表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
螢火  作者: 大根葱
3/10

第弐幕

 日差しが中天に差し掛かり、猫が道の端で居眠りをし始めた頃、目深に笠を被り、この陽気にまるで喪服のように黒一色を身に纏った者がいた。

 白昼の往来を人混みを縫って歩く様は、まるで影の様。すれ違う者が横目で必ず見るぐらいには注目された。何より目に付くのは二本差し。皆一様に武家か?と考えるも、武家で誰かが亡くなり喪に服しているという話は聞いたことがない。といっても、噂になるのは上級からよくて中級の武家。下級、足軽程度の武士だろうか、と皆が邪推している中、影は穏やかに歩いている。まるで散歩でもしているかのようだ。

 

影、こと螢は、先日陽炎と団子を食べた店を探しに来ていた。今日の朝、夜番が終わり、眠ったのだが昼に空腹で目が覚めてしまった。どうせなら、先日陽炎と食べた団子が食べたいなあ、散歩するのもいいなあ、と思い立ち重い腰を上げたのだ。

 「どこら辺だったかなぁ・・・大通りをずっと歩いてたはずだけど・・・」

 辺りを見渡すも、周りを注視しながら歩いていたわけではなかったので、螢はとりあえず真っ直ぐ進むことにした。

 人混みをくぐりぬけ進み続けると、ようやく団子屋と書かれた青地の暖簾(のれん)を見つけることが出来た。

 「やった・・・」

 知らず顔を綻ばせ、さあ、いざ暖簾をくぐろうとしたときに、通りから悲鳴があがった。

「きゃああああああ!」

 甲高い悲鳴に振り返ると、女性が一人倒れ、横に子どもが横たわっていた。

「おい、小僧。もう一度言ってみろ。」

 子ども達と相対するように立っているのは二本差しをつけた武士。顔は赤く歪み、喋る度に唾をまき散らす様はひどく見苦しい。対する子どもは、恐怖のせいか青白い顔をしながらも、果敢に武士に啖呵をきる。

「はっ・・・女の人に三人で囲むようなやつは武士じゃなくて糞だっていってんだよ!」

「貴様…餓鬼とて容赦はせぬぞ」

 ゆらりと真ん中に立っていた武士が刀を抜く。


 周りから悲鳴が上がると同時に螢が抜刀しようと腰元に手を添えるその時。


「貴様…これは何の真似だ」


 武士の得物が倒れた少年の胸に降り下ろされる刹那、間に割ってはいる者がいた。

 三つ編みの長い黒髪が空に翻る。少年の胸を袈裟懸けにするはずだった刀は、両者の間に入った闖入者の刀に遮られていた。

「…見るに耐えなかった故、止めたまで」

闖入者は、ふっと微笑し武士の刀を薙ぎ払うと自分の腰に刀を戻し、手を添える。

「今上の帝も、将軍も、私利私欲の為刀を抜くことを固く禁じておるぞ。例え今のことを、此の場にいる者たちが言わずとも…時機に四天が来る。…貴殿はどの様に説明なされるおつもりか」

目を細めて言葉に詰まる武士達を眺める闖入者は長い三つ編みを肩から払い、まだ幼さの残る面差しを和らげ、呆然と成り行きを見守っていた女性と子どもに手をさしのべる。

螢はほっと息を着くと、懐に仕舞ってあった朱天の羽織を着ると、人混みを掻き分けて武士の後ろに進み出る。螢の羽織を見て、見物人達が道を譲ってくれたお陰で、楽に武士の背後に回ることが出来た。

「これは一体何の騒ぎだ?」

 喚き散らしていた武士三人は、後ろに立つ螢の羽織を見て、驚愕の表情からすぐに青白い顔で下がる。

「・・・・・嘘だろ、朱天!」

「・・・全て見ていたぞ。詳しい話は場所を改めて聞こうか。それにしても最近の武士は余程暇らしいな」

 青白い顔で口を開け閉めしている中心に居る武士を一瞥すると、螢は後ろで此方の様子をうかがっている少年と、女性とその横に立つ中性的な顔を見る。

「・・・申し訳ないが、同行してもらって構わないだろうか」

「あ・・・はい」

 女性の気の抜けたような返事の後、見物していた周りの者からの口笛や拍手がわき起こり、野次が飛び交う中、武士達は悔しそうに唇をかみしめていた。



 武士の三人が途中で逃げたりしないように、自分で見張りながら、応援がくるのを持つこと数分。呼びに行ってくれた商人が駆け足で店先まで戻ってきた。後ろからは、笠を被った朱色の羽織を着た者が二人、着いてきてる。

「遅い」

「あれ?もしかして(けい)かい?」

「・・・日野(ひぃ)さん?今日夜勤明けじゃ・・・」

 現れた朱天は、今日の朝まで共に仕事をしていた日野だった。日野も螢がいることに驚き、大げさに体を反らす。

「そりゃこっちの台詞よォ。おめェ、いくら若いからってちゃんと休まねぇと体に毒だぜ」

「俺は、少し散歩をしてただけですよ。それよりも・・・」

「ああ。おい、(すずめ)。早く縄にかけちまいな」

「へい」

 後ろで影のように日野にひっそりとついていた雀は、返事をすると、慣れた手つきで武士達に縄をかけていく。武士達は文句を言おうと口を開くも、雀の鋭い眼光に負け、渋々といった体で縄にかかる。

「で、(けい)。何があった?」

「はい。本日正午にてそこの武士三名、尾北、佐井、吉野が、勤務中に抜けだし街を徘徊していたところ、この茶屋の娘葉奈に、暫くつきあえだの何だのとくだらないちょっかいを出し、嫌だと抵抗した葉奈を無理に引っ張って行こうと為た所を、隣の呉服屋の息子、笙之介が助けようとしたのを、この武士達が斬って捨てようとしたんです。」

 一息に、自分が知っていることを言い終わると、日野が嘆息した。

(けい)、いろいろと私情が交じっていねえか」

「そんなことないですよ。ただ、お腹空いたから団子食べたいなあ~て散歩してたら、目の前で抜刀騒ぎに出くわすだろ。今日は厄日だ、めんどくさい」

「まあ・・・お前が見つけたんだからお前が最後まで、この件担当しねえとな」

 めんどくせえのはわかるけどな、ともう一度嘆息する日野は、行儀良く葉奈と笙之介の隣に座る人物に目をとめる。

「で、お前さんは?」

「ああ、この人は・・・抜刀した武士を抑えてくれた人ですよ」

「・・・当然のことをしたまでです」

 謙虚に首をふる、まだ幼さの残る横顔を見つめて、そういえば名前聞くのを忘れてたと今更思い出す。

「名前は?」

 日野が聞くと、「申し遅れました、さくらと申します」とゆるりと微笑んだ。さくら、と頭の中で読んで、女の子みたいな名前だなと思った螢は、そこで勢いよくさくらを見つめた。

「・・・・・女の子?」

「・・・・はい?」

 首を傾げると、はらりと黒髪が頬にかかる。中性的な顔立ちのためか、男と言われれば男に見えるし、女と言われれば、女に見える。

 しかし、身につけているものは、袴だ。女性が着る着物ではない。女の剣士というのは居ない訳ではないが、珍しいし、見たところ螢と同じ年ぐらいだろう。

 驚いたのは、螢だけではないらしい。さくらに助けられた女性、葉奈も、笙之介も驚いている。

「え?女の子だったの?」

「うそ、お姉ちゃん超強いな!」

 目を輝かせて身を乗り出す笙之介に少し、辟易しながら、「私は全然強くないです」と微笑む。

 何より驚いたのは武士達だろう。尾北もさくらを凝視している。それも当然だろう。その腰に下げているもので、生計を立てているのに、失礼だが女子どもに舌と刀で負かされたのだから。

「しかし、どうりで華奢だと思ったよ。螢より華奢だからな」

 ふっと笑う日野は、螢の肩を数回叩き、「さて」と騒がしい一同を見渡した。

「とりあえず、お前さんたちには、一度我々と共に来て貰うが、構わないだろうか。勿論、さくら殿も」

「はい」

「よし、螢、お前は後ろ、雀は尾北達を頼む」

「諒解」



   


   ◇◇◇


 


 団子を食べ損ねたことで、空腹が歩く度、存在を訴えかけてきて、少し苛々してきた螢。寝不足の独特の倦怠感も手伝ってか、朱天の拠点となる建物、朱雀殿の、朱色の門が見えた頃には、ほとほと疲れ果てていた。

「螢、お前奥で休んでろ、取り調べは俺たちでするから」

 からりと笑う日野は疲れを感じさせない足取りで、門番をしている朱天の団員に挨拶をする。

「大丈夫です、出来ます」

「そんなひよこみたいな足取りで何が、大丈夫だ。体資本なんだら無理すんじゃねえ」

 螢の主張を一蹴すると日野は雀に指示を出し、尾北と佐井と吉野を取り調べ室にそれぞれ連行していく。

日野(ひぃ)さん、俺が自分で・・」

「ああー。そんじゃあさくら殿達を応接室に通して茶でも出してやれ。で、お前さんは寝ろ。わかったな?」

 有無を言わせぬ口調でそれだけ言ってしまうと、日野は雀の後追う。

 残された螢は、釈然としないまま、さくら達を言われた通り案内するのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ