愛は冷めました
側室OKの令嬢だったら秘かに護衛付けていそうだと思ったので
「ティアーナ。お前との婚約を破棄する!!」
王太子が一人の少女の腰に手を回して、宣言する。
王太子の隣りにいる少女は男爵令嬢セリカ嬢。怯えている様が愛らしい……が。
「お前がセリカに嫌がらせをした数々を俺を知っているぞ!!」
(………嫌がらせですか)
わたくしは学園内では何もしなかったのだがそれが悪かった。
確かに、王太子が男爵令嬢にお熱だったのを理解していた。だけど、側室を許さないほど器量が狭くはないのでせいぜい側室になれるほどの能力があるかを確かめていた程度だ。
「お嬢さま。証拠を提示しますか」
後ろに控えていた従者のオルドが声を掛けてくる。確かに、彼が告げた諸々の事件にはアリバイがあって、わたくしではないし、公爵令嬢であるわたくしがわざわざするほどの内容ではないのだが、王太子はそれをわたくしがしたとはっきり宣言して、婚約を破棄すると宣言した。
「…………」
はっきり言って、公爵家にはメリットのない婚約だった。王家の方から打診された婚約で、それが成立したのはわたくしの初恋だったから。
そうだった。過去形。
『一緒に国を守ってくれると助かるな』
そう告げて差し出してきた手。その笑顔に恋をした。
幼いわたくしは婚約して、彼を支えるつもりで頑張った。彼のためになると思っていろんなことを学び、身につけてきた。
だけど、それをし続けていくうちに彼は自分のすべきことをわたくしに押し付けて、自分の自由時間に当てていった。
愛は見返りを求めるものではない。自由時間だって、その時間を後に何らかの形で昇華できれば無駄ではない。だけど、愛だけですべてを成し遂げるには苦しいと思えて、心が摩耗してきた。
(わたくしは約束したんだ。一緒に国を守っていくと)
その約束だけを心の支えに、きっとわたくしだけでは王太子を支えられないのだと判断して、彼を支えるのなら。共に国を守れる同士なら側室でも側近でも増やすのは必要だと。
……側室が出来ればそんな苦しみを負担してくれる協力者が出来るのではないかという期待もあった。
「――殿下はわたくしがそこまでできると評価してくださるのですね」
一昨日の夕方。彼女が階段から突き落とされた時間はわたくしがこの学園祭の打ち合わせで料理人らと会っていた。その後食材が足りているかの確認も行っていた。
そのことは報告してあったのに。
わたくしがその調理室から彼女のいる階段まで走って向かえるなんてなんて過大評価をしてくださっているのだろうか。
(ああ。もういい)
共に国を守っていこうと約束した人は、調べれば分かる事実を確認することなく、縁の下の力持ちと呼べる人物たちとの打ち合わせと言う大事な役割があることすら忘れ果て、自分の都合のいいことだけを信じる方になり下がった。
わたくしがともに国を守りたいと思っていた方ではない。
「――婚約破棄了承しました」
深々と頭を下げる。
「はっ。素直に認め……」
「ですが、わたくしは、側室を認めないほど心は狭くありませんでした。とだけ伝えておきます」
わたくしの判断が甘かった。だから、こんな甘言にのせられてこんな騒ぎになったのだろう。だけど、その偽りを述べた方がどのような立場なのか。
(わたくしのように側室を認めるお方だといいですね)
心で呟いて。後でオルドがずっと男爵家に忍ばせていた護衛を外すように指示するだろうが知ったことではない。
本当にわたくしの考えが甘かった。
(学園内に護衛を付けれなかったからこんなふうにやすやすと付け入れられる)
対策をしておけばよかったのだが、それは殿下の役目だと怠ったのだから。
「今回の婚約破棄。大変だったな」
「お父さま……」
「本音を言えば、しばらくゆっくりしたいことを見付けろと言いたいが……おそらく、そうはいかないだろうな」
「ええ。そうですね………」
王太子殿下の婚約破棄宣言は正式な物ではない。そして、わたくしははしごを外した。
すぐに前言撤回してくる恐れがある。
「表向きは、婚約破棄された娘など家に置いておくわけないからと言うことで追放しておくが、隣国の親戚に連絡してしばらく留学しておくといい」
「話が早いですね」
「………常にどんな手段も取れるように動いておくのが必要な立場だからな」
でも、この状況になるまで手を出さなかったのはおそらくこちらの動きをじっと見て、次世代の判断を見ていたかったのだろう。
表向きは追放なので必要最低限の荷物を持って、隣国に向かう。オルドがいるから不自由はないだろうし、親戚の家にお世話になるだけだ。留学先の言語も実践で使うのはあまりなかったが、実地で学ぶいい機会だろう。
そんなこんなで婚約破棄を満喫しているとああ、わたくしは疲れていたんだなと久方ぶりの休息を体感していると、
「顔色がよくなりましたね」
オルドが嬉しそうに微笑んでくれる。
「オルド?」
「ずっと心配していました。王太子の婚約者だからと何でも抱え込んで、側室を迎えることにも諸手をあげて歓迎して、側室に相応しいようにと手を回しておられて……。あっ、もちろん僕だけではありません。屋敷の者たちは皆ティアーナ様を案じて……」
後半は言い訳のような言い方だけだったけど、それだけ気に掛けてくれていたという心配の表れ。
大切にされている証。
「そうなのね」
わたくしはそんなことにも気付かないほど追い詰められていたのだ。
だけど、それでもわたくしの意思を尊重してくれていた。
「ありがとう」
「ティアーナさま」
ふと思い出す。疲れのあまり食事すら忘れていた時に必ず胃に優しくて食べやすいものを用意してくれたのはオルドだった。
食べやすいゼリーや果物。野菜スープ。野菜スープをいかにおいしく飲んでもらえるかと料理長と相談もしていた。
王太子殿下は周りを見ていないと思っていたがわたくしも周りを見落としていた。
このやさしさに気付けなかったのだから。
そんな生活から半年後。父から手紙が届いた。
「セリカ嬢。亡くなったそうよ」
男爵家で食事中に倒れて、死因は毒だった。
「――ああ。動かれましたか」
「オルド。何か知っていたの」
「はい。――メイドに扮して護衛に付けていたものから料理人が時折、毒を混ぜていたのをこっそり(料理を)処分していたと。ただ、そのまま(料理人を)処分したら自分が怪しまれるので泳がせて何者が裏にいたか探っている矢先でした」
「……護衛を外したらすぐに動かれたのね」
王太子はさぞ嘆き悲しんだだろう。
あの人は、よく言えばお人好し。悪く言えば、人を疑わない愚か者だった。
性善説を何度も口にして裏を取らない。それに何度も苦言を呈していたわたくしをよく思っていなかった。同じ様にセリカ嬢に側室になるのならすべきことを教えているのを虐めていると思って何度も注意されたことがあった。
だから、わたくしが犯人だと断罪できた。
この世にいるのは皆善人で、わたくしだけ悪人だったから。
「本当に彼女が大事なら。どこまでも疑って守れるように手を回していないと……」
呟くとその後起こることが予測できる。
予測できたからこそ。これがいい口実だと薄ら笑い。
「オルド。わたくしと結婚しなさい」
「はい。――って、ティアーナさま!?」
「多分、王太子はわたくしを再び婚約者に宛てがうでしょうね。隣国にいるわたくしは犯人ではないと思って、わたくし以外疑わしいものを婚約者にしたくない。セリカ嬢を偲んでも結婚して、王族として一人前だと判断されていないといくら王太子でも即位するのが遅れてしまう。その間に別の王族が結婚して子供が出来たらそちらを王太子にと言う話が出てきてもおかしくないわね」
「………そういうものなのですか」
「国を守り、次に国を守ってくれる跡取りを作るのが王の一番の役目だから。王太子教育も大事な務めよ。――それが齢を取れば取るほど困難になるのは理解できるでしょう」
「なるほど」
「だから、教育し直す必要ないわたくしを欲すると予想できるのよ。――まあ、すぐには決まらないでしょうからその前に結婚した方がいいのよ」
手ごろな存在はあなたしかいないという建前で既成事実を作り上げるために手を回す。
王太子しか見えていない状況では気付かなかった献身。それが見えてしまったらもう駄目だった。
(どうやらわたくしはちょろい女だったようね)
そんなことを考えながら着々と二番目に好きになった男性を逃がさないように追い詰めていくのだった。
王太子が動く前に既成事実は出来上がります




