第6章 揺れる影
夜の空気は、昼とは別の顔をしていた。
静まり返った室内に、キーボードの軽い打鍵音だけが規則的に響く。
湊の部屋には、柊、凪、涼平、そして環が集まっていた。
モニターに映し出されるログを見つめながら、凪が低く呟く。
「……やっぱり、普通じゃないですね。
アクセスの軌跡が、意図的に“整えられて”います」
柊は腕を組み、画面から目を離さずに答える。
「隠す気はある。でも、完全に隠す気はない。
むしろ――見せたい」
その言葉に、湊が小さく息を吐いた。
「……挑発、ってこと?」
「たぶんな」
柊の声は静かだが、迷いがなかった。
そのとき、インターホンが鳴る。
凪が振り返る。
「来ましたね。蒼真さんだ」
玄関に向かうと、そこには無表情のまま立つ蒼真の姿があった。
「遅くなりました」
「いや、ちょうどいい」
柊が招き入れると、蒼真はすぐに状況を察したように視線を走らせた。
「……面倒な匂いがしますね」
淡々とした声だが、空気が一段引き締まる。
簡単な状況共有が済むと、柊が口を開いた。
「ここからは、チームで動く」
そのひと言に、全員が自然と姿勢を正す。
「凪と蒼真は解析担当。
今動いているデータの流れを追ってくれ」
「了解」
「了解です」
「涼平と湊さんは、過去に似た案件がなかったか洗ってほしい。内部・外部問わずだ」
「わかった」
「了解」
役割分担は迷いなく決まり、空気が一気に締まる。
そのとき、環が少し控えめに声を上げた。
「……あの、私、少し飲み物を買ってきますね。」
柊が顔を上げる。
「1人で?」
「はい。大丈夫です」
一瞬、柊の表情が曇る。
だが環は小さく笑って続けた。
「すぐ戻りますから」
柊は少し迷ったあと、頷いた。
「わかった……気をつけて」
「はい」
環はコートを羽織り、静かに部屋を出た。
その背中を見送りながら、涼平が小さく呟く。
「……俺、様子見てくるよ」
「悪い……頼む……」
柊はそう言ったが、視線はわずかに不安を帯びていた。
◇◇◇
数分後。
コンビニの明かりが見える場所まで来た環は、ふと背後の気配に気づいた。
足音。
一定の距離を保って、ついてくる。
その瞬間、背中がひやりとした。
「……」
立ち止まると、背後から声がかかる。
「高杉湊だよな」
一瞬、息が止まる。
――違う。
そう言おうとした瞬間、頭の中で別の考えがよぎった。
(……この人、私を“湊さん”だと思ってる)
言葉を飲み込み、何も言わずにいると、相手は距離を詰めてくる。
「なあ、ちょっと話――」
その手が伸びた瞬間。
「やめてください」
環は低く、しかしはっきりと告げた。
だが男は構わず腕を掴む。
「――離してください!」
次の瞬間。
「何してんだ!」
鋭い声とともに、男の腕が弾かれた。
振り向くと、そこには涼平がいた。
「……涼平さん」
涼平は環を背に庇い、男を睨む。
「人に触る前に、礼儀ってもんを覚えろ」
男は舌打ちをして後ずさり、そのまま逃げるように去っていった。
しばらくして、環は深く息を吐いた。
「……涼平さん……ありがとうございます……」
「怪我は?」
「大丈夫です」
涼平は小さく頷き、すぐにスマホを取り出す。
「柊に連絡する」
「柊!悪い!環さんが襲われた……」
『え?環が!大丈夫か!』
「ああ……間に合った……大丈夫だ。すぐ戻る。」
『わかった……』
◇◇◇
数分後、湊の部屋。
扉が開くと同時に、柊が駆け寄った。
「環!」
環を抱き寄せ、確かめるように腕を回す。
環は柊が震えていることに気づき
柊にしがみつく。
「……柊……ごめんなさい……」
「……悪かったな……1人で行かせて……無事でよかった……」
そう言うと、柊は環を抱く腕を少し強めた。
「柊……狙われてるの湊さんだと思います」
「え?」
「なに!?」
「え!?」
「あの人、私に“高杉湊だよな”って言ってましたから……
私を湊さんと間違うってことは、湊さんのこと知らないんだと思って……
違うって言ったら、今度は本当に湊さんが襲われるって思って、言えませんでした……
黙っていたら、腕を掴まれてしまって……
でも、すぐ涼平さんが助けてくれて……
だからたぶん……
湊さんを狙っているんだと思います!」
後ろで、涼平が低く言った。
「……狙われてるのは、やっぱり湊だ」
その様子を見て、湊は胸の奥が締め付けられるのを感じた。
柊は環を離し、深く息を吐く。
「……1人で行かせた俺の判断ミスだ」
そのとき、涼平が口を開いた。
「いや。悪いのは俺だ。ついていくべきだった」
湊は2人を見て、静かに言った。
「……狙われてるのは、私なんだよね」
部屋の空気が張り詰める。
「環さんは、私と間違われた。それが答えだよ」
柊が唇を噛みしめる。
「……くそ」
湊は一歩前に出た。
「だから、もう隠れない。逃げない。
ここからは、ちゃんと一緒にやろう」
その声には、迷いはなかった。
凪が小さく息を吐く。
「……やっぱり、ただの仕事じゃなくなりましたね」
柊は頷く。
「覚悟は決まった。ここからは――反撃だ」
静かな部屋に、決意だけが残った。




