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創刻のルーラ  作者: 天城 枢
桜 転入編
2/11

一章

 天道学院、女子寮、エントランスには大きなニュースが舞い込まれていた。一つは華凜にの敗北。一つは転入生だ。

 この年頃の女の子ということで噂話は好きなようで国籍問わず仲良くひそひそ話で盛り上がっている。

「おねーさま、見ました?」

「どれのこと?」

「これですよ、これ」

 と一人の女子生徒に群がるように複数の女子がテーブルを囲み座っている。

 その中心に居る女子生徒に隣りの生徒が生徒手帳兼携帯端末を使い、とある掲示板を見せた。

 そこには啓が"紅"を使っている画像やそことは違うアングルから撮られた"星炎"を放っている映像など様々なものがアップされている。それを見た時に手に持ったカップとソーサーを危うくも落としそうになる。

(これがあのじーさんの言っていた転入生だな)

 見た瞬間にそう感じ、思う。

「どう思いますこの子?」

 その問いは女子らしくあるように思われるがその目つきが少々変わっただけで違う内容だと分かり、答える。

「かなり強い。多分あたしよりも」

「え、ウソ」

「そそそんな」

 それぞれが違う言葉を漏らすが、それらから感じ取られるのは皆同じ感情、――驚愕だ。この中心に居る少女はフレイヤ・ハーミット。特待生の一人で純粋な力だけでなら学院一と呼び声高い。そんな少女からの台詞に周りが驚かないのも無理はない。いやむしろ当然と言うべきか。

 フレイヤは映像の途中で啓と目線が合ったと感じ取る。

(カメラがあるのに気付いてるのかっ!?)

 今度は声を漏らし目を見開き驚いていた。


 

 同刻、とある教室。優雅に紅茶を飲む少女が居た。茶葉の芳醇な香りが部屋を包む。後ろには執事と思しき老齢の男性が彫刻の様に動かず待っている。

 少女が一息つくと、執事の男性は懐よりタブレット端末を取り出した。

「お嬢様。これを」

 タブレットに表示されているのはこれまた同じ掲示板だ。

 執事からタブレットを取ると、頬杖を突き興味がないのかあるのか分からないような視線を画面に向ける。

「ふ~ん。強いじゃない」

 表情を変えず、ただ呟くような声。ただ本当に興味が無いような声音。

 だが次の瞬間には変わった。

 映像の方が自動的に読み込まれ映し出す。

「彼の持ってるのは華凜のインフィニティーフレームよね?」

「左様です」

 物静かに答える執事。

 執事の肯定に先ほどまで無表情だった表情が変化する。

「興味が湧いたわ。少し会いに行きましょう」

「畏まりました。エミリアお嬢様」



「……迷った」

「何故迷うのじゃ」

「完全に迷った」

 手に持った携帯端末を使い学内の地図を見る。だが何故か啓は地図通りに行っているはずなのだが目的の場所にたどり着かない。

 確かに啓にも少なからず問題はあるだろうがこの学院にも問題がある。無駄に広いのだ。そのためこうして新しく来る者達はほぼ全員、地図を使っても途中で方向感覚が狂ってしまう。

 啓はとうとう疲れゲンナリとした口調となり、肩に乗り疲労など全く感じられないヨーコは半眼となり突っ込みを入れる。

「あ゛~、俺もうこのまま飢えて死ぬんじゃね?」

「それは無いと思うのじゃが」

「ん?」

 地図に沿ってなのか曲がり角を曲がると一人の男子生徒と女子生徒それとその後ろに老齢な男性が居た。

 男子生徒は普通の制服で、女子生徒の制服は華凜の着ていたものとは少しデザインが違う。老人の方は屈強な体をスーツで包み姿勢を正し銅像の様に動かない。

(ふむ、かなり綺麗な人だな……ここの生徒と……執事? か)

「エ、エミリア様ッ。どどどおうかおお俺と付き合ってくださいっ!」

「……」

 蔑むような視線を足元に這いつくばりながら乞う男子生徒に向ける。

 そして躊躇なく頭を踏みつけた。心なしか男子生徒の表情は苦痛というよりご褒美を貰った子供の様な、緩んだ表情をしている。

(……ドMとドSの茶番か…………)

「……藤野」

 横をすり抜けるとき一瞥し、そう思うのもつかの間、横に居たはずの執事がいきなり目の前に現れる。ぶつかる寸前に止まりその体格の良さを改めて思い知った。啓より頭一つ以上大きく肩幅も違う。彼自体は平均的な男子より骨格は良い。といっても十六歳での平均よりやや上なだけだ。

 だがこの目の前の老人はその顔にある皺、無精髭が無ければ三十代に見えるほどの顔立ち、体つきをしている。

(で、でけぇ)

 頭を軽く下げ謝罪し、横を通ろうとするもまた目の前に現れる。幾度かこれを繰り返す。啓が折れ半眼を作ると、訊く。

「なんでしょう?」

 明らかな不満声だがそれでも執事は表情を崩さない。

「用があるのは私よ」

 後ろに振り向くと執事を従えている少女が金髪をなびかせながら透き通った、良く通る声でそう言った。

 這いつくばっていた生徒は、もうどこかに行ったようで見当たらない。

(すげぇな、様になってる当たりが、ほんと)

「え、っと……誰ですか?」

 もちろんこのような美しい少女を知らない啓は頬をかきながら名前を訊いた。

「私は三年、ドイツ特待生エミリア・フリューゲンよ。覚えておきなさい無道啓」

「は、はぁ」

 と返事を返すもいきなりのことに苦笑いしかできず困り果てる。

「藤野、『これ』、であっているの?」

 『これ』という言葉に反応する。それは自分を人としては見ておらず『物』と同じ扱いをしてきたことにだ。少なからずの嫌悪感を覚えるが自分より年上ということで態度には出さす黙って目を細める。

「はい。彼が無道啓で間違いありません」

 執事がまたいつの間にかエミリアの後ろにいることに関して啓はもう驚くことは無かった。なぜならそれは拍子と呼ばれるリズム、感覚を使った戦闘術の一種を用いたにすぎないからだ。

(このじーさん……強いな)

「そう。まあ良いわ。あれも偶然か何かね。期待するほどの実力があるのか怪しいわね」

 全身を下から上へと目線を動かす。まるで値踏みをするかのようにだ。

 一通りそうした後、エミリアは踵を返し歩いていく。

(ふむ、なんかイラッとしたな♪)

「主よ、その顔はどう考えても良からぬことを考えておる顔じゃろ?」

「ん? バレたか。だが止めんなよ」

 そう言うとすぐさま行動に移す。

 啓は気付かれぬよう後を追いかける。後二メートルといったところで執事が気づき手刀を薙いでくる。 だがそれはわざと気づかせたのだ。

 懐に入りエミリアの後ろを取ると手を振りあげる。

「秘儀『スカートめくり』」

「きゃっ!?」

「ふむ。紫のレースかいかにもお嬢様といったところか」

 秘儀でもなんでもない、ただただスカートを捲っただけだの破廉恥極まりないものだった。

 当然エミリアの顔は赤面。今までの態度が嘘のように少女らしい悲鳴を上げる。

 執事の方も失態をしてしまったと言わんばかりに顔を青くする。それも実は半分で内心では自分の攻撃を余裕を持って躱したこの少年に驚き、青くしている。

「役得役得~。んじゃエミリア先輩。覚えましたからね、ちゃんと。紫のレース」

 そのまま廊下を進んでいき曲がり角を曲がって行った。

「フフフフ」

 啓の去った後を怪しい笑いで見つめる。

「すみません。お嬢様」

「良いのよ。ただ藤野をあそこまで簡単に躱すとは、ね」

 その笑いは改めて興味が湧いたという証だ。

 違う意味でまた高揚とさせた顔を隠すこともなく露わにし、指先をぺろりと一舐めした。

 その手には唾液で軽く湿った紙切れが握られていた。



「主よ……」

 呆れたような視線を送る。その突き刺さる視線を軽く流しながら目的の場所へと着実に近づいていた。

「後200メートルぐらいか。よしよし」

「それより主よ。先ほどあの小娘に何を渡したのだ?」

「お? 気づいていたんだ」

 本気で驚いたようで関心する。

 ヨーコの頭を軽く撫でると甘い声を一緒に漏らす。

「当然じゃ。主は、我を甘く見ておるだろう?」

「ん? 確かに下は甘そうだな~」

 横目でヨーコを見ながら呟く。もちろんそれを聞き逃すような甘いことは無い。

 ドスの利いた声で告げる。

「主よ、一度死んでみぬか?」

 返答すら待たずに口、鼻に尻尾を詰め込む。

「お、おぅおもほうお――――っ!」

 最初は声にならない声を上げ自分の足を叩き降参のポーズをとるが前科があるためヨーコは無視して続ける。と、ここでピタリと暴れるのが止まると呼吸ができなくなったのか突然倒れる。

 まだ登校時間には早いためか廊下には誰も通っていないし周囲に人の気配なども無い。

「ふむ。これはどうしようかの」

 当の本人が他人事のように考えていると廊下の曲がりから人影が二つこちらに向かって歩いてきている。

 二人は啓が倒れていることに気づくと、急いで駆け寄っている。

「だ、大丈夫か?!」

 二人は少女のようで一人は清楚な感じの少女、一人は活発的な感じの少女だ。清楚な少女はダークブラウンのロングヘアーを掻き上げるとゴムで纏める。

「フー。呼吸が出来てないだけで問題無いわ」

 そう言い。左手にはめた指輪に触ると幾何学文様と光のコードが少女を中心に展開されていく。インフィニティーフレームの起動時に起こるエフェクトだ。幾何学文様が右手に収束していき、コードが右腕を包んでいく。

(ほう、こやつなかなか)

 ヨーコの感想など知らず真剣な表情で次の工程へと移った。

 構築されたインフィニティーフレームは小手と手袋が一体化したようなデザインで青系の色をしている。小手の部分は流れる水のような彫刻が施され要所要所に窪みがあり腕を包む小手の大部分は伸縮性の高いものでできているようだ。手袋は指無し手袋で甲の部分に大きな水晶が取り付けれている。

 その手で啓の胸元に触れる。

 トーンと金属が響いたような音と水の波紋が啓の体がビクッと反応する。

「……ケホケホッ。――真っ白だと……!?」

 啓は咳き込み、ぼやけていた視界がクリアになって行く中で暗がりではあるが純白の布地が視界の八割を占めていた。さらに女性の使ったであろうボディソープの香りと女性特有の香りが鼻孔を擽っていく。右に左に目線を動かすと何かを包んでいる黒い生地がありその奥はムニムニとした色素の少し薄い染み一つない肌色が見える。

 まだ自由とは言い難いがそれなりに動く体を使い指先でその肌色の部分を押す。

「ひゃあ!?」

 女性の高い声と一緒にその肌色部分がビクッと反応する。それが面白いのか啓は調子に乗って触って行き、さらに上へと手を持っていく。そこは純白を中心に少し膨らみができその両側から肌色が見えて黒色の生地へとグラデーションしている。

 そーっとその白い突起しているところに手を伸ばすが――、

「うごえふる!!?」

 お腹に異常なほどの衝撃を受け体がくの字に曲がる。幸か不幸か、そのおかげで顔面が白い山に触れる。

「ひゃっん」

 嬌声が上がると同時に視界にはLED蛍光灯のまぶしい光と人影が一つあった。

 人影が動くとこぶし大の大きさの何かが眼前へと迫る。

 いや、正真正銘、まごうこと無き拳だった。

 気づいた時には啓の意識はまた暗闇の中に飲み込まれていった。



「結衣、大丈夫か?」

「ええ」

 意識が復活した時は何故か別の場所に来ていた。さらには目の前で青筋を立てている少女と、啓が起きた事に気づき背筋が凍るような目つきで睨む少女の2人が居た。

 目線を下に向けると体は縄で縛られ、"紅"は取り上げられていた。

 「主は馬鹿だ」と言わんばかりの視線がさらに追い打ちをかける。

「ふむ。これは逆レイプというやつか」

 何故周りを見て考えた結果がこれなのだろうと感じる二人と一匹。

「んなわけ、有るかっ!」

 やはり突っ込みが入った。

「お前はさっき何をしたのか分かってるか?」

「知的好奇心を満たすため未開のエリアに侵入、そして検証のため触れました」

 真顔でそう答える啓に怒りを通り越し呆れて頭を抱える。

(すまん、本当にすまん。こやつは馬鹿なのだ。どうか今回だけは不問にしてはくれぬだろうか?)

 ヨーコがその小さい体を目一杯使い謝罪の態度を示す。

 普通ならば驚くだろう。狐が頭を下げ、いかにもなポーズをしたら。だが問題は別なのであえて突っ込まず、ただ二人は納得した。

「結衣、許してやれるか?」

「ハァ……しょうがないわ。あれは私の不注意もあったもの」

 改めて思い返すと自分のいた場所、行動、状態が招いたものだと客観的に考えた結果から結衣は許すことにした。

「??」

 今だ分かっておらず頭に?マークが浮かんでいる啓はどうしたらいいのか分からず唸っていた。

「結衣が言うなら許すが……――お前この武器は何だ? どうしてここに居る?」

 一瞬、本当に一瞬だけだった、張りつめた空気が元に戻ったのは。

 問う内容としては当然のことである。本来ならば持っているべき者が持っておらず、さらに掲示板にアップされた動画などを含めて考えれば想像に難くない。

 先ほど以上の威圧的な表情を見せる少女に啓は臆することもせず質問で返す。

「そっちの子は結衣って名前で分かるんだけど、君は?」

「フレイヤ・ハーミット」

 表情を一切変えず答えた。

「お、おお。貴方が2年特待生の一人、フレイヤ先輩でしたか。ならそちらは御園生結衣先輩とお見受けしてよろしいでしょうか?」

 わざとらしく声を張る。

 フレイヤは顔をしかめるがそれを気にも留めることなく啓は続ける。

「なら言うしかないですよね。これは華凜先輩より預けていただきました」

「その証拠は?」

「華凜先輩に訊けば分かります」

 躊躇いもなく切り返してきたことに少なからず動揺し目線を結衣に送る。

 すると、もう隣りで結衣が携帯端末を使い連絡をとっているようだ。

 結衣の表情が変わったのを確認したことでフレイヤは本当なのだと分かり、疑いの目は解かれていないが幾分かマシにはなった。

「本当のようだな」

 体を縛っていた紐が光の粒子とコードとなりフレイヤの手元へと集まり黄色いミサンガに変わる。

(あれは量産系のタイプか)

 解かれると刹那の時間で確認した啓は若干自分に呆れていた。

 それは自分がその程度のもので縛られていたことに、だ。

 同時に気になることも出てきた。エミリアの本来使っているインフィニティーフレームだ。特待生なのだからオリジナルの物を所持しているはずだが、何故かそれらしきアクセサリーを見つけられない。というのも目に映る範囲ではアクセサリーが量産系のミサンガしかないからである。

 その視線がじろじろと見ていたようなものに感じ取ったのか、フレイヤは訝しげな表情を作る。

「すいません、先輩」

「気になるのだけれど、何故貴方はフーや私を先輩って言うのかしら?」

「それは今日から俺がここに転入するからですよ」

 二人は一斉に驚いた。

 掲示板に乗っていた人物の関係者かと思っていたがまさか本人とは思わなかったのだ。なぜなら啓はその時、私服で今は制服とメガネを付けている。髪の毛も夜だったため暗く判別し辛い。

 だから彼が転入生だと分からなかった。

 ここでチャイムが鳴る。壁にある時計が八時二十五分を知らせる。

「ここまでか」

「ええ、そうね」

 フレイヤと結衣が立ち上がり教室を出て行こうとする。

 流石の啓ですら切り替えが早すぎないかと焦った。

「私たちは生徒会に入ってるから、ルールは守らないと駄目なの。貴方の事はもういいのよ」

(なんと、ドライな) 

「そ、そですか」

 そのまま振り返ることもなく教室を後にする二人の背中を見ながら啓は楽しくなりそうだ、と思い笑ってしまう。

「気持ち悪いぞ、主」

「失礼だなー。――っとそろそろ職員室だっけ? 行かないとやばいよな」

 合計にして約二時間……校舎を彷徨っていたのだ。


 

 漸くの事で職員室に到着した啓は担任の前へと居た。

「君が無道啓ね。私がクラス麒麟を持ちます、担任のエウシュリア・クルート。気軽にエウ先生と呼んでください」

「はぁ」

 啓が抜けた返事を返すのも無理はない。

 この先生は全く持っての無表情なのだ。気軽にエウ先生などと呼べるか、と思うほどに。

「それじゃあ、行きましょうか」

 椅子から立ち上がりスタスタと歩いていく。

 啓もその後に続いていきながら考え事をしていた。

(なぜだろうか、見られてる気がするぞ)

 それを悟ったヨーコが横で相槌を打つ。

「あっておるぞ、場所は特定できぬが確実に視られておる」

 昨日のカメラは簡単に気づくことができた。それは微かな駆動音と光から場所と、何か、判別でき、敵意がないためそのままにしておいたが今回のは違う。

 敵意は感じられない。だが場所が特定できない、誰なのか分からない。この二つが歯痒さを生む。

 だからこそ啓はそいつに気付かれない様にポーカーフェイスを貫き、あたかも知らない風を装っている。

「って先生、今からどこ行くんです?」

 不意に周りを見たところ校舎を出ているような感じなのだ。

 周りは壁だらけで窓の一つも見られない。後ろに唯一クラスから漏れだしてきている笑い声などが聞こえる程度。

 だから問うたのだ。

 その答えはすぐに返ってきた。

「実習場よ」

 なぜそこなのか、と疑問が頭に浮かぶ。

 普通の学校ならば自分のクラスに行き自己紹介をして――――という流れのはず。

「貴方に会いたいという人が居るのよ」

 更なる疑問が解決したが不安も出てきた。

 実習場。会いたい人。この二つを連想させるもの。――試合、模擬戦などの戦いだ。

 そうこう考えている間に長い廊下を抜けた。

 全長五十mはくだらないほど広く。天井も二桁はあるほど。無数の照明がその広い空間を照らしている。

 明かりに目が眩んでいたが徐々に慣れてきたころに人影が見えた。

「いや~。先生悪いですね。今回は急きょこのようなことをして」

 エウに親しげに話している。見たところ優しげな好青年といった感じだ。

「あー、すまない。無道君。僕は天野江あまのえ伸録しんろく。三年生で生徒会、会長しているんだ。よろしく」

 手を差し出されたので同じように出し握手を交わす。

 その様があまりに成れていたと思った。

「よろしくお願いします」

「互いの紹介も終えた様ですし、そろそろはじめましょう。二人はそこに居てください」

 目視では十mほどまで離れたところで止まり、マイクだろうか? 何かを握った。

『それでは説明します。今から天野江君と軽く模擬戦をしていただきます。全力でやってください』

「ってことなんだよ」

「そすか」

(軽くで全力ってなんだよ……)

 互いに背を向け距離を取って行く。今から行われるのは試合というのに、足取りは二人とも軽い。啓に至っては欠伸までかましている。

「大丈夫なのかの……」

 ヨーコは不安が募っていくばかりだ。

 相手は三年生で生徒会長。実力は未知数だが強いのは確実だろう。それが分かっていて尚もこういうことが出来る。

(肝が据わっているというべきか能天気というべきなの、か……分からぬ)

「男とやりあうのはなんかなー」

『それでは準備をしてください』

 伸録は右人差し指に黄系の宝石が嵌められた指輪に触れ、右に手を伸ばす。

 啓は左手首のミサンガに触れ、前へと突き出す。

「展開――"雌黄"」

「展開――"紅"」

 伸録の指輪より黄色のコードと紋様が浮かび、動きながら形をかたどって行く。大きさは七十cm程度の刀を模している。それを開いた手を閉じ掴み獲る。光は弾け、紋様は砕け、コードを薄く溶けて行く。

 啓もミサンガより同じようなものが出るが決定的な違いが出る。伸録の"雌黄"を光り輝く太陽のような温かさ、光のような煌きというならば啓の"紅"は全てを燃やし尽くす炎、紋様とコードだというのにその迫るような迫力。

 似たようなものだが、違うその二つが顕現される。

「では――始め!」

「それじゃあ、僕から行かせてもらう、よっ!」

 瞬間的な加速に驚くが、距離がそれなりにあったため対応出来た。上から襲ってくる剣閃を振り上げた"紅"で受け止める。そのまま体を左に流し刀を滑らせる。

「っ!?」

 刹那の間に起こしたその行動に伸録は驚きもしたが先輩として意地だろうか、前転をして反撃の一撃を躱す。

「す、すごいなぁ。僕の初撃が躱されるなんて、驚きだよ」

「"雌黄"のスキルでそう言えば一瞬で距離を詰めるのがあったなって、程度ですよ」

「そんなぐらいで避けられるとすごく困るんだけど」

「次は俺から行きます」

 伸録ほど速くはないが距離を詰め横薙ぎに振う。刀身部分がやや短い"紅"は懐に入り込む必要がある。――普通の斬撃ならば。

 モーションコマンドによるスキル発動。剣の軌道から爆ぜる音が聞こえてくる。"星炎"を無差別範囲攻撃ならばこちらは特定範囲を攻撃するスキル。

 だが相手もそれは承知していた。決して交えようとはせず身を下げ回避していく。

 攻防の切り替えが始まった。それは啓の剣が振り切れた後に起こった。

「――輝線煌道きせんこうどうッ」

 刀の軌跡を追うように激しい光が放たれる。その光が力の奔流だと見て取れた。あまりに純粋な破壊の意思に怖気る。

 が、啓はそれを歯を食いしばり耐えた。ここで引けば更なる追撃が来ると分かるからだ。尚も無数に迫る、光の斬撃。

(光は防ぐことのできない一撃。ならどうするか……)

 選んだのは前に進むことだった。しゃがみ、前に飛び出す。横を通り抜けその瞬間に薙ぐ。

 ――グッと痛みをこらえる様に顔を歪めた。

『そこまでっ!』 

 エウの終了の声が響く。時間は二分も経っておらず、早期決着だった。勝者は――伸録だった。

 痛みを堪えていたのはカウンターを貰った啓の方だ。脇に喰らった打突部を押さえ込む。制服は防護性能が備え付けられているため、出血はしていない。それでも痛い物は痛い。服の下は青痣が出来ていた。

 顔を上げると、伸録が手を差し出していた。空いている左手で掴み、上げてもらう。

「お疲れ様。いや~強い、強い。ほんと焦ったよ。――と言うか今さらだけどそれって華凜のだよね?」

「彼は君と同じ特殊系よ」

 戻ってきたエウが啓に変わり疑問に答えた。

 その答えで満足したように「そうかそうか」と呟いている


「お前……俺の服ん中入ってたろ。危ないぞ?」

 エウの後ろを着いて行きながら啓はヨーコと話す。

 あの後、手続きなどを済ませるためにと、伸録たちとは分かれ、こうしてエウに着いて行っているのだ。

 手続きといっても、ただ書類にハンコや生徒手帳を貰う程度。

 さらに試合中は感じられなかったが、また謎の視線を感じる。

「我があの小童程度には後れを取らぬわ」

「伊達に生きてねえな」

「着きましたよ。どうぞ、中に入って」

 豪華な扉の前でエウが止まり開ける。

 促されるまま中へと入ると、さらに驚く。扉の比ではないほどの豪華な造りをしている。これが学校の施設の一つでいいのかと思うほどに。その先に逆光で見えにくいが誰かが居るのが分かる。

 歩みを進めていき認識できる距離にまで近づく。

「やあやあ。啓君」

「貴方がこの推薦状の……」

「ああ、そうだよ。儂がここの理事長さ」

 見た目以上に若い精神の持ち主なのか、喋り方がとてもフランクだと思う。 

 それを感じ取った理事長は「これでも子がるのだよ?」と言った。

「それで、手続きとは?」

「おお。そうだった」

 引き出しから一枚の紙を取り出し、渡す。

「入寮手続ですか」

「昨日は客として泊めたからな」

 付け足すように「昨日は一人部屋だったろ?」と。

「男女共同の五人、一人が先輩で部屋長となる。ですか。危なくないですか?」

「ほっほほほ。若いの。もちろんそんなことなどしたら停学処分だからな」

「ですよねー」

 内心ではウハウハと、興奮していたが理事長の言葉に現実へと引き戻される。

(やはり、馬鹿じゃ)

「……で気になるんですけど、メンバーと比率は?」

「行っての楽しみだ」

 ニヤニヤと言う当たり、何らかの悪意を感じるがそれを受け流し、頷く。

「では失礼します」

 回れ右をして部屋を出ていく。外ではエウが待っていた。

「それでは教室へと行きましょう」





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