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螢火  作者: 大根葱
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第参幕 2

 時刻は丑三つ時。

 闇の帳の中、煌々と輝くのは太陰。

 今宵は下弦の月である。


 白銀の月灯りは、山に囲まれた平地にある暁都に平等に照らしている。

 太陽ほど激しくはないが、淡い光は優しく人々を眠りへと誘う。

 南大路沿いの中央区と隣接した所に朱天の本部がある。

 本部では必ず二人は在中しており、緊急事態が発生した場合は、此所を拠点として活動する。今宵の当直は頭領の陽炎と、若旦那こと喜之介である。

 二人は供に文机で、横に積んである[陳情書]や[調査書][罪状書]などを整理している。

「なかなか終わらないねェ・・・」

 ふうと溜息を吐くのは朱天頭領陽炎。団子に結い上げた漆黒の髪に、きらりと緑の簪をさしている。

「そうですね。段々文字が読めなくなってきました」

 苦笑いしているのは喜之介。どこか大店の若旦那のような色白の優男であるが、この男、昔より家で篭もるよりは外で遊ぶ方が好きで、てんで書類仕事は性に合わない。外見通り暁都南西にある、恵比寿小路の呉服屋紀野の三男坊であるが、生来よりあやかしものなど〈闇〉が見えるため、朱天で働くこととなった。朱天の大体が、喜之介の生家で安く呉服を買っている。

「やはり私に書類仕事は・・・」

「その台詞は聞き飽きた。さっさと手を動かしな」

「頭領・・・」

 喜之介は眉を下げて呻くと、渋々手を動かしはじめた。余談だが陽炎は意外とこういう机仕事(デスクワーク)は得意である。喜之介が一枚処理してる間に二十枚処理している。劇的に早いのではなく、単に喜之介が遅いだけである。

「永太の方がむいてるんですけどねえ。やっぱり見回りは・・・」

「今日の見回りは永太と螢って決まってただろうが。今更言っても遅い」

「ええ。そうですよねぇ・・・」

「手ェ動かせっつてんだろ」

「はい!」

 眠い目をこすりながら、集中して書類を読み始める喜之介。

 燭台にある蝋燭の火が揺らめき、喜之介の顔に濃い陰影を作る。

 なんとなくそれを眺めていた陽炎だが、ふっと先日聞いた話を思いだした。

「そういや・・・なんだっけな。ああ、思い出せねえ」

「どうしたんです」

「この間、長屋のおばさんの飼い猫を私と螢で探してただろう」

「ええ。確かフクちゃんでしたっけ」

「そうそう、あのブタ猫。じゃなくて、あン時聞いたんだよ。変な噂を」

「変な噂ですかい。もしや大工の要吉さんのとこの奥さんと、棟梁の兵太郎の旦那が浮気してるっていう・・・」

「なんだよそれ。なんで私がそんな話ししなくちゃいけえぇんだよ、今、この時間に」

「いや、長屋のおばさんていうから」

「ていうか誰だよそいつら。知らん人間の話聞いて何が面白いんだよ」

「まあまあ、頭領。落ち着いてくださいよ」

「全く、お前の情報網には感服するが、私が聞いたのはそんな噂じゃねえ」

「どんな噂ですか」

「確かな、見送り雀だったか、鳥だったか。見送られ雀だったけか」

「もしかして、《送り雀》の話ですかい」

「そうそう、それだよ。知ってたのかい」

「ええ。ちょいと小耳にはんさんでおります。何でも夜一人で歩いていると・・・」

 

 夜。

 一人で歩いていると、何処からか「チチチ・・・チチチ」と雀のような鳴き声が聞こえてくるという。鳥ならば人間以上に夜目が利かない。不思議に思って提灯で辺りを見渡すも、人どころか、犬っころ、鳥らしき姿も見えない。

 気味悪いと思いながらも、用心深く歩いていると、ふっと何かが足下をかすめる気配がして、気づいたときには転んでいるという。


「それだけじゃないんですよ。転んでるときにはもう、何かが自分の足を食らい付いていて、痛くて痛くてたまらないそうです」

「だが、不思議と誰も・・・」

「ええ、誰一人、雀の姿どころか、かみついてきた犬だか、狼だかの姿を見た者はいないんですよ」

 あたりは闇で何も見えない。

 提灯は、転んだときに消えてしまっている。

 被害にあった者は皆、足を引きずるほど深く噛まれたにもかかわらず、食われることも、食いちぎられることもなく、生還している。

「何人かは、噛まれた傷のせいで熱を出して寝込んでいる者もいると聞いてます」

「そうらしいな。仏が出てないだけ、いいもんだ」

「そうですね。・・・人、だと思いますか」

「・・・お前はどう思ってんだよ」

「私ですか。私は〈闇〉の仕業じゃないかと思いますけどね。放っておけば、また何人か犠牲者は出ると思いますし、今のところ運良く犠牲者は出ていませんが、今後出る可能性もあると思いますね」

「私もそう思う。人にしちゃ、手がこみすぎてるし、何より姿がないってのが気にくわねえ」

「そうですね。被害者も大工だったり丁稚だったりとまちまちですからねえ」

「今夜出ると思うかい」

「さあて・・・出たら永太と螢のことですからね。ぱっぱと倒して戻ってくるでしょうね」

「違いねえ」

 陽炎はふっと笑うと、大きく伸びをした。

「さあってと、さっさと終わらせるか」

「はあ・・・」

「明けねえ夜はねえ。頑張って終わらせるぞ」

「へい」


 

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