第弐幕 2
後ろを振り向くと、子どもが目を輝かせて此方を見ていることに気づく。
「すごいなあ~お兄ちゃんは何歳?」
「十六歳。笙之介は?」
「俺は十歳! すごいなあ~朱天にまさか兄ちゃんみたいなのがいるなんて」
「なんか、あんまり嬉しくないな…」
「いや、兄ちゃんみたな子どもがいるなんて思わないだろ! 普通!」
「笙之介よりは子どもじゃないけどね」
応接室に案内してから笙之介の矢継ぎ早にくる質問に答えていた螢は、そろそろ体がだるくなってきて、少しうんざりしていた。しかし、朱天に憧れる民は多く、こうも楽しそうに聞かれるとついつい丁寧に答えてやりたくなる。
「兄ちゃんは、何歳から朱天に入ったの?」
「…君の年にはもう、仕事に参加させてもらってたよ」
「そうなの!? すっごい! かっこいい!」
「…そ、そうかな」
詰め寄ってくる笙之介を押し戻していると、くすくすと笑い声が聞こえたので前を見ると、正面に座っているさくらと葉奈が顔を見合わせて笑っていた。
さくらと葉奈は、初めこそ緊張していたが、応接室で完全に寛いでいる笙之介を見て、少しずつだが緊張がとけていった様だ。笑っているさくらと葉奈をぼんやりと眺めていると、視線に気づいた葉奈が螢の顔を見てまた、堪えきれなくなったように微笑んだ。
「いえ、笙ちゃんがあんまりにも嬉しそうで…」
「笙之介くんは朱天が好きなの?」
「うん! 四天のなかでも朱天が一等好きだ!」
さくらが微笑みながら聞くと、笙之介は胸を張って答えた。目を輝かせながら、笙之介は女性陣に話し始めた。
「朱天の頭領は四天のなかで一番強いんだよ!」
「へぇ、どうしてわかるんだい?」
螢が聞くと、笙之介は嬉しそうにお母さんに聞いたと答える。
「お母さんが、昔若い頃、朱天の頭領になる前の陽炎に助けてもらったんだって!すっごく綺麗で、とっても強くて、優しくて…だから、朱天が一番強いんだ!」
すっごく綺麗…? 陽炎が? 綺麗…? 修行と称して弟子を熊が沢山でる山に放っておきながら、自分は麓の街で物見遊山していたあいつが?え、優しいの? あいつが優しいなら世の中の大部分の人が優しい善人になっちゃうよ。えっへんと胸を張る笙之介を見ながら螢は、陽炎の顔を思いだし鼻で笑った。
「そうなんだ~笙ちゃんのおっかさんがねえ。朱天の頭領様はとってもいい人なんだねぇ」
感心したように呟く葉奈に思わず、「そんなわけないだろ」と言いそうになって舌を噛み、一人悶絶していると、さくらが楽しそうに笑った。
「私も、朱天の頭領が一番、強いと思います!」
「そうだよな!姉ちゃん話がわかるなあ!」
「頭領の陽炎様は四天で一番強いと思います」
「そ、そうかな…」
二人の勢いに若干押され気味になっていると、急に障子が開き、話題に上っていた陽炎本人が立っていた。
「あ、かげろう…」
呆然と呟く螢の前まで、スタスタと歩き目の前に立つと思いっきり右頬をはり倒された。訳が分からず呆然とする螢と、成り行きを見守っていた三人が唖然とする中、「お前は、部屋で寝てろと言ったろうが。頭領命令だ、寝ろ」と言うだけ言うと、「雀ェー! どこにいるんだ!?」と廊下を歩き去っていった。
「……とう、りょう?」
「…はい、あれがうちの頭領ですすみませんなんか機嫌悪かったみたいですごめんなさい」
「え? 朱天の頭領の陽炎様…?」
「はいすみません」
「確かに、とっても綺麗だったけど…強い、ようだけど」
「え、綺麗ですか? あれが?」
「すっげぇぇぇぇえかったな! 兄ちゃん痛くない?」
「すっごく痛いよ!」
「…どうして怒っていたんでしょう?」
「今の内、日野さんも怒られてると思うよ。たぶん陽炎は夜勤明けで寝てないのを怒ってるだけだろうし」
「…そうなんですか」
「けんこーに煩いんだよ。少し寝なくても死にはしないんですけどね」
「兄ちゃんごめんな」
「え? なんで?」
「私たちのせい…で、寝れないじゃないですか。そうだ、ここで少し眠られたらどうですか?」
「何か、敵がきても私が見張ってますよ。少し横になったらどうでしょう?」
「今度は俺が兄ちゃんのこと守ってやるよ!」
「いや、ありがたいけど仕事中だから」
螢は慌てて応接室に駆けつけた雀が来るまで、赤くなった右頬を抑えたまま、三人に一応どういった経緯で、抜刀騒ぎになったのか、聞き取り調査を行い、調書に認めた。