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創刻のルーラ  作者: 天城 枢
桜 転入編
3/11

模擬戦

「無道啓です。よろしくお願いします」

 エウに案内された教室に入った。中は和装をイメージしたもので、木の柄の壁(決して木で造られてはいない)で、机も同じようなものだがその上には仮想ホログラムキーボードと画面があった。

 だが啓はそんなことを気にする余裕は無かった。今も何とか自己紹介を無難にこなすことが出来たが……。

 クラスには約四十人居て、その全員が啓を見ているのだ。まあ無理もないだろう。時期的には五月という中途半端なところでの転入生なのだから。

 しかも理事長の推薦と言うお墨付き、プラス昨日の事件。これによりかなり注目と期待の眼差しが突き刺さっている。

「せんせーっ。質問良いですかっ!」

 一人の男子生徒が立ち上がり挙手をする。ツンツンとした逆立ちヘアーと少し着崩した制服から今時な感じと思える。

「はい、どうぞ。四原(しはら)君」

「好きなカップは!?」

 唐突なその質問に目を丸くする。周りの生徒は、呆れ気味な視線と期待に染めている視線が半々といったところだ。

 もちろんだが質問内容は分かっているためどう答えるか迷っている。

 だがここで嘘を言ったり偽善ぶるのは性に合わないということで正直答えることにした。

「CカップとDカップだな。すごく美しい。あれに挟まれれば俺は死んでもいいっ」

 それを聞いた四原は段差を降りて行き啓の前まで行くと、がしっ、と手を掴み、

「同志よっ!」

 啓も熱く手を交わす。

「俺は四原功騎こうき。気軽に功騎って呼んでくれ」

「ああ。功騎。俺も啓って呼んでくれ」

「僕も忘れてほしくないね~」

 いきなり現れた少年が交わしていた手の上に置く。

「因みに僕はぺったんこが好きだよ。あ、俗に言うまな板ってやつね」

 クラスの女子からの非難の声が聞こえた。――気がした。

 だがその少年は聞こえてないかのように満面の笑みを浮かべている。

「えっと……」

 当然困惑する啓に気付き功騎が代わりに答える。

「こいつはアルク・ドゥーヴェ」

「気軽にアルって呼んでね~」

 間延びしそうな声でアルはそう言うと、功騎と一緒にスタスタと自分の席へと戻って行く。

「他に質問はありませんか?」

 エウが何事も無かったかのように訊きだす。

 多分これは日常茶飯事ぐらいなことなのだろう、と啓は思った。

 とここでまた謎の視線を感じる。だがこれは距離が近いと感じ、すぐさま探知することが出来た。

「俺から良いですか?」

 そう言ったのは啓だった。

 少し疑問に思ったようだがエウは「どうぞ」と言うと、啓は喋りだした。

 服の中に隠れているヨーコは何を言うのかと分かりクスクスと含み笑いをしている。

「そこの彼女の名前は何ですか?」

 目線で誰を指しているか気づきクラスがその視線の先の人物を見る。

 その人物は丹念に一眼レフカメラを掃除しているように見えたが、それは起動し、操作しているのだと分かった。

「君が朝から俺を視てた人だよな? と、昨日の夜のアレも。そのインフィニティーフレームで」

「あらら。ばれちゃいましたか」

 片手で髪の毛を撫で、苦笑いしている。

「私は渡世わたせルミア。これは私のインフィニティーフレーム『D-CAMERAディ・カメラ』」

「厄介だったよ。それ」

「あはは、すごいですよ。――感知しているだけで」

 笑いながらも称賛するルミアに啓は感心する。実力は未知数。底を出しておらず、あれは、わざと感知させた。そう思わせるほどに。

 だからと言って敵対する意思は見えず、むしろ友好的な関係を築こうとしているようにも感じられる。

「そりゃどうも」

 周りもその会話を聞き感嘆の声を上げる。

 その反応からルミアはかなりの使い手だと分かったが特待生ではないことにも気づいた。

 なぜなら日本の特待生にそのような名前の人物がいないからだ。

「はい、皆静かに!」

 一人の女生徒が声を張り注意する。

 メガネを掛け、眉毛の上で一揃えで切った前髪。肩に掛かるか、掛からないかぐらいの長さの後ろ髪。いかにも委員長といった感じである。

「いいんちょー、良いじゃんか今ぐらい」

「駄目です。今はあくまでホームルームの時間です」

「だからぺったんこなんだよ~。委員長~」

 その一言を聞き怒り心頭と言うべきか、顔を真っ赤にして震えている。

「好きで……好きでぺったんこじゃないのよっ!」

 涙目になっている委員長に功騎は近づくと肩をポンっと叩き、

「俺は貧乳でも好きだぜ。キラッ」

 と囁いた。

「――散れ、『桜華の舞』」

 鬼神のごとき表情に変えると、ヴォイスコマンドを使いインフィニティーフレームを起動させた。

「まあ……大体こんな感じで楽しくしてるんだよね」

 いつの間にか隣りに来ていたルミアはパシャパシャとカメラをきる。

「いいのかよ、そんなんで……。って先生も欠伸してるし」

「あ、そうそう。委員長の名前はいつき芳埜よしの。あだ名は委員長か、ヨシノン。私はヨシノンって呼んでるよ」

「樹っていうと、特待生の?」

「んー。それはお兄さんの方だね。クラス朱雀の、樹陽人あきと

 啓が「ヘー」と相槌を打つ間もクラスでは騒がしい状態であった。


 一段落したのは功騎がピクピクと痙攣を起こし倒れてからだった。

 啓は指定された席――窓際の一番後ろの空席へと座る。

 エウが教壇に戻ると仮想ボード(黒板のようなもの)に文字を綴っていく。

 内容はこうだった。『今週末にクラス対抗戦を行う』と。

 啓からすれば「何のことだ?」となるが、周りは盛り上がっているのと同時に少なからず緊張しているようにも見える。それが気になった啓は前に座っている委員長こと芳埜に訊いた。

「あ、そっか。無道君は知らないのか。簡単に言うと抽選で選ばれた二組のクラスが互いの大将を倒すって言うゲームみたいなもの。期間は金曜日から土曜日の二日間にかけて行われるの」

「へー。ありがとうな。芳埜」

「よ、芳埜?!」

 いきなり名前で呼ばれて戸惑う芳埜。

 それを見て軽く笑ってしまう啓に、今度は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「あー、悪い悪い。からかうつもりは無いんだ。さっき渡世から兄妹が同学年に居るって聞いたから区別する必要があると思ってな」

 それを聞いてビクッと反応する。

(名前を呼ばれてそこまで驚くか?)

「あ、ありがとう」

 作り笑いを浮かべているのが明らか。だがそれ以上は啓も深入りはせず。互いに会話を切った。

「今日は大将を決めようと思う。推薦、他薦問わない。誰か居ないか?」

「俺は啓を奨めるぜ」

「僕もけー君で」

 新しく友人となった二人が推す。顔が若干ながらにやけているのは見間違いではないだろう。

「主よ、どうするのじゃ?」

 懐で呟いてくるヨーコ。周りも啓を見ている。

 これは昨日の事から来るものだろう。

「俺?! まだ入ったばかりの俺にそれは無理だと思うんだが……?」 

「いーや。大丈夫だ。行ける!」

「しかし――」

「戸惑うのも無理はありません。まだ時間はあるので自分で考えて決めてください。他に推薦などもありましたら三日後の放課後までに私に言いに来てください」

 そう言うと、教室を出ていく。丁度チャイムも鳴った。一時間目の終わりということのようだ。    

「何しよう……か、な」

 考え事をしようとするが一気に周りに人集ひとだかりが出来た。

 クラス外からも来てるのが分かる。なぜかと言うとネクタイの色だ。クラス麒麟は全員が統一して黄色なのに対しまばらではあるが赤や青、無地などが見える。

 さらにはあちらこちらから質問が飛び交う。何故だかクラスの人が質問に答えているのだ。「彼女は居るの?」「昨日のアレは?」「男の子、ハァハァ」等々。一部啓の顔をしかめる内容もあったが一瞬の事で流れていく。

(これが転校生の最初の関門というやつか)

 どうしようか、と悩んでいる時にクラスの入り口付近で男子の揃った声が聞こえた。。周りに居た生徒達も振り向いてみると、人集りが一気に二つに分かれた。そこからカツカツとブーツの鳴る音が聞こえる。金色の髪を靡かせ、世の男性を虜にする美貌の持ち主。今朝方会ったばかりの人物だった。

「あ、紫レースの先輩」

 その言葉に疑問を浮かべる生徒達だが言われた本人は青筋を浮かべかけている。

「フフッ。まあ良いわ。無道啓、これは何かしら?」

「なんだと思います?」

 質問に対して質問で返す。何とも言い難い雰囲気が教室を包む。人集りは自然に散っていく。エミリアと執事によるプレッシャーとでもいうべきか。楽しそうだった会話も少なくなっていき、無言の静寂が訪れる。

「……ただの白紙に思えるのだけれど?」

「美しい女性と、天才には見えないんですよ」

 見え見えの嘘。だがその程度で表情を変えるような優しい少女ではない。

「もしかして、期待でもしましたか?」

「フンッ。あまり調子に乗らないことね」

 下種い笑みを浮かべる啓に、髪を翻し教室を出ていく。

「お、おま。すごいな!」

「フリューゲン先輩と会話するなんてね~」

 功騎とアルが称賛の言葉浴びせる。

「?」

 疑問を浮かべた表情を読み取り、功騎が続ける。

「フリューゲン先輩達は通称"薔薇姫ローゼス"って言ってな。男の影すら感じさせない高嶺の華と呼ばれる女子特待生の事を言うんだ」

「綺麗な花には棘があるっていうでしょ~」

「達ってことは?」

 啓が気になったのは複数いることに、だ。もちろん他にも目を付けるべき所はあるが何故かそこに惹かれたのだ。

 だからこそ間髪入れず訊いた。

「ああ。複数人居るんだよ。狂気の薔薇姫、戒律の薔薇姫、冷徹の薔薇姫、等。んでフリューゲン先輩が冷徹の薔薇姫」

「へー。そうなんだ」

「すごいよ~。振られた男子生徒は数多。精神的に罵られることに興奮する人は何回も告白してるんだ~」

「それはすごいな……」

(朝のあれか……)

 引き攣った表情を何とか誤魔化す。自分はそんな人と話したのかと思うと今さらながら吃驚した。

「しかもほとんど男子と話すことなんてないんだよ~。話しても精々学校関係事。さっきみたいに私語なんて僕は入学してから一回も見たことないよ~」

「って次移動授業じゃないか」

 功騎が生徒手帳で授業確認をすると、そう言った。周りを見渡すと教室には三人だけだった。先の事で気付いておらず残り三分もない。

「転入そうそう遅刻は嫌だろ? 走るぜ」

「おう」

 

 場所はアリーナのような所に着いた。伸録との模擬戦で使った場所より広い。軽く二百人は収容できる。

「へ~。圧巻だな」

「普通の高校じゃこんな広い施設見ないだろ?」

 ここまで到着するときにもいくつかの施設を見たがどれも最新設備で大きいかったと思い返す。

 人工芝生に足を踏み入れ、クラスの集まった場所へと向かう。

「遅いですよ。時間は守ってください」

「間に合ったからいいじゃないか」

「いつもそう言ってますね。習わなかったんですか? 五分前行動」

 ウッと言い詰まる功騎。

「俺に色々教えてくれてたんだ。だから今回は見逃してくれないか?」

「ハァ……無道君が言うなら今回は見逃します」

「ありがとう」

 チャイムが鳴り響き全員が整列する。右端からクラス麒麟、白虎、朱雀、青竜。

「なあ、玄武は?」

 夜中確認したところクラスは全部で五つあった。だがその一つの玄武が居ないことに気づきアルに小声で訊く。

「玄武は技術と回復だから別なんだよ~」

 啓は「なるほど」と頷くと前を向いた。

「今日は実習だ。金曜から行われる大戦の準備と思って貰えればいい」

 教官風の制服に身を包んだ三十代半ばと思われる男子教師が声を張る。怒声と間違わんばかり声量で注意事項などを簡単に説明していく。顔をしかめ、耳を閉じたくなるのを気合で押し殺す。

「それではクラス事に! ――解散」

 バラバラと散って行き、クラス麒麟は南西方向で止まる。芳埜が代表となり練習内容など決めていく。

「一対一の十分試合。ワンヒットで終了。今日はこれで行きます」

「うし、啓。俺とやろうぜ」

 功騎が何時出したのか、円錐の底辺を前として頂点付近に等間隔で穴の開いた特殊な形状の武器を両腕に取り付けていた。それを鳴り合せ気合十分といった感じで待ち構えている。

 こうも好戦的だと啓の方も自ずとやる気が出てくるようで、モーションコマンドで"紅"を取り出す。

「ああっ」

「んじゃ、僕が審判やるね~」

 訊きつけたクラス麒麟の生徒が集まりだす。距離は十メートル以上離れているが綺麗に円が出来る。

「一応防御壁造っておくからね~」

 キューブ状の五センチ四方を啓と功騎の間に投げるとそこを中心として直径一五メートルばかりのドームができる。二人を包むときに何かが纏わりつくような感覚があったが、それも数秒の事。違和感は、今は感じられない様で、飛んだり跳ねたりと軽く体を動かし慣らす。

「それじゃあ、始めるよ~」

 カウントを開始しアルの独特のリズムで数字が減っていく。

「――〇」

「うらぁあっ!」

 功騎が地面を叩きつけ、人工芝が割れ、土がむき出しになる。叩きつけたところを中心に窪み、啓に向け地割れが襲う。飛び出た土の槍が幾重にも重なり驚く間もない速さで肉薄する。

 驚くべきはその発動の速さだ。モーションコマンドによる発動とは思えない、見た目からは想像もつかない速さ、正確さ。

(あんな重そうな得物で……!)

 内心とは裏腹に笑っている。ワンステップで左に動き躱す。速くてもその単調な動きで回避するのは容易なこと。その考えを読んでいたかのように次が来る。

(見た目馬鹿そうだろ?!)

 かなり失礼なことを考えている。功騎の見た目は言うなれば筋肉バカの部類入ると思っていた啓は、先を読まれたことに驚きを隠せなかった。笑っていた表情を引き締め、紙一重で躱していく。

(カッー。流石だ。あの映像だけじゃ読めなかったがここまでやるとは)

「やっぱすげぇよ、啓!」

 尚も続く連鎖攻撃。その間に功騎は啓を褒める。楽しそうに笑っている当たり本音なのだろう。

 返す言葉が出てこない啓は行動で返すことにした。

 "紅"を下から上に振り上げる。迫る地割れとは別に地面が盛り上がる。そこから噴き出してくる炎の柱は渦を巻く。さながら炎の小型台風だ。どんどんと周りの酸素を吸っているのか勢いが増す。

「おいおいおいおいっ!? 冗談、だ……ろ。こりゃ――Aクラスのスキルじゃねぇ、か」

 スキルランクAは一度に複数――三桁の人を仕留めるための技だ。これが使える者は特待生でもそうそう居ない。

 だがそれにしても規模が小さい。と言うのも啓が出力を押さえているからだ。それでも触れれば一瞬で焼け焦げるほどの熱量。明らかに自分が不利なことを物語っている。

 そして負けを伝えるかのように――技名を放つ。

「"獄炎"」

 地の底から放たれた、という意味を込めてつけられたその名に相応しい威力に身震いする。恐怖が体を支配しかけるのを下唇を血が出るまで噛み、抑える。

「ぜってー負けねぇ!」

 ガキンッと火花が散るほど強く打ちつけあう。

 功騎のインフィニティーフレームは本来、攻撃を目的としているものでは無く、その円錐表面で受け流し、カウンターで戦うスタイルが主な戦い方として造られている。だが性に合わないという理由だけで違う戦い方をしていた功騎は今日初めて、インフィニティーフレーム『地龍』の本来のスタイルで戦うことにした。

 "獄炎"がゆっくりと、だが確実に功騎向かって行く。その間も突き出た岩を飲み込んでいき粉砕し攻撃の一部へと変換する。

 功騎は避けようとしない。いや、正しくは避けることが出来ない。プライドがそうさせているのではなく『地龍』が重すぎるからだ。振り切るのであれば重力により問題無いし、今までの自分の戦い方から腕の筋力を鍛え、それなりの速度で振うことが出来るようにしてきた。だが足の筋力は並よりも鍛えてきたが『地龍』を装備した状態では満足に走ることが出来ないのだ。

 だから元より逃げることを考えておらず、腕を折りガード態勢をとる。

「功騎。降参するべきだ」

 啓が憐みやそんなことなどでは無く本気で心配し降参を奨める。

「それはコーキに失礼だよケー君」

 細い目で睨むようにアルが啓を見て続ける。

「コーキは本気で君とぶつかろうと、絶対勝とうとしている。なのに、君はそんな言葉を投げかけ、彼を侮辱している」

 アルが間延びしていない真剣な声音で話す。

「……悪い」 

 啓は自分に呟くように謝罪の言葉を並べた。

 "紅"を再度強く握りしめる。紅い光を輝かせると"獄炎"の規模が膨れ上がっていく。ドーム限界の高さまで上り炎をまき散らす。

「勝負だ、功騎!」

「うしっ、来い! 啓っ!」

 固唾を飲むクラスメイト達。この一撃で勝敗が決まるだろう。

 左手を前に突きだすと、スピードが上がる。

 迫る強襲に功騎はヴォイスコマンドを放つ。

「"土塊の檻"」 

 静かに、だが力強く発せられたスキルに、呼応するかのように周りの土が盛り上がり何重にも功騎を包んでいく。

 衝突する二つのスキル。易々と一枚目の障壁が破られる。二枚目、三枚目、四枚目と砕けていく。それに比例して"獄炎"の威力も下がっているのが、目に見えて分かる。そして最後の一枚となった時、止まった。ぶつかり合う二つが、時が止まったかのように静止した。静かなそこで聞こえるのはメラメラと燃える炎と砕ける岩の音。

 どれくらい経っただろうか。静寂を破ったのは岩の壁が崩れさる音だった。

「う、うそ……」

「無道君の……勝ち?」

「ど、どうなった、の?」

 クラスメイトの零れ落ちる言葉の端々が聞こえてくる。

 しかし啓は自分が勝ったとは思っていなかった。

 砕けたドームの中心で功騎が大の字で倒れている。呼吸も荒くなっている。

「精神力が尽きたな。あのままなら俺が負けてたよ」

「ハァハァ。もっとマシな嘘つきやがれ」

 啓の手を掴み起き上がる。

「ブラボーブラボー。流石だ。俺たち特待生以上と噂される。無道啓君」

 唐突に後ろから声が聞こえた。人垣を超えて来たのだろうか? 振り返って見てみると赤いネクタイが似合う貴公子のような容姿持つ少年が拍手をしながら近づいてきた。

 女子達はキャーといいながら黄色い声援を送る。

「誰、あんた?」

 不機嫌な感じで訊くのも無理ない。今しがた戦ったばかりで互いに話したいこともある中で近づいてきたのだから。

(空気読めよ)

 愚痴を零すも言葉には決して出さなかったのが唯一の良心だろう。

「あー。すまない。俺は樹陽人。日本の特待生だ」

 日本の特待生と言う部分を強調しているあたりプライドが高い証。口調も明らかに上から目線だ。

 不平不満があるものの、転入したばかりということで敵はあまり作りたくない。

 だから頭を一度冷やし冷静さを取り戻していく。

「俺は知っての通りだ」

「俺は思うんだ。強者は在るべきところに居て、その中で友達をつくるべきなのだと」

 いきなり語りだした自論にどう反応すべきか迷っている啓に目もくれず続ける。と、そこへまたもや、音もなくルミアが近づいていた。

「彼は自分に酔ってるタイプなんだよね。私はああいうタイプ苦手」

「今ので俺でも分かったよ」

「でだ。俺は思ったんだ。君は麒麟なんて似合わない。俺らと同じ朱雀に来るべきだ。そんな野蛮な奴や、そこの出来そこないと居ないでね」

 汚物を見るかのように、目で功騎と芳埜を指す。功騎は疲れ切った体に鞭を打ち、啓の肩を離し、睨みながら一歩進むも、倒れかけアルに支えられる。芳埜の表情は暗く俯いて無言だ。

 隣りのルミアですら表情を変えている。

 そんな視線すら気にすることなく――見えていないというべきか――啓に手を差し出した。

「さあ、俺らが真の友達でいるべきだ」

 啓は笑い。近づいていく。

 功騎、アル、ルミアは目を見開き、愕然とした表情となる。言葉も出ないといった感じだ。

「流石だ。分かっているじゃないか」

 手の届く距離まで行くと、差し出された手を――

「ハッ。馬鹿か。俺は男と手を握る趣味なんて無いんだよ。お前が美少女なら考えてやったわ」 

 鼻で笑うと――思いっきり払った。

 何が起きたのか分かっていない陽人は、薄ら笑いを浮かべ空を切った手を見つめる。

「こ、れは……なにか、な? ……夢か、何か……だよな?」

 切れ切れの言葉に聞く気もない啓は、台詞を遮り続ける。

「お前なんかより、こいつらと一緒の方が何倍も楽しくなるってのが見え見えだっての」

 呆然と立つ尽くす陽人。

 身を翻し功騎たちの元に戻った啓。

「心配した……まさか手を握るかもって」

「ばーか。俺はああすると思ったぜ」

「一番驚いてたのコーキだと思うだけどな~」

「る、るせぇ」

 それぞれの心配は無駄に終わった。三人はそれぞれ胸をなでおろしていた事を悟られない様に口々に冗談を言って行く。

 啓もそれを笑って相槌をうつ。

「お前……後悔するぞ。俺を――俺を敵にまわしたことを!」

 睨みながら吐き捨て、朱雀のいる方へ去る。

「ああ。俺も後悔させてやるよ。仲間を侮辱したお前にな」


 無事に終えた(?)実習は約三時間に渡って行われた。啓の腹の虫は朝から何も入っていないことに怒り、不満を露わにしたようにグーと大きな音を立てる。

「やべえ……死にそう」

 隣りでも同じように虫が唸っている。

「飯……飯……」

 汗をかいた体はアリーナに取り付けられている各クラス用のシャワー室で流し、速乾性の高い制服はものの二分程度で水分を飛ばし着心地の良いものに戻っていた。

「にしてもこの制服すげぇな……」

「これは、内側が超吸水性で外側の防護機能で生まれる熱エネルギーを使って乾かしているんだよ」

 芳埜が調子を取り戻した口調で簡単に説明をしてくれた。

(やっぱりあの時のは……)

「どうしたの、啓君?」

「なんでもないよ、渡世」

「んー」

 ルミアが急に唸りだした。

「どした?」

「いやね。私だけ苗字ってのも変な気がしてね。ついでに言うと私にも姉さんいるからね」

「へー。要は?」

 わざとらしく聞き返す。ルミアが半眼を作るも、軽く受け流す。

「ハァ~。もういいよ。私の事もルミアって名前で呼んでくれないかな? ってことだよ。……啓君って性格良いよね」

「褒めても何も出ないぜ?」

 皮肉をあえてそのままとられたことで、またもやルミアはため息をせざるを得なかった。

 軽口では啓に軍配が上がるようだ。

 ふと、啓は目についたものに意識を集中する。

「なあ、あれなんだ?」

 アリーナからクラス麒麟のある棟へと移動するため中庭を通っていると、古びた、でも大きな扉を見つけた。

「あれはちょっと特殊なものらしいよ」

「らしい?」

「ヨシノン解説を」

 いきなり話を振られ吃驚するも、ゴホンと咳払いをして応える。 ちゃんと話を聞いていたようだ。

「あれは"天道衆"と呼ばれる特殊なメンバーだけが立ち入ることのできるエリアだそうです。"天道衆"は特待生と教師からの推薦を貰ったメンバーの事で、実力は学院でもトップクラス。所謂、化物揃いの集団ってこと」

「時機に啓も呼ばれると思うぜ?」

「何故?」

「稀有な力を持ってるからだね~」

 稀有な力とは他人のインフィニティーフレームを使える事だろう。

 しかし意外な答えを啓は返した。

「でも俺入らないと思う」

「「「ええ?!」」」

 全員が口を揃える。

 それもそのはずだ。"天道衆"に入るということは名誉なことで、選ばれるだけで学院での評価はうなぎ上り。それを自ら放棄するなど聞いた事もない。

「いやいやいや。お前な、色々あるんだぜ。食堂のメニュー半額とか、授業単位+一とか」

「そんな権力要らないな」

「権力って……」

「仲間と同じ目線に立ってる方が性に合うんだよ。……と話が逸れたか、中はどうなってんだ?」

「普通にそんなこと言えるケー君に驚き桃の木山椒の木~」 

「さぁ?」

 功騎が肩を竦める。他も各々が知らないと身振りで教える。

「そっか」

 頷き止めていた歩みを進めた。







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