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 びょういんに行くと、お母さんはベッドの上でうんうんうなってた。いたそうなんだけど、このままねてるだけで大丈夫なのかな?

「千鶴は、玉子は食べなかったんだと」

「いのししが食べちゃったんだよ~」

 そのはなしはしていなかったから、おじさんもお父さんといっしょにびっくりしている。

「襲われなかったのか」

「ごはんとられただけ。にらみつけたらにげちゃった」

「……そうか」

 なんかまたお父さんが、ふくざつそうなかおをしている。


「で、どうなんだ?」

「陣痛の間隔が開いてるから、まだ時間がかかるらしい。今のところははっきり分からないが、ここで夜を越すことになりそうだ」

「……千鶴はどうする?」

「出産が予定外に早まったんで、面倒見てもらう当てが外れたんだ。うちの親父たちは旅行中だ」

「そりゃあ、またタイミングが悪いな。……家に連れて行ってもいいが、あまり勧められない。どうする?」

「……どこかホテルでも泊まらせるか」

「一人で?俺は無理だぞ、明日は出張だ。神社本庁での会合」

 お父さんのみけんのしわが、すごくふかくなる。

 そっか、お父さんはお母さんにつきそいするんだもんね。わたしがいえで一人になっちゃうから、しんぱいしてくれてるんだ。

「わたし、一人でもへいきだよ」

 お父さんは、しゃがむとわたしのかおをまっすぐに見た。

「俺が心配なんだ。……千鶴、おじさんの家に泊まるか?ただ、約束してほしい。家の中でもなるべく一人にならない事。叔父さんか和哉君のどっちかの側に必ずいること」

 わたしは、このあいだのお兄さんのことを思い出した。へんたいだからしんぱいしているのかな?

「あともう一つ。もし、誰かに会って食べものを貰っても、絶対に食べないこと。できるか?」

「おじさんちのごはんは食べていいんだよね。知らない人からもらったものは、食べちゃいけないのね?」

「そうだ」

「うん、分かった」

 こっくりうなずくと、お父さんはあたまをなでてくれた。おじさんが小さなこえで「ヨモツヘグイか」って言ってる。なに?ヨモツヘグイって。

 きいてみても、おじさんもお父さんも「何でもないよ」ってくびをよこにふるだけ。だいじなことだったと思うけど、おしえてくれない。


「なーに話ししてるの~?」

 お母さん、今はいたくないみたいで、わたしがちかくに行くとわらってくれた。

「ごめんねぇ、千鶴。玉子食べなくて良かったよ~。お腹痛かったせいで、赤ちゃんが早く外に出たいってなっちゃったの。帰ったら一人でびっくりしたでしょ」

「ううん、おじさんがまっててくれたから。玉子は食べちゃったいのししがどうなってるかわかんないけど、わたしは食べたかったよ」

「赤ちゃん産んだら、もう一回つくるから、楽しみにしててね」

「うん、分かった。お母さんがんばって」

「ありがと。がんばるから、千鶴もいい子にしていてね」

 お母さんはそう言ってあたまをなでてくれた。玉子のおなかのいたいのは、ぜんぜん平気みたいね。


 お母さんの手をにぎってから、びょういんをでた。




 おじさんのいえは神社のけいだいの中だから、かいだんの下までは車でいけるけど、その先はどうしても自分の足でのぼらないといけない。

 このまえ行ったばかりだけど、えんそくでつかれいるせいか、のぼっているうちにだんだんだるくなって来ちゃった。いきがくるしくて、ちょっと気もちがわるい。玉子はたべなかったんだから、そういうのとはちがうよね。

 神社につづくかいだんのとちゅうで立ち止まってやすんでいたら、

「どうした?」

 先にあるいていたおじさんが、こっちをしんぱいそうに見おろしてた。

「なんかだるいー」

「ああ、今日遠足だったもんなー。よし、叔父さんが抱っこしてやろう」


 おじさんがそう言ってかいだんを下りてきたんだけど、びゅーってすごくつよい風が吹いて来て、あわてて目をつむって風がやんでから開いたら、このあいだのお兄さんが立っていた。


「あれ、おじさんは?」

 わたしのきいたことにこたえないで、お兄さんさんはわたしのすぐそばまできてじーっとこっちを見てる。

「そなた、穢れに触れたな?」

「何のこと?」

「気分が悪いのであろう?参道は既に我が結界内ゆえ、そなたの体についた穢れを排除しようとしておるのよ」

 何いってるか分かんない。でも、今は気もちわるくないよ。

「えーっと、よごれてるっていうこと?」

 お兄さんはまたこたえなかった。

「今日はどこへ行ったのだ?」

「えんそくで山にのぼった」

「何があった」

 もしかしてあれかなーと、わたしはしんじ君がひろったもののことや、その時にあったことをはなした。


「なるほど、それだな。穢れたものの近くに長くいたからうつったのだ。巻き込まれたのはそのせいよ。……傷んだ玉子だったと?それはそれは」

 くすくすと、とてもたのしそうにお兄さんはわらっている。

「我がつけた標を見て、ちょっかいを出そうとしたのか。直接は無理であったから周りの者にいたずらをしたが、当の本人から仕返しをされるとは思うておらなかったろう」

「とんぼのあたまって、やっぱりわるいのだったの?」

 お兄さんは、口をゆがめてわらった。こばかにしているみたいに。

「彼奴等に善悪の認識なぞあるものか。神であろうと、ただの妖怪あやかしたぐいであろうと、忘れられたら終いだが、彼奴等に大して力が在る訳でなし。怖がらせて顕示せねば、今の世では消え失せるのみ。……だが、我の標を見ても手出ししようとした事、業腹ではあるな」

「半分くらい、いみ分かんないけど、わすれられるとしんじゃうの?」

「そうだ。我は祀られているゆえにそう簡単に消えはせぬが、路傍に在るモノ共は寄る辺がなければ存在できぬ」

「ふーん??」

 やっぱりいみが分かんない。じんじゃに入れない方がこまる。


「ねえ、入っちゃだめなの?」

「穢れを落とさねば、中には入れぬぞ」

「お兄さんがきたら、きぶんがよくなったけど?」

「それは我のかたわらにいるからだ。一時的なもので根本的な解決にはならん」

「どうしたらおちるの?」

「……そうさな」

 お兄さんは、どこからか赤いいろのうつわをとりだした。

「これを飲むが良い。清めの水だ」


 どうしよう、と、そのうつわを見る。お父さんとのやくそくをおもい出したから。


 でも、お父さんとのやくそくは『食べものを食べちゃダメ』だった。

 これはお水だから……いいんだよね?


 わたしはうつわを受けとった。べつにへんなにおいもしない。ふつうのお水……に見える。


「どうかしたか?」

「ううん、これ、ただの水だよね?」

「清めの水と言うたであろう。山の中腹にある、滝の水だぞ」

「へー。たきがあるんだ」

「ああ、境内の裏庭から道が通じておる」

「そうなんだー」

 こんど行ってみたいな。一人じゃだめなら、かずや君と行けばいいもんね。

 

 わたしはうつわからちょっとだけのんでみた。……なんにもおきない。ふつうの水だ。

 ぜんぶのんだら、さっきとちょっとちがってた。

 つめたくてちょっとあまい水が、からだに入って行くかんじがすごくはっきり分かって、目のまえが白くなる。まばたきしたらすぐにもどったけど、何だかまわりのけしきがすごくきれいに見えた。

 うつわをお兄さんにかえすと、すごくたのしそうにしていて、お水をのんだのはやっぱりいけなかったのかな、とふあんになる。


「お兄さん。……たかとーさん。なんで、そんなにうれしそうなの?」

「秘密だ。……さて、山歩きをして来たのなら、この階段は少し堪えるであろう。我が運んでやろうぞ」

 お兄さんはきょろきょろまわりを見てたわたしをひょいとかかえると、階段を上りはじめた。







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