第参幕 1
基本朱天ひいては四天の仕事は、四交代である。朝番は朝六時から夕の三時まで、昼番は九時から夕の六時、夕番は十二時から夜九時まで、夜番は、夜九時から朝の六時まで勤める。主な勤務内容は、暁都の五つの区の巡回である。四天の黒天、白天、朱天、青天で都の治安に勤める。しかし、それは表の仕事。四天には、裏の顔がある。早い話がバケモノ退治である。
都には様々な悪しきものがよりつく。人間とて犯罪をおこす。生きてる人間ならまだしも、既にこの世から儚くなったものすら、都に干渉してくる。いわゆる、幽霊、怨霊といった類の者達である。他にも、物の怪といった獣のように本能のまま攻撃をしてくるものや、人のように意識ををもち、人のように暮らすもの、あやかしというものもいる。
これらを総じて、闇の住人・・・闇と呼称する。
別に自らを光と呼ぶわけではないが、夜を好むもの、夜に活発に動き、力をふるうことから闇と呼ぶ。一方あちらの者達は、我々人間のように朝、昼を好んで活動するものたちのことを、現に生きる住人・・・空蝉と呼称してくる。
また、一方で人、あやかし達とは別に、神という存在もある。太陽の神、月の神、海の神、山の神、田の神、祟り神などなど、八百万の神が、暁都だけでなく、倭国中に坐す。
因みに螢は闇とであったことはあるが神に出会ったことはない。普通に生活していて出会う確率が高いのは闇の住人たちのほうが多いのだ。
神はなかなか空蝉、闇に干渉しない。闇も、空蝉と神に干渉しない。しかし、倭国は狭い。暁都は狭い。必然的に各々の暮らす場が被ってしまうときがある。そういうときにいろいろと問題が生じるので、その問題を片付ける役目も四天が担っているのである。さて、ここまでが四天の裏の仕事である。
裏だけ聞くと、いろいろと派手な立ち回りをしているように聞こえる。しかし表の仕事はどうだろうか。
はじめに軽く、都の治安につとめると紹介したが、詳しく説明すると、どこそこの親父たちが喧嘩したとめてくれぇー!と駆け込まれれば、仲裁しにいく。またどこそこの文官が不正をした捕まえろー!と命令されれば、速やかに捕縛しにいく。はたまた、自分の飼ってた猫がいなくなった探してくだせぇと言われれば、探しに行く。要するに、何でも屋・・・である。
「なぁ、陽炎」
「あン? なんだい」
「四天って、結局喧嘩仲裁やなにか頼まれりゃ何でもやってんだよな」
「喧嘩仲裁って・・・まあ平たく言えばそうだな」
「そんで、相手に血ィ昇ってると、俺ら殺されそうになるんだよな」
「弱けりゃ死ぬな」
「俺らって命がけで喧嘩仲裁してんだな・・・俺って本当偉い!」
「何言ってんだい。ほら、さっさと仕事に集中しな」
「・・・・・・」
螢と陽炎は只今、全力疾走で暁都南区を奔っている。人々の間を器用に避けながら、螢はただひたすら奔り続ける。少しずつ標的との距離が縮まる。
陽炎より前にでて、標的との距離を縮める。
あともう少し。あともう少し。
永遠に続くかのように思えた追いかけっこも、もう終盤。
あともう少しで、手が届くと思ったそのとき。奴は身軽に体を翻し、近くの民家の屋根に飛び乗った。
「なっ! 屋根の上にのぼるなんて卑怯だぞ!」
「何言ってんだい! すぐに追いかけな!」
鋭い叱責が背中を叩く。螢は、奔ってきた勢いのまま屋根へと跳躍する。後ろから続いて陽炎が屋根に飛び乗る音が聞こえる。
螢は素早く屋根を見渡すと、奴と目が合った。にやり、とまるで笑ってるかのように目を細めると、ひらりと前を向き、屋根の上を器用に走った。
「あ、あああいつ!むかつく! あいつ、今絶対笑った! 俺の事を莫迦にした!」
「螢!」
「わかってる!」
陽炎に負けじと怒鳴り返すと、螢は屋根の上を駆けた。屋根と屋根の間を飛んで、着地と同時に走る。
ただひたすら、飛んで走ってを繰り返すとやっとで奴との距離が縮まった。茶色、黒、白の斑模様の小柄な体に、動きに合わせて揺れるしっぽ。縮まった距離を一気に詰めて螢は思いっきり奴に抱きついた。
「よっし! つっかまえたあああああぁぁぁぁ!!」
「フニャァァァッァァ!」
「うっわいってえ、暴れるなよ!」
足を思い切り振り回して暴れる奴に辟易して、離しそうになっていると、ひらりと目の目に陽炎が現れる。
「お、陽炎。じゃーん! 俺が捕まえたぞ!」
散々手こずらされたが、やり遂げた後は恨み辛みはあれど嬉しい。思わずにやけて陽炎を見た螢は、すぐに見たことを後悔した。
「ふ、ふふ、ふふふふ・・・」
「あ、あのかげ、と、頭領?」
「さんっざん手こずらせやがってこんのくそ猫! 今此所で切り刻んでやらぁあ!」
「な、何言ってんだよ! そんな事したら依頼失敗になっちゃうだろ!」
「そんなこと関係あるかぁぁ! こいつは! 私の貴重な休みを! 奪ったんだ!」
「うわぁ、おい! 本当に太刀を振り回すなよ!」
一言喋る度に猫、つまり猫を抱いてる螢にも向かって太刀を振るう陽炎は、髪も乱れ憤怒の形相である。猫はというと、陽炎の気迫に負けたのか、螢に大人しく抱えられている。
「螢! いいからそいつを寄越せ!」
「やだよ! はやくおばさんに返してやろうぜ!」
螢は、器用に陽炎の太刀を避けながら、依頼主の名前をだす。
「しっぽぐらい落とさせろ!」
「しっぽ切り落としたら駄目だろ! 無事につれかえってほしい、が依頼内容だろ!」
螢と陽炎はそろって休日を堪能していたのだが、午後から急遽依頼が舞い込んだのだ。丁度、そのときは朱天の者達がそれぞれ仕事があり手が離せないようだったので、陽炎と二人で依頼を受けたのだ。依頼内容は、飼い猫「フクちゃん」を探して欲しい、という四天の新人に良く任せられる依頼だった。しかも、依頼主が螢に良くしてくれる長屋のおばさんだったので、二つ返事で諒承したのがいけなかった。
よく行くという場所や、猫たちがよくたまる場所へいけば簡単にフクちゃんは見つかった。
しかし、簡単に見つかるのだが逃げ足が速い。とにかく逃げ足が速いのだ。
追いついた!と思っても、すぐにひらりと手からすり抜ける。そうこうしてるうちにあっという間に、一時間たった。当たり前だが、その間はずっと走りっぱなしである。
流石の陽炎も、螢もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになる、という頃にようやく捕まえることができた。ほう、と一息吐いてると、陽炎がやっとで太刀を鞘に収めてくれた。怒りが治まったのかな、と思い、空を見ていた視線を陽炎に戻すと、顔をしかめて地面に唾を吐いていた。
「くっそったれ!」
「うわあ・・・」
地面に唾はいたよ、この人。
みんなから一応敬愛されてる朱天の頭領が、猫に振り回されたからって、唾はいたよ地面に。これ、さくらたちが見たらどう思うだろう。笙之介あたりに見せたいな。なんて思ってると、少し気分が落ち着いたのか陽炎が「行くぞ」と先へ歩き始めた。
「行くって?」
「駐在所。おばさんに返してやらんとな」
「おう!」
「そうしてから・・・飯でも食いに行くか」
「よっしゃあ!」
フクちゃんのお陰で、お昼を食べ損ねてたから、お腹の虫が鳴いている。食べれるなら何でもいい。はやる心を宥めながら、螢はフクちゃんを抱え直した。