第2章 静かに軋む歯車
湊の部屋は、夜になるとひどく静かだった。
窓の外では、遠くを走る車の音が時折聞こえるだけで、室内にはPCのファンが低く唸る音しかない。
デスクライトに照らされた画面には、先ほど受け取ったばかりのデータが開かれている。
――おかしい。
その違和感は、はっきりとした“異常”ではない。
むしろ、気づかない人はそのまま流してしまう程度の、小さなズレだった。
けれど湊は、そういう「小さな違和感」を見逃さない。
数値の並び。
ログのタイムスタンプ。
アクセス履歴の癖。
どれも一見すると整っているのに、どこか“整いすぎている”。
「……作られた感じ、するな」
独り言が、静かな部屋に落ちる。
カーソルを動かし、いくつかのファイルを開いていく。
すると、わずかな遅延。
ほんの一瞬、画面が引っかかったように暗転した。
「……?」
湊は思わず背筋を伸ばす。
もう一度同じ操作をすると、今度は何事もなかったかのように動く。
気のせいか。
それとも——。
湊は、無意識に机の上のスマートフォンへ視線をやった。
そのとき。
――ピロン。
通知音。
画面を見ると、見慣れない番号からの着信履歴が表示されていた。
「……?」
一瞬、指が止まる。
通話履歴を確認するが、知らない番号。
心当たりはない。
少し考えてから、画面を伏せる。
「……営業か何かだろ」
自分にそう言い聞かせるように呟き、再びモニターに向き直る。
だが、その数分後。
――また、鳴った。
今度は少し長めのコール。
湊は眉をひそめるが、出ない。
そして、3度目。
今度は、表示された名前に思わず息を止めた。
『涼平』
画面を見つめたまま、ほんの一瞬迷ってから、通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
『湊、今大丈夫か?』
聞き慣れた声に、少しだけ肩の力が抜ける。
「うん。ちょうど作業してた。どうしたの?」
『さっき、ちょっと気になってさ。仕事?順調?』
その問いに、湊は一瞬だけ言葉を選んだ。
「……正直に言うと、ちょっと引っかかってる」
『どんな?』
「データ。形式は普通なんだけど……
なんて言うか、綺麗すぎる」
一拍の沈黙。
『……それ、嫌な予感するやつだな』
涼平の声が、少し低くなる。
「だよね。私もそう思って」
湊は画面を見つめながら、続けた。
「今、もう一度洗い直してる。
でも……なんか、触られてる感じがする」
『触られてる?』
「うん。こっちが見てるの、向こうも見てるみたいな」
しばし沈黙。
その沈黙が、答えだった。
『……俺、今からそっち行く』
即答だった。
「え、でも……」
『1人で見るには、ちょっと嫌な匂いがする。
俺も一緒に見た方がいい』
湊は一瞬迷い、それから小さく息を吐いた。
「……わかった。待ってる」
『すぐ行く』
通話が切れる。
部屋に残ったのは、パソコンの低い駆動音と、わずかに高鳴る心音だけ。
湊は椅子にもたれ、天井を仰いだ。
「……やっぱり、何かある」
そう呟いたとき、画面の端でカーソルが、微かに動いた気がした。
――誰も触っていないのに。
湊はゆっくりと画面に視線を戻す。
その瞬間、背中に冷たいものが走った。
静かな部屋で、確かに“何か”が、こちらを覗いている。
それが、これから始まる騒動の入口だとも知らずに。




