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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season12 ― 喧騒と旋律 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season12 ― 喧騒と旋律 ―
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プロローグ ― クロノス同窓会という名の、祝福 ―

午後の光が、オフィスのガラスにやわらかく反射していた。


アークシステムズの執務室には、いつも通りの静けさがある。


キーボードの軽快な音を鳴らしている(なぎ)の隣で、(しゅう)はコーヒーを淹れた。


湯気の立つマグを2つ、机の上に置く。


「はい、どうぞ。……なんか、今日は静かですね」


(たまき)がそう言いながら、柊にマグを渡す。


凪は画面から目を離さずに受け取り、鼻歌まじりにひと口飲んだ。


「ん〜、今日のコーヒー最高……って、あれ?」


凪の画面に、新着通知が点る。

同じタイミングで、柊のスマートフォンも震えた。

 

「……ん? 涼平(りょうへい)からメール?」


柊が眉を上げる。

凪もすぐに自分のスマホを確認して、顔をしかめた。


「こっちにも来てます。え、なにこれ。……同窓会?」


「同窓会って……クロノスの?」


環が首をかしげる。


柊は画面を開いた瞬間、ほんの少しだけ口角が引きつった。

そして、声に出して読み上げる。


「――『クロノス卒業生のみなさま。クロノス同窓会のお知らせ』……」


凪が前のめりになって覗き込む。


「場所……如月(きさらぎ)邸リビングって書いてありますけど……」


「……うちだな」


柊が淡々と言う。


環は一瞬固まり、それからぱっと顔を上げた。


「え? うちって……ぽかぽか邸で?!」


「……ああ……」


凪はじわじわ笑いを堪えられなくなる。


「柊先輩、許可しました?」


「してない」


きっぱり言い切る柊に、環は思わずふふっと笑ってしまった。


「でも……涼平さん、勝手に決めそうですね」


「そういうとこ、ある」


柊が息を吐き、もう一度画面を追う。


「参加メンバー……俺たちと、蒼真(そうま)、……(みなと)さん……? それとリモートで永峰(ながみね)


環がその名前でぴたりと止まる。


「……柊。この高杉(たかすぎ)(みなと)さんって、どんな方なんですか?」


凪も反応が早い。


「僕も知らないです。柊先輩、どんな人なんですか?」


「え? あ、ああ……」


柊が、なぜか歯切れ悪くなる。

環がじっと顔を覗き込んだ。


「……柊? どうしたんですか?」


凪はにやりと口角を上げる。


「……その反応、なんかあるやつですよね?」


「ない。俺は何もない」


「え〜」


凪はわざとらしく声を伸ばし、環に小声で囁く。


「環さん。もしかして……会わせたくない人、とか?」


「えっ」


環の目が丸くなる。


「まさか……元カノ、とか……?」


「凪」


柊の声が低くなる。


「でも柊先輩、恋愛ポンコツですし。環さん一筋だったし。

 ……あれ?じゃあ逆に、“環さんが嫉妬する案件”ってことですか?」


「凪」


「えっ、違うんですか?」


「違う。」


即答。

環が慌てて手を振った。


「え、嫉妬とかじゃなくて……えっと……

 ただ、気になっただけです。すみません……」


「謝るな……湊さんは涼平の幼なじみだ。」


柊がやわらかく言って、環の頭をぽん、と軽く撫でる。


その手の温度に、凪がすかさずニヤついた。


「ほら出た。柊先輩のナチュラル溺愛」


「溺愛してない」


「してますよ」


環がくすっと笑い、またメールに目を落とす。


「……スペシャルゲストはサプライズ、って……誰なんでしょう」


環がぽつりと呟く。

その声が、ほんの少しだけ弾んでいた。


「……私も知ってる人なのかな……」


柊はその呟きが耳に入った瞬間、口元に小さな笑みを浮かべた。


「うん……誰だろうな」


凪は両手を上げるようにして言った。


「でもこのノリ、絶対ただの同窓会じゃないですよね。場所もぽかぽか邸だし」


「それな」


柊が笑うと、環も頷いた。


「なんか……お祝いっぽくしたほうがいいんですかね。飾りとか……」


「環、まだ決まったわけじゃないからな」


「あ、そうでした……」


環は少し照れたように笑い、それでも目はキラキラしている。

その様子を見て、柊は胸の奥がふっとあたたかくなるのを感じた。


――結婚。

その言葉はまだ、日常に馴染みきっていない。

けれど環が笑うたび、少しずつ“現実”になっていく。


凪は勝手に想像を膨らませて、急に声を上げた。


「でも、湊さんって……涼平さんの婚約者とかだったらどうします?!」


「えっ」


環もすぐ乗った。


「それ、ありそうです!幼なじみ婚……とか……!」


「うわ〜、それならスペシャルゲストって婚約者本人……? じゃあ湊さんは……」


「気まずくないですか?」


「修羅場ですね!」


「えー!幼なじみVS婚約者ですか?!」


ふたりで盛り上がり始める。


柊は耐えきれず、笑いが漏れた。


「……ははは……おまえら、よくそこまで想像できるな」


「だって、楽しそうじゃないですか」


「環まで……」


凪が笑うと、環もふふ、と肩をすくめた。


その空気は、穏やかで、やさしい。

ぽかぽか邸という名前に相応しい、あたたかさがそこにあった。


――そして、その日が来る。



◇◇◇



― クロノス同窓会当日 ―


土曜の午後。

ぽかぽか邸のリビングには、久しぶりの賑やかさが戻っていた。


ソファに座る(しゅう)の横には(たまき)

キッチンからは(なぎ)の楽しげな声が聞こえる。

テーブルには、いつの間にかそれなりの軽食が並び――


玄関のドアが開く音とともに、涼平(りょうへい)の明るい声が響いた。


「みなさま、お集まりいただきありがとうございます!」


続いて、モニター越しに永峰(ながみね)の姿。

そして、窓際で腕を組んでいる蒼真(そうま)が静かに言う。


「……相変わらず騒がしいな」


「蒼真さん、来てくれたんだから文句言わないでください!」


凪が即座に返し、涼平が笑った。


「よし、じゃあ始めるぞ……」


涼平は一度、深呼吸をして――


柊を指差した。


「柊!!」


「……ん?」


柊が怪訝な顔をした瞬間。


「遅くなりましたが……柊!環さん!結婚おめでとう!!」


――パーン!!


クラッカーの音が一斉に弾けた。


「うわっ!」


「きゃっ……!」


不意打ちの大きな音に、環が肩をすくめ、柊が反射的に腕を回す。

抱き寄せるような形になって、ふたりとも一瞬、固まった。


「なに……?これ……?」


柊の呟きに、涼平は満足そうに笑う。


「ははは!実は、柊と環さんの結婚祝いのサプライズ!」


「え……?」


「え??」


環はぽかんとしたまま、クラッカーの紙吹雪を見つめた。

柊も言葉が出ない。


そのタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。



――ピンポーン。



(なぎ)が勢いよく立ち上がる。


「はい!今開けま〜す!」


そしてドアが開き、リビングに涼平(りょうへい)の声が響く。


「みなさん!スペシャルゲスト到着しましたー!」


現れたのは、2人の女性だった。


「こんにちは」


穏やかで、凛とした声。

(たまき)の目が一瞬で輝いた。


「……美乃(よしの)さん!」


北澤美乃(きたざわよしの)


そして、その隣に立つのは――すらりと背の高い、ボーイッシュな雰囲気の女性。


(しゅう)は一瞬、息を止めたように固まり、それからすぐに姿勢を正す。


「……美乃さん。お久しぶりです」


「お久しぶりね。柊くん。環さんも」


「お久しぶりです!美乃さん!」


凪も弾んだ声で言う。


「美乃さん!お久しぶりです!」


「お久しぶり、凪くん」


「僕のこと覚えててくれたんですね!うれしい」


「当たり前じゃない。助けてもらった恩人ですもの」


美乃の言葉に凪は嬉しそうに頬を緩めた。


そして隣の女性が、柊に向かってにっと笑う。


「柊くん、久しぶり!」


「……(みなと)さん。お久しぶりです」


そのやりとりで、環は小さく目を瞬かせる。

湊は環へ向き直り、礼儀正しく頭を下げた。


「環さん。はじめまして。高杉湊(たかすぎみなと)です。よろしくね」


「は、はい……!はじめまして……如月環(きさらぎたまき)です……よろしくお願いします……!」


環は丁寧に返しながら、内心で思わず息を飲んだ。


(……かっこいい……)


言葉遣いは落ち着いていて、所作も綺麗で、でも空気が“強い”。

柔らかいのに芯がある――そんな感じがする。


環は柊の袖を、そっと引いた。


「……柊。湊さんって……女性でしたよね?」


「ああ……そうだよ。どうした?」


「すごく、かっこいいです……なんか、ドキドキしちゃいました。柊とはじめて会ったときみたいな……」


柊は一瞬目を丸くして、それからふっと笑った。


「はは……そうか」


その笑顔に、環は少しだけ安心して、でも胸の奥はまだ小さくざわついていた。


美乃が、環の手にそっと包みを渡す。


「柊くん。環さん。改めておめでとう。はい、これ……私からよ」


「あ……ありがとうございます」


「ありがとうございます、美乃さん」


「開けてみて」


環が柊を見る。

柊は頷いて、ゆっくり包み紙を解いた。


現れたのは、ブリザーブドフラワーのフォトスタンドだった。


「……わぁ……」


環の声が、ふわっと明るくなる。


「すごく、素敵です……!」


「……だな。ありがとうございます、美乃さん」


「ふふ。よかった」


その空気が和らいだところで、涼平が手を叩いた。


「えー!それでは改めまして!

 本日は、同窓会――そして!柊と環さんのサプライズ結婚祝いということで……乾杯!」


「乾杯!」


グラスが重なり合い、笑い声が弾ける。

紙吹雪の残る床さえ、どこか祝福の一部みたいに見えた。


環はグラスを口に運びながら、ふと、胸の奥があたたかくなるのを感じる。


(……こんなふうに、祝ってもらえるんだ)


怖い記憶の多かった自分の人生に、

こんな時間が来るなんて思わなかった。


柊が隣で、環の指先をそっと握る。

何も言わないのに、“ここにいる”と伝えてくる温度だった。


凪はすでに涼平をいじり始めている。


「いや〜昨日の夜、涼平さんから連絡もらって知りました!」


「凪はここに住んでるだろ。隠し事できないタイプだからギリギリまで言えなかったんだよ」


「うわ、僕、信用されてない……?」


「されてるからこそだろ」


柊が笑って言うと、蒼真(そうま)も肩をすくめる。


「凪はわかりやすいからな」


「蒼真さんまで……!」


全員が笑う。

美乃も湊も、その輪の中に自然に溶けていた。


――祝福の午後。

ぽかぽか邸に満ちる、あたたかな時間。


けれど、環の胸の奥には、なぜかほんの小さなざわめきが残っていた。


ここにいる全員が、偶然集まったはずなのに。

まるで――この先に待つ“何か”のために、呼ばれたみたいに。


環は、グラスの縁に視線を落とした。


(……気のせい、だよね……?)


その答えは、まだ出ない。

ただ、祝福の空気の裏で、見えない影が静かに伸び始めていた。



◇◇◇



ひと通りの乾杯が落ち着き、キッチンでは(なぎ)が皿を追加で並べている。

リビングはまだ賑やかなのに、ほんの少しだけ“隙間”ができた瞬間。


(みなと)は窓際に立ち、外の光を眺めていた。

その背中に、美乃(よしの)が静かに並ぶ。


「……いい家ね。ここ」


美乃がさらりと言うと、湊は肩をすくめた。


「ぽかぽか邸、だっけ。名前まであったかい。

 (しゅう)くんらしいのか、(たまき)さんらしいのか……」


「環さんね」


美乃は即答した。

湊が小さく笑う。


「やっぱり?」


「見れば分かるわ。あの人がいるだけで、部屋の温度が変わる」


美乃の視線の先には、環がいた。

紙吹雪を拾って、楽しそうに凪と何かを話している。


湊はその姿をじっと見つめる。

そしてふっと息を吐いた。


「……なるほど。柊くんが、ああなるの分かるな」


美乃が、ほんの少しだけ目を細める。


「……柊くん、“大切な人と結婚した”って言ってた」


「ふうん」


湊は軽く返しながらも、目は笑っていない。


「美乃、振られたんだろ?」


「ええ」


「それで、ここに来れるのがすげぇよ。

 ……強いな、おまえ」


美乃は一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。


「強いんじゃなくて、終わらせたかっただけよ。

 言わずに終わるのがいちばん嫌だった」


「……らしい」


湊が短く言って、グラスの中身をひと口飲む。


そのとき、リビングの方から笑い声がまた弾けた。


柊が環の頭を撫で、環が照れくさそうに笑っている。


湊は、その光景を見たまま、ぽつりと呟いた。


「……守られてるな。環さん」


「守られてる、だけじゃないわ」


美乃が、湊の言葉を静かに否定する。


「環さん自身が、柊くんを“人”にしてる」


湊が美乃を見る。


「……どういう意味だ?」


「柊くんは、優しいのに、どこか冷たい人だった。

 自分が壊れても平気みたいな顔をして」


美乃は視線を戻して、続けた。


「でも今は違う。

 守りたいものがある人の目をしてる。

 あの目は……環さんが作った」


湊はしばらく黙り、やがて口元だけで笑った。


「……なるほど。

 環さん、ただの“守られる人”じゃないんだな」


「ええ。たぶんね」


美乃の声が、少しだけ柔らかくなる。


その時――湊のスマートフォンが、短く震えた。

画面には、見慣れない番号。


湊は無意識に指を止める。

胸の奥が、ほんの少しだけ冷える。


「……湊?」


美乃が気づいて声をかけると、湊はすぐに画面を伏せた。


「……ん、仕事。あとでいい」


それだけ言って、湊はいつもの“オトコマエ”の顔に戻る。


けれど美乃は、その一瞬の揺れを見逃さなかった。


湊は、グラスを置いて、軽く伸びをした。


「……ま、今日はめでたい日だ。

 余計なこと考えるのは後だな」


そう言って、湊は笑い声の輪へ戻っていく。


美乃だけが、その背中を見つめたまま、ほんの小さく眉を寄せた。


――今の震えは、仕事の通知だけじゃない。

そんな予感が、胸の奥に引っかかる。


そして、もう一度リビングを見る。


柊は環の隣で笑っていた。

凪は騒いでいて、蒼真(そうま)は呆れた顔をしている。

涼平(りょうへい)は場を回し、永峰(ながみね)の画面も穏やかに揺れている。


このメンバーが揃う時、

“何も起きない”はずがない。


美乃は、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「……嫌な予感、当たらないといいけど」

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