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虫注意!
今日はえんそくです。
クラスのおともだちと山にのぼるの。山のふもとまではバスで行くんだって。
お母さんにつくってもらったおべんとう、あつやき玉子入れてねってお願いしておいたけど、ちゃんと入っているかな?
おべんとうの時間が今からたのしみー。
「この山は、昔は人が入っちゃいけない場所だったので、道から外れるととっても危ないです。班長さんはちゃんとグループの人が全員いるか確認しながら登ってね。じゃあ、先頭の人に遅れないように付いてきて下さい。出発します」
たんにんの先生がみんなにせつめいしたあと、山のてっぺんをめざしてのぼりはじめた。
「しんじ君、だめだよ道からはずれちゃ」
おともだちのあいりちゃんが、わき道に入ろうとしていた同じグループの男の子に声をかけた。
「なんか光るもんがあったんだよ。すぐ行くから」
しんじ君は止めるのもきかないで走って行っちゃって、先に行くわけにもいかないし、みんなでまっているとほんとうにすぐもどってきた。手に何かをもって。
「なあに、それ。きらきらしてすっごくきれいね」
おくれちゃった分をとりもどそうと歩きはじめてから、あいりちゃんがしんじ君の持っている物を見ながら言った。
何か光ってるものをしんじ君は持っていて、でもね。そのきらきらしたの、へんな光り方をしているように見えたんだよね。少なくとも、きれいには見えないな。
「なんだよ、やらないぞ!」
見んなよ!といきなりおこり出したしんじ君。ぎゅっと手の中にそれをにぎりしめて……つぶれちゃわないかなぁ。
「ねえ、しんじ君。とらないからちょっとだけ見せて」
わたしがお願いすると、ものすごくいやそうだったけどしんじ君は手のひらの中のものを見せてくれた。
「わぁ!すっげえきれいだな!みどり色の……宝石?」
「そうだね。いいなーしんじ君」
リーダーの男の子……たかはし君と、あいりちゃんが次々とうらやましそうな声を上げるけど。やっぱり見まちがいじゃなかった。
「ねえ、しんじ君も宝石に見える?」
わたしがそう聞くと、しんじ君は「当たり前だろ!こんなにきれいなの、はじめて見るもんな」
とじまんそうに言った。
「……うたに出てくるみたいに、ぴかぴかだし、そんなに大きいの見たことないけど……それ、とんぼじゃない?」
「とんぼ?」
「そう。とんぼのあたま」
ビー玉くらいの大きさの目玉が二つついたあたま。
ほんの少しのあいだ、しずかになったしんじ君。
「うわあ!」
ひめいを上げてもっていたものをなげちゃった。それはぽーんととおくへとんで行って見えなくなる。みんなもひめいを上げてしんじ君からはなれた。
「いやぁあああ」
「い、いま。目玉がこっち見た!」
あいりちゃんも、しんじ君も、石だと思った子はみんな真っ青になっちゃっだけど、とんぼの目玉と目があったってびっくりすることかな?
「お父さんにおしえてもらったの。とんぼの目は、小さな目がいっぱいあつまってできてるんだって。だから目があったようにかんじるのはふつうだよ。ほら、もってきちゃったのごめんなさいして、早く行こう。おいて行かれちゃうよ」
わたしがそう言うと、みんなはちょっとおちついたみたい。同じくみの人からすっかりおくれちゃったわたしたちは、とにかく足をうごかした。
おひるごろ山のてっぺんに着いたんだけど、あれからさんざんな目にあった。……しんじ君だけ。
ハチに追いかけられたり、頭の上に黒いのがおちてきたと思ったら、木の上にいたヒルだったり。
「ほら、ごはん食べよう」
半分泣いてるしんじ君をなぐさめながら、おべんとうを広げた。しんじ君が泣き出しちゃってから、みんなすごくおちこんじゃってる。今のところひがいにあってるのはしんじ君だけだけど、あのとんぼの目玉をひろってからねらわれてるみたいになってるので、みんな自分もねらわれるんじゃないかってしんぱいしてるせいだと思う。
「ねえ、ちづるちゃんはあれ、さいしょは石に見えなかった?」
「……しんじ君がもってきたときから、とんぼにみえてたよ」
ないしょばなししてきたあいりちゃんに、わたしもこっそりかえす。
オニヤンマのあたまに見えたよとは言わなかった。オニヤンマはとんぼの中でも大きなしゅるいだけど、ふつうよりちょっと大きかったんで、じしんがなかったから。
「ごはん食べたらもう下りだから、元気だそうよ。ちゃんと食べないとおなかすいちゃうよ」
わたしがおべんとうのおかずを食べようとしたとき。
犬くらいの大きさのなにかが走ってきて、しんじ君のもっていたおべんとうばこをはねとばした。……ついでに、わたしのも。
見事ににひっくりかえっておっこちたおべんとう。一口も食べてない。
走ってきたそれはきばの生えたいのししで、ひっくりかえったおべんとうばこをはなでどかすと、おかずをたべはじめた。びっくりしすぎで声が出なかったけど……。
「お母さんが作ってくれたあつやき玉子……」
土にまみれた上に、食べられちゃった。すっごくたのしみにしてたのに……。ちゃんといれてくれたのに……!
ぎぎぎっと首を曲げてそっちを見ると、むしゃむしゃおべんとうのおかずを食べてたいのししが、おびえたようにあたまを上げてあとずさりした。
「わるいことしたって分かってるからにげようとしてるんだよね。ごめんじゃすまないんだよ。どうしてくれるの」
にらみつけながらそう言うと、じりじりとうしろに下がったかと思ったら、あっというまに方向をかえてにげていった。
「あ、にげた」
あいりちゃんがぽそっとつぶやいたときには、もうすがたが見えなくなってた。
おにぎりはべつになってたから、ぜんぜん食べられなかったわけじゃないけど、たのしみにしていたおかずはダメで、あいりちゃんにちょっとだけおかずを分けてもらった。
山の下り道はふつうにかえってこれた。けど、何事もなかったことをよろこぶみんなとはんたいに、わたしは一人でおこってた。……おなかがすいていたから。
「よこどりしたら、ばちがあたるんだからね」
家に帰ると、なぜだかおじさんがわたしをまってた。お母さんはいない。
「こんにちは、おじさん。どうしたの?」
「あー。おかあさんがなぁ。玉子が傷んでいたらしくて、おなかが痛いって言ってたんだが、千鶴は平気……みたいだな」
「うん、食べられなかったんだよ。お母さん、大丈夫なの?」
おじさんはにがわらいした。
「玉子に中ったのは、大したことがないみたいで安心したらな。赤ちゃんが生まれそうになって、結局そのまま入院しちゃったんだよ。だからこれから病院に行こう。お父さんは先に行ってるから」
「え?よていより早いね」
「ああ、ちょっと早いが、大丈夫だから」
おじさんの車にのせてもらいながら、お母さんの作ったあつやき玉子を食べたいのししはどうなったのかな、とちょっと思った。




