閻魔昔話
「首尾は?」
「申シ訳アリマセン。人間ハ取リ逃ガシテシマイマシタ」
鏡の顔を下に向け、石畳に跪いて応える。壇上には白と赤を基調とした服をきた女がひとり。
「かまわないわ。神晶石を手に入れた人間のことなど取るに足らないわよ。それよりもアイツをここに」
「ハッ! 此処ニ用意シテゴザイマス」
鏡男が合図をすると、白い布をかぶった物が二人の前に運ばれた。
「外セ」
ばさりと布が落ちる音がする。
「へえ、これは見事なものだわ。あのふざけた女もこれで終わりね」
布の下には神様を中に封じ込めた氷像がそそり立っていた。神様の前髪は下がり、その表情は見えない。しかしうつむいた様子はどこか加虐心を掻き立てる。女の頬がニィとあがった。
「神晶石は破壊できないけど、この呪氷を溶かすことができるのは私のみ。つまり二度と私があのふざけた顔を見なくてすむわけよ」
ふふんと鼻で笑う声がきこえた。
「・・・神様! 神様ぁ!!」
「気持ちはわかるが、今は落ち着きなさい!」
今俺は閻魔の部下である地獄の鬼達に羽交い絞めされている。
あの後、俺はいきなり閻魔大王の仕事場である閻魔宮に転移させられた。閻魔側では神様の家への不審な動きをキャッチしていたようで、転移した部屋に設置してある大画面モニターが炎上する神様の家を映していた。神様が攻撃を仕掛けるも、なす術なく鏡の顔を持つ男たちに神様は氷漬けにされた。その映像をみた瞬間、俺はいても立ってもいられなくなり部屋から飛び出そうとする。そこで数人の鬼達にガッシリと押さえこまれたのだ。
「放せ! 放してくれ!!」
暴れまわる俺に振り回される鬼達。これも神晶石の効果だろうか。するとそこへ怒号が割り込む。
「いい加減にせんかぁあああ!!」
身体がビクッと反応し、俺は抵抗をやめてしまった。
すると、黒い肌に三つ目、そして立派な髭と黄色の道服を着た大柄な鬼・・・いや直接の面識はなかったがこの鬼が閻魔である。閻魔はその手もつ精進棒のような板を俺に突きつけた。
「君が行っても間に合わん。いや、我々全員で行ってどうにもならないだろう。それに君がアチラに戻り、巻き込まれでもしたらどうする。彼女の覚悟を無駄にする気か?」
抵抗しなくなったからだろうか、俺を拘束する鬼たちの手が外れる。そして俺はその場で膝を着き、慟哭した。
「お恥ずかしいところをお見せしました閻魔様」
「いや、君の気持はもっともだ。俺も彼女と代わってやれるものなら代わってやりたいくらいだよ」
ここは閻魔大王のオフィスだ。霊魂を裁くという仕事から、勝手にものものしい部屋を想像していたが内部はまるで中小企業の応接間そのものだった。出されたお茶をはさんで、閻魔大王が俺の目の前で足を組みつつソファーに身を沈めていた。
お茶は濃い目のはずだが、味はしない・・・これからどうしようか・・・と悩んでいると、閻魔大王が口を開く。
「そういえば、直接会うのは初めてだったね。俺が閻魔大王だ。はじめまして・・・そしてすまなかった」
頭をさげる閻魔大王。不覚にも神様が頭を着いたときの姿と被り、涙腺が緩みかけた。
「本来、我々のミスで君が死ぬことにもなったし、先程は大声出してしまった。申し訳ない」
「いえ、俺としては生きることにどこか疲れていました。もしかしたらこうなることを望んでいたのかもしれません。それに神様とも出会えましたから謝られるのは恐縮です。それとさっきは僕もどうかしてました、止めてもらてありがとうございます。それよりも閻魔様、聞きたいことがあるのですが」
「ああ、答えられることならば何でも答えよう」
頭をあげ、三つの目が俺の顔を見つめる。
「なぜ俺が・・・いや、俺と神様が襲われたのですか?」
「簡単な問いだ。いやいや、まじめに答えよう。ずばり神晶石が原因だ」
「そう言えばあの鏡男もそう言っていました。あれはここまで大事になるような代物なのですか? そんなにたくさんの量をもらったわけではないのですが」
「量の問題ではない。渡す行為自体が問題でね。我々神が信仰によって力を得ていることは彼女から聞いているかな?」
「はい、『自分に関係する土地や国、世界といった界隈で信仰施設や行事を通して信仰を集めて』とは聞いています」
「信仰は我々神にとって死活問題でね。信仰があればその分、その神のもつ力が増幅されていくものだ。逆に信仰がなければ自分よりも位の低い神に対抗できなくなる。パイの奪いあいになってしまうわけさ」
5の力しか持たないが20の信者がいる神なら、100未満の力を持つ神に勝てるということか。
「そもそも神晶石とは神そのものだ。人間に血肉骨臓腑が皮の下に詰まっている代わりに、結晶が詰まっていると考えてくれ。それを取り込んだ君は人間以上の存在になった。こんな代物を譲渡できることがまかり通ってみたまえ、さぞ信仰の奪い合いには格好の道具になるだろうよ」
たしかに、うまく言いくるめられた上で、こんなものをもらった人間はその神に心酔しないとは言い切れない。だから禁止規定なのか。
「おそらく彼女もここまで騒ぎになるとは思っていなかっただろう。元々あの仕事は3時間で終わるはずだったが・・・転生陣の術式を間違えたのがそもそもの発端でね。こちらの時間で3時間が3日もかかって帰ってきたわけだ。君が力をつけてね。そこを彼女の敵が襲撃・・・後は君が体験した通りさ」
「まって下さい! 神様には敵がいたのですか?」
「うーん、なんというか。一方的に目の敵にされていてね。今でこそ大人しくなったものだけど彼女はその『敵の一味』から結果的に信仰を奪われたんだ。だが、彼女もその辺りは弁えていた。大人しく引き下がったんだが『敵』はそれだけでは飽き足らず、元の信仰してきた民衆から彼女に徹底した離反工作を行い、現在では彼女への信仰は微々たるものしかなくなっていたんだよ」
と、喉が渇いたのかお茶を飲み干し、湯呑みを机にカタンと置いた。
「ただ、幸か不幸か、敵の一人が彼女と戦いを通じて意気投合してね。彼女、隻眼だったろう? 元々あの目は視力が落ちていたんだが、彼の剣で完璧に視界を失ったわけだ。その戦いでお互いを認め合い、彼女は彼に剣とその製鉄業を贈った後に隠遁生活を送り始めたのさ。ほら、君が住んでいた彼女の家。あれ、彼が作ったんだぜ?」
「神様すげえな・・・器でかすぎだろ」
「他にも彼には便宜を図ってもらい、必要最低限の信仰を元に今までのんびりと暮してきたんだ。が、それを快く思わない連中がいた。そう、『他の敵』さ。だが同じ仲間である彼にはだれにも勝てないから文句も言えない。『俺が殺しきれなかった女だ、文句言う奴ァ容赦しねえゾ』なんて言いながら彼女からもらった剣で畳や柱に穴をズブズブと開けるのだから、文句を言う気も起きなかったのだろう」
「うわ、敵にまわしたくないですね。戦闘狂じゃないですか」
「どちらかというと、暴れん坊という感じだね。たしかに戦闘力はトップクラスだったよ。でも真に恐ろしいのは、そんな全盛期の彼がと信仰を半分以上奪われた彼女を『殺しきれなかった』っていうのだからね。彼女の力はどれほどのものだったか計り知れないよ・・・だが『敵』はあきらめなかった。というより、彼女を恐れたからだね。信仰が少なくても彼と互角というのは、アチラとしても懸念すべきことだったようだ。ずうっと監視は続けてきた。彼女も負けじと監視の目を反らし続けたが、君の神晶石が仇となった」
俺のせい? 神様があんな目にあったのは・・・俺のせいなのか?そんな俺の様子を察したのか閻魔がフォローした。
「間違っても君のせいじゃない。彼女の自業自得さ。彼女に聞いたが、思いつきだったそうじゃないか。話を戻すよ? 敵はずっと付け入る隙を探していた。普段なれないことをした彼女を見張り、ここぞというタイミングで襲撃を敢行。用意周到だったと思うが、彼女だから君がここにいるとも言える。他の神なら共に首を撥ねられていたかもしれん」
「俺、実はすごい神とともに過ごしていたのですね」
「ふむ、その様子だと君は彼女の名前を知らないようだね。といっても、元人間の君が知っているほうがあり得ないのだが」
そういえば俺は神様の本当の名前をしらない。いや、当時は神様以外に神の類とは出会わなかったから、「神様」という呼称のみで全て通ってしまったのだ。仕方がないといえば仕方がないといえる。確かに知りたいかと言われれば、知りたい。ところがである。
「だが、まだ知る時ではないね。彼女を助けるなら尚更だ」