第5章 反撃の準備
部屋の空気が、わずかに張り詰めていた。
モニターに映るログの列を前に、凪がキーボードに指を置いたまま動きを止める。
「……やっぱり、これ。単なる不正アクセスじゃない」
柊は腕を組み、画面を見つめたまま静かにうなずいた。
「ログの整え方が、妙に綺麗すぎる。まるで“見せたい形”に整えてるみたいだ」
「ですよね。普通、こんなに均一にならない」
凪が頷く。
涼平は少し離れた位置から2人を見ていたが、ゆっくりと口を開いた。
「……つまり、誰かが“見せたい形に整えた痕跡”ってこと?」
「そういうこと」
柊が短く答える。
「しかも、やり方が巧妙だ。表面上はきれいに整ってる。でも、深く掘ると歪みが出る」
凪が椅子をくるりと回し、キーボードを叩き始めた。
「この感じ……個人の犯行じゃないですね。少なくとも、組織的」
「うん。しかも、内部をよく知ってる」
その言葉に、室内の空気が少しだけ重くなった。
湊は、無意識に自分の腕を抱く。
「……じゃあ、私が見てたデータも……」
「その“入口”だった可能性が高いです」
柊の声は低く、だが断定的だった。
凪が画面を切り替えながら言う。
「たぶん、最初から“誰かが触ること”を前提に仕掛けてる。普通に仕事してたら、気づかないレベルで」
「……それで、私が引っかかった」
湊の声が少しだけ震える。
「違う。引っかかったんじゃない。見抜いたんだ」
湊が顔を上げる。
その瞬間、涼平がすっと一歩近づいた。
「普通なら、見逃す。気づいても“気のせい”で終わる。けど、湊は止まった」
涼平の声は穏やかで、揺るがない。
「それは、間違いなく“勘”じゃない。技術者としての感覚で」
湊は、少しだけ目を伏せた。
「……ありがとう」
そのとき、凪が指を鳴らした。
「で、ここからが本題なんですけど」
2人が視線を向ける。
「この仕掛け、たぶん“こっちが気づいた”ってわかった瞬間に、向こうも動きます」
「つまり?」
「放っておくと、証拠が消される。もしくは……」
凪が一瞬、言葉を切る。
「……湊さんが“犯人”にされる」
室内の空気が、ぴんと張り詰めた。
柊が一歩前に出る。
「それは、させない」
その声には、迷いがなかった。
「だから、こちらから動く」
凪が頷く。
「蒼真さん、呼びますか?」
柊は一瞬だけ考え、はっきり言った。
「呼ぶ。これは俺たちだけで抱える案件じゃない」
そして、湊を見た。
「湊さん。ここから先は、少し危ない。正直に言う」
湊は一瞬、目を伏せたあと、まっすぐ顔を上げる。
「……わかった。でも、私も逃げない」
その視線には、迷いよりも覚悟があった。
柊は小さく息を吐き、穏やかに頷いた。
「じゃあ、チームを組もう」
凪がにやっと笑う。
「ようこそ、臨時チーム“反撃班”へ」
湊は小さく息を吐き、わずかに笑った。
「……よろしくお願いします」
静かに、しかし確かに。
物語は、次の局面へと踏み出していった。




