと飲みかけだけど飲むか?」
芳埜がバッグから飲料を探しているが無いと分かり啓は自分のポーチからペットボトルを取り差し出す。
「むむ……」
それを見つめ受け取るか迷っている。
「で、では遠慮なく」
喉の渇きには負け啓から貰うと残りを全部一気に飲み干した。
「な、んだと……」
啓は空になったペットボトルを恐ろしいものを見たかのごとく凝視する。そして無くなったことをたっぷりと時間をかけて自分に言い聞かせると崩れ落ちる。
「ハハハ……まさか全部飲み干すとは」
半分以上あった中身がものの三秒で無くなったのだ、無理もない。
「だ、だって飲んでいいって」
「ああ。言ったよ。でも全部いかれるとは……ちょっとでも残ってれば間接キ……」
「無道君って変態なの?」
汚物を見るような目で啓を見る。
「俺が変態ではない世の男全てが変態なのだ。考えても見ろ、女の子は格好いい男とキスしたいだろ? それと同じで、俺も芳埜のような可愛い女の子と間接でもいいからキスがしたいのだっ!」
「か、可愛い、私が?」
「ああ。そうだ、そう言った」
顔を上げ自信満々に、時にはガッツポーズなどを入れ熱く語る。
その無駄に熱い視線に感化されたのか芳埜は顔が熱くなり手で隠す。
「ももう良いですっ。私は練習に戻ります」
「おう。俺は見てるぞ」
「な、何でですかっ!」」
「楽しいからな」
「もう良いです……」
そのまま芳埜は錫杖を握り直し、先ほど穿った大岩にまた狙いを定め集中する。啓の存在は感じるが邪魔はしてこず黙って見ているだけ、そう思うと意識は自ずと大岩にだけ向けられる。
深呼吸を二、三度繰り返し、意識をさらに集中させ思考クリアにしていく。
(私は……こんなところでっ)
錫杖に淡い桃色の小さな光が集まった。それがどんどんと増えていき、数えることが不可能なくらいにまでなると、光は強さを増し球体状だったものが歪み花びらの形へと変化していく。全ての変化が終えた時、それは逆に錫杖から放出されるかのように、先に向かい渦を形成する。
「――『桜花絢爛』ッ!」
先程と同じように動き大岩に穴をあけるが、洗練された一撃は断面が一目瞭然で違い。速さ、キレ共にさらに上をいっている。
(流石ってところか)
そのまま、さらに隣りの岩にめがけて攻撃を行う。 上から落とした一撃により地面に大穴を穿つ。
「――出て来いよ」
啓が自分の後ろに向かって声を飛ばす。
「クク。大きな音がして来てみれば出来そこないの妹と人のインフィニテイーフレームを使う泥棒じゃないか」
「にい、さん……」
見下したような態度で昨日とは手のひらを返したかのような発言だ。
芳埜は明らかに動揺し、啓の背中に隠れるように身を縮める。
「何お前、妹の心配をする実は優しいシスコン君だったのか?」
「ククッ。反吐が出るようなことを言うな」
表情は見下したまま声音が怒りを示す。だが、それすら何食わぬ顔で流し、不敵に笑う。
「フッ、ツンデレだな」
「んなっ……きさまぁあっ!」
とうとう憤慨し、顔を真っ赤にする。手首のブレスレットに触れ自分のインフィニティーフレームを起動すると芳埜と同じような錫杖が出現する。
しかしよく見ればデザイン性が違っていた。芳埜の錫杖は全体が銀色で杖先は湾曲しその中に濃い桃色の水晶が浮かんでいて柔らか味があるのに対して陽人の使う錫杖は湾曲した部分に、外側に向けて尖った部品が取り付けられていて全体のメインカラーが濃い金色をして、水晶は緑色をしている。
「調子に乗るなよっ!」
それを振るうと周りの木々が震え出す。
「芳埜。……あいつの技の弱点てなんだ?」
啓は相手の技のプロセス、スキルは知っているが弱点までは把握しておらず、手詰まりなのだが、後ろにはその親族がいる。長いこと見ているのだから自分より知っていると確信を持って訊いた。
視線がこちらを見据え頼っているのを感じ取り、震えた体を啓の服を掴み抑える。
「『樹乱操』はあの杖で木を操作するだけの簡単な技、……だけどスキルの支配下内、三六〇°すべての方向、そして距離を問わないのが売りでタイムラグもほとんどない。でも今は――」
「でも今は距離が無い。それに根本は木々の操作だけ……燃やせばいいだけとか――楽勝すぎだろ」
芳埜にお礼を言うと前に向き直す。
「死ねぇええっっ!!」
陽人の叫び声と共に木々の枝が鋭利な刺突武器となり、啓と芳埜に向けて凄まじいスピードで襲い掛かる。
「――『獄炎』」
いつの間にか取り出した"紅"のスキル『獄炎』を展開する。『獄炎』は渦を巻いた台風のようなスキルだ。よってその中心は台風の目と同じように空洞である。それを利用し、啓は芳埜の肩を掴み寄せ、その中で攻撃をしのぐ。
「ククッ。お前はそいつから俺のスキルを聞いたんだろうが無駄だぞ。俺は華凜を――"紅"を全て把握してるからなっ!」
炎の壁から燃え上がった枝が飛び出す。すんでのところで躱し、斬りつける。
(斬れた先は影響下じゃなくなるのか)
確認のための攻撃で確証を得た啓はどんどんと攻撃を繰り出していく。『獄炎』はその間に解き、視界を広くとる。
「ちょこまかと動きやがって……」
『樹乱操』は伸縮性と強度の強化であって、さして自由度のきくスキルでは無い。故に啓はそれを逆手に取り枝の側面を移動手段として使う。
「刺突にしか使ってないお前が悪いんだよっ!」
声と共にモーションスキルを展開。右腰に添えた"紅"を水平に振る。
剣の軌道から赤いラインが浮かび陽人に向けて飛ぶ。
「会長と同じ……技」
「会長と同じ技だとっ?!」
(そんな馬鹿なことが……あるはず)
樹兄妹が同じような台詞を零す。啓はそれを聞き少し笑う。
「残念だが違う。これは――」
陽人は大きく避け、その輝線は地面に着弾すると激しい爆音とともに地面を粉砕する。
「んなっ?!」
陽人の横には大穴と砕かれた小石が散乱していた。それが啓の放ったスキルの威力を想像するのは難くなかった。
「『輝線爆道』。会長のスキルのアレンジ強化版だ」
地面に着地して余裕の表情を作ると、陽人が苦虫を噛んだような苦渋の顔を浮かべる。その対照的な顔を見る芳埜。怯えのあった表情が少しだが和らいだように見える。
ふと陽人は気付いた。その傍観している芳埜と啓の距離を。
「ククッ」
啓に気付かれない様、錫杖型インフィニティーフレーム"翡翠"のスキルを発動する。淡く光った水晶に呼応し周囲の木々が動くのを感じる。といってもそれは地下深くに根付いている根の動く模様だ。
(……なんだ? 仕掛けてこない、何を企んでるんだ)
表情を引き締め身構える。感覚を研ぎ澄ましあらゆる方向に対応しようと準備する。
(馬鹿が……狙いはお前はじゃねぇよ)
ほくそ笑むと、準備が整ったのか錫杖を掲げ、ヴォイスコマンドを使う。
「『樹根縛』ッ!」
大地を裂き無数の根が現れる。だが出現した位置は啓とはかけ離れた芳埜の周り。
「ひっ」
「てっめぇ!」
啓は陽人の狙いに気づき急いで芳埜の方へと駆けるも阻害するように根の壁がそびえる。焼切るように"紅"で切り刻むも"翡翠"の得意とする阻害、妨害系スキルの前に阻まれる。さらに啓がスキルを使えない状況によりおされていく。
(芳埜との距離が分からない……下手に使えば焼き殺すことに)
「……ック」
今の状況は最悪といっても過言でない。三人とも制服ではなく私服。よって防御性は皆無。木々は導火線代わりとなり"紅"の燃焼系スキルが発火装置となってしまう。
(クソがっ)
「ククッ、ククククッ」
「うぅ」
木の壁の向こうで芳埜の苦痛に歪む表情が手に取るように分かる。
「む、無道君、私は良いから……」
呻き声と共に悲願する声。それを聞き苦渋に顔を歪める――と陽人は思っていた。
だから啓が自分の思っていた表情とは違うことにたじろいだ。その表情はあまりに冷静で落ち着きすぎていて怖気が走る。
「俺さ、そう言うの大っ嫌いなんだよ。確かに女の子にそう言われれば嬉しいさ。ゲームとかアニメとかでよくそういう台詞吐くヒロインいてさ、主人公が敵から身を張って庇うって奴とかあるしな……でもよ、俺はそう言うのさっきも言った通り大っ嫌いなんだよ。俺は欲深い、自分の身が大事だしお前も大事だ。だから――」
表情が一気に豹変する。あまり冷たい表情から憤怒の表情。向けられた対象は陽人でも芳埜でもなく自分に。
「最良で最悪の手段を使う――"ブレイクバースト"」
「貴様ぁああッ!!!」
抑揚のない声で一つの単語を綴る。
聞いた陽人は動揺し叫ぶと、芳埜を拘束し啓を妨害していた根を解くと啓に向かい突撃する。鋭利な先は殺意に包まれ頭部、胸部と一撃で殺す部位に狙いを定めている。
(ブレイクバースト……?)
芳埜は聞きなれない単語を頭の中で反復する。
(直訳すれば……破壊爆発)
「もう……遅い」
柄の部分に埋められた紅の水晶が強く光り周囲を包む。すると根は動きを止め、朽ちる。と同時に"紅"の水晶部以外の部品が全て剥がれ粉々になっていく。
「ック、クソがッ!」
周囲を包んでいた光が弱まり視界を鮮やかにする。
「どうする? まだやるか?」
「馬鹿かっ。ブレイクバーストを使用したエリアは最低でも三日はインフィニティーフレームを使えない。……武器を犠牲にして使う本当に最後の手段だ。もういい、興醒めだ」
身を翻し校舎の方へと消えて行った。
「大丈夫か?」
「う、うん。それより無道君の……」
目で"紅"の水晶を指す。もちろん意味を理解している啓は苦笑する。
ブレイクバーストの代償として"紅"は武器形態を取れず、待機形態にもなれない。拳大の水晶として存在している。
さらにこれは元々は華凜の武器だ。借り物といってもいいものを破損したとなれば華凜は激怒するだろう。最悪彼女が退学処分を受けるかもしれない。
「なあ、ラボ的なところってないか?」
時刻は七時二十分。場所は森を抜けて校舎の立ち並ぶ本館エリアの一ヶ所、クラス玄武が所属し利用する技術試験場と呼ばれるところに居た。
「ここがラボ。玄武の人達が利用する所だから私たちは入口エントランスまでしか入れないの」
「ふ~ん。ま、関係ないけど」
そう言うと啓は自動ドアを通りエントランスへと足を踏み入れる。まだ登校まで一時間以上あるため誰一人として居ないようで、静けさだけが支配していた。入口付近に取り付けられていたスイッチを押すと薄暗い部屋を蛍光灯が照らす。改めて確認しても誰も居ない状態で警備員の一人も見当たらない。
「さて、と。IF修理工房は、っと……ふむ、そこか」
壁に浮かび上がった案内板で目的の場所を確認すると、蛍光灯で照らされた廊下を歩き進めエレベーターに乗り込む。
「芳埜は来なくてもいいんだぞ?」
「私のせいだから……最後まで付き合う」
「っそ」
五階を押し、エレベーターは下に動き出す。
着くまでの間二人は無言だったがどちらも悪い気などはしておらず互いに無言を受け入れていた。
到着し、ウィーンと扉が開くと蒸し暑い蒸気が二人を出迎える。パイプや道管などが廊下の側面にむき出しで付いて要てそこから漏れだしていた。
「熱いな」
「うん」
入って早々、体に纏わりつく蒸気のせいで服が体に密着し、さらにその熱で体は汗をかき始める。
啓は横に視線を向けると濡れた服のせいで芳埜の肌が薄く透けていることに気付く。
「これ、一応着とけ」
ジャージの上着を脱ぐと芳埜の肩に掛ける。
芳埜は自分の格好に気づき啓が掛けたジャージの上着をギュッと握りしめ体を隠す。
「あ、ありがと」
そうして一つの扉の前に着いた。その横にホログラムで『修理工房』とあり目的の場所と一致したようで中に入る。談話室や寮室とは違い生徒手帳を必要とはせず重厚な扉が人を感知しプシューと音を立ててゆっくりと開く。
中は外と裏腹に冷房を点けたような涼しさがあった。啓は左手から眺めると大きな機材が所狭しと置かれ、そのうちの一つが誰も居ないはずなのに起動していることに気付いた。
それは部屋の中央に置かれ他の機材より一回り大きく、設備も最新機種の様だと分かった。
疑問を抱くこともなく啓は近づき周りをぐるっと回り観察する。
「総合機工工房か……金掛けてんな」
啓は一通り見終わった後にそう呟く。芳埜も同じようなことを言うと二人そろって唸る。
「これ、ぱちれねぇかな」
「ちょっと、それはっ」
「冗談だよ」
物騒なことを言ったため芳埜は慌てて止めるが冗談と言われブスーッとむくれる。
「っとなると、誰かが居るってことになるな」
それもそうだ。啓たちが入ってくるまでに誰かとすれ違ったなどは無い。よって元からここに居たと考えるのが普通だろう。だが何故、ここだけ電気がついていたのか、という点もふまえると啓は一つの疑念を浮かび上がらせる。生徒以外の何者か、と。素手でやりあうことを考えれば不利だということもあり一度引き返すべきかと思ったが一向になにも来ず、ただ精神をすり減らしているだけで、無駄となり力を抜いた。
だからいきなり奥の扉が開いときは啓は芳埜を抱き後方へと飛んだ。
「んだ……誰だよ、お前ら?」
つなぎを着たいかにも眠そうな女子生徒が啓たち見ながら訊く。
長い髪は光に反射し銀髪に見え、肌は褐色と黒人ハーフと分かった。その視線に気づき釣り目を細める。
「お、っと悪いな。俺は啓。んでこっちが」
「樹芳埜です」
「なんでここにいんの?」
「IFの修理で来た」
懐から水晶を取り出し見せる。すると女子生徒は細めた目を少し戻すと腕を組み思考する。
「それ、"紅"の水晶だろう。なんで南条さん以外が持ってんの?」
「……あんた、まさかだが昨日もずっとここに居たのか?」
「ん? そうだが? なんか関係あんの?」
この建物のエントランス以外見回したときに放送機材が無いことを確認していた啓はこの少女が昨日から出ていないのではないかと判断した。それは昨日の朝のホームルーム時に各クラスに転校生が来たことを知らせていたからだ。
だから自分を知らない少女に啓は説明した。
「俺は先日転校してきたんだよ。んで"紅"は華凜先輩から預かってるんだ」
今だ訝しげな表情で啓を見る。
「証拠は?」
胸ポケットから生徒手帳を取り出し中を見せる。
天道学院の生徒手帳は本人のみしか反応せず、盗作なども不可能とされているためこれが本物だと天道学院生ならだれでも知っているのだ。よって疑念を抱いていた少女は啓を敵ではないと判断した。
「分かった。疑って悪かった」
「それは良かった。んで頼みがあるんだがいいか?」
「どうせ、それの修理だろ? 良いよ。疑った詫びはちゃんとする」
「助かる。えっと名前は?」
「エイフェリア・ルード。好きに呼んでくれ」
名前を訊くとエイフェリアは素気なくだが答えた。
「んじゃ頼むな、リア」
愛称で呼称し啓は水晶を渡す。
リアは中央に鎮座する総合機工工房を操作し始める。啓達を正面として側面部より台座が伸びる。そこから"紅"とは別のインフィニティーフレームが現れる。先ほど電源を付けていたのはそれを修理するためだったのだろう。手に取ると手で触り感触を確かめ不備なところが無いかを確かめている。
「……よしっ、うん」
確認を終えると待機形態に戻す。
「それはお前のか?」
「いや。これは私が預かってあったものだ」
「そうか」
「どうしてそんなことを?」
芳埜が疑問に思い啓に問う。
「ん。まぁ俺以外が触って戻らない理由ってのがな」
「あ、そっか。普通は作動して待機形態に――」
「それはこの工房がそれを一時的に無効にしてるから」
エイフェリアが作業をしつつ答えると「なるほど」と芳埜は頷く。だが啓はそんなことには気にも留めず考えていた。内容は先ほどのインフィニティーフレームだ。"紅"より明るい赤色――東雲色。日本の古語で闇から光へと移行する夜明け前に茜色にそまる空を意味するそれは武器形態が陽炎を作り出すほどの熱量を生む翼の姿をしていた。
(JECの新型……"東雲"か。誰用なんだ)
"東雲"はJECがつい最近公開したばかりのもので、準個人用として軍の主力部隊に配備されている。コストはそれなりにかかるものの実用性の高いことからある程度量産されているため準個人用と言われている。その能力は熱量による推進力と浮遊を用いた飛行能力と温度差によって生じる陽炎を使った幻影。さらに装着部が背部によることで駆動に差支えが無い。承認もパスワード式。
そんなものを一学生に使わせるとなるとかなりの実力者、特待生となる。が純日本製ということもあり使用者は絞られる。
(日本の誰か、か……)
そう。純国産ということで機密などの事が絡んでくる。
だから日本の特待生四人のうちの誰か一人となるが全員意味が無い、付ける必要が無いのだ。
伸録は光による斬撃と移動、元より必要とせず。結衣はサポート能力、陽人は不動といっても良いし、最も相性が悪い。華凜は現在敷地内にある医療施設。
(誰も今必要じゃない)
「んで、"紅"を修理すればいいの?」
「その言い方だとそれ以上のことが出来そうだな」
「当然。元々"紅"の専属リペアはアタシだから」
ニヤリとすると、啓は次を発した。
「なら、改良をしてもらいたい」
「分かった」
エルは頷き、工房を操作する。"東雲"が出てきた側とは逆の方に出た台座に水晶を置く。台座は吸い込まれるように本体に収納されていくと本体正面に複数取り付けられていた画面が光りスクリプトが表示される。
エルは挿入口に自らの生徒手帳を入れ認証を行うと、円弧型仮想キーボードが出現。それを見ることもなくひたすら画面に流れる数字を目で追い、手を動かす。
タイピングスピードに芳埜は驚き目を丸くする。
流れる数字が止まると、3Dモデリングが表示された。
「こういうのはどう?」
中央画面にモデル。横の画面に武器の質量などの数値が書かれ細かいところまで分かり、従来のモデルより洗練され、刀身部分が細く長くなっている。
技工士の特権として機密部以外の外装部分は自由に変化させることが出来、専属の技工士が使用者に合わせ細かく変えていくことで使用者に実力以上の戦果を上げさせることが目的、と技工士との信頼が必要不可欠。
「もう少し長くても問題無い」
「分かった」
再度タイピングをしモデルにノイズが入り修正が加わる。
「質量誤差はプラス十。どう?」
「余裕余裕」
「ならこのまま造りあげる。三日、四日ほどで完成する」
「……え? ちょ、今なんて?」
「三日四日で完成する」
その言葉が聞き間違いではなく事実であることに肩を落とし乾いた笑いだけが漏れた。
「もっと早くは出来ないんですか?」
「無理。改良だからそれぐらいかかる。修理でも三日」
何故啓がここまでになるかというと今は火曜日。四日後は土曜日と大戦は終了、よくても佳境と、金曜日は参加できない。この事実は啓にとって良くないことだ。
「その早くて三日ってのは何時くらいだ?」
「夕方から夜にかけて」
「……少々遅れて参加できるくらいか?」
「うん。始まりは四時からだから」
芳埜が答えると啓は少し希望が見えたような表情をした。
「リア。頼んだ」
「極力早く仕上げる」
その言葉を聞くと部屋を出た。
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