伝承の蛇 12
「草木も眠る丑三つ時」という言葉がある。
夜中の二時ごろを指し、妖怪の類が跋扈する時間帯のことである。
ここ、シンセの町でも朝が来れば夜も来る。例外ではない。
但し、この日に現れたのは妖怪でも幽霊でもなかった。
「zzz・・・」
皆、宴会場で眠てしまった。カシムは客間まで帰ったらしいな。
この身体になって酒なんて飲むことなぞかなわなかったが、やはり酒はいい。
ふと、薄目を開けてみると中庭に続く窓が開いている。
なんと不用心な。と思いながら窓に近づいた。
閉めようと尻尾で引っ張ろうとするが、夜にしては明るいと思い顔を上げた。
「おお、きれいな満月じゃないか。」
月の光にあてられて、俺は外へと這い出した。
まだ酒が残っているためか、月が若干ぶれて見える。
「この世界でも地獄でも月は月か。ふふっ、神様め。今頃どうしているか。」
月がより滲んで見えた。
『・・・御主人。心配せずとも―』
「いや、すまん。わかってるさ。あくまで"アルバイト"なんだから、ここにずっといるわけではないだろうに。」
つい感傷的になっちまったな。明るく行こう。
神様がハーバクなんて名前で呼ばれるぐらい影響力があるんだ。
神様が回りくどい方法であれ、サミラに着いて行けっていうならば、どうにかなるさ・・・多分。
そろそろ寝るか。と移動し始めたそのときだった。
『よけろ御主人!!』
アっちゃんの悲鳴と同時に、何かが破裂する音が聞こえた。
背中に2度、衝撃がはしる。一寸遅れて焼けるような熱さが広がった。
「ぐん、ぬぅ!」
振り返ると背中には金属の槍が刺さっている。
俺は槍が飛来した先を見つめた。ピット器官がその影を捉えた。
大きな羽根をあしらった帽子をかぶった男。
その手には二連装の筒を銃のように構えているようだが。残った熱を見るに、そこから射出したのか。
「待て!・・・・」
痛みで言葉が続かない。この身体になって初の大ピンチだ。
これまでは身体の大きさや種族の差を超えるハンデで勝っていたようなものだった。
おかげでピンチらしいピンチもなかったが、これまでとは道理が違う。
そして痛みによる混乱で更なる害意に気がつけなかった。
『御主人!槍を除け・・・』
アッちゃんの言葉が終わる前に、槍と射出口の間で細い2条の光が走った。
「がああああああああああああああああ!!!」
轟音とともに、突き刺さるような痛みが全身に駆け巡った。
同時に肉のこげるような匂いがたちこめ、身体から煙が出ているようにも見えた。
これは・・・電撃の類か!?
テイザーガンという電極を相手に飛ばして電気ショックを与える『空飛ぶスタンガン』を思い出した。
あれは電撃だけだが、こちとら生身に電極を打ち込まれている上に過剰な電撃を流されているのだ。
どちらのダメージが大きいかは言わずもかな。
それでもまだ息があるのは単にこの身体がタフなのか。神の力なのか。
だが、身体は動けなかった・・・アッちゃん、も反応なしか。
目も・・・霞んできた。もう限界か も
男は本来の目的を果たすべく、手荷物を置いてナイフを取り出しつつヘビに歩み寄る。
これで我ら『赤い角』の復讐を果たすことができ、ご子息のなし得なかった悲願の障害を取り除ける。
そう、ほくそ笑みながらヘビに手をかけようとした。
すると、
「旦那!しっかりしてください!!旦那!!」
と叫び声とともに男に投げナイフが殺到した。
高い金属音が響き、投げナイフが床に落ちていった。
男が間合いを取り、声の主に目をむけると背の低い男がこちらを睨んでいた。
「旦那から離れろ!『赤い角』!!」
背の低い男―カシムは声を張り上げながらナイフを投擲する。しかし男はナイフを避けながらこちらに突っ込んできた。
そのため遠距離攻撃のアドバンテージを奪われたカシムも必然、ナイフで応戦しなければならない。
金属同士がぶつかり合う音が月夜に響く。
「なぜ旦那を狙った。最初から俺らの始末をすればいいじゃないか。」
カシムがナイフを捌きながら尋ねる。
「しようとしたさ。だがそれにはあのヘビを駆除しないと、小所帯のうちではきつくてね。そこで”将を射るにはまずラクダから”ってことで最大の障害を片付けることにしたわけさ。」
カシムも手を休めず応戦する。
「ハン!旦那に張り倒されてみんなお昼寝か!ご苦労なこった!」
「さっきから旦那旦那言ってるけど、あのヘビのことか?今じゃヘビの使い走りか。ご苦労様。」
舌とナイフの応酬は続いた。
どれほど時間が経っただろうか。ふと男が話題を変えた。
「オマエ、なんであの宝石盗っちまわないんだ?」
「なんだと?!」
「オマエらの事情なんて知ったこっちゃないが、あの額の宝石はうちの再建資金にしてあの身体は剥製にして好事家に売り飛ばす。あの図体だ。馬鹿な金持ちが結構買うんじゃねえか?そうだ、オマエ。俺の下に就けよ。俺のナイフと渡り合えるやつなんて久しぶりだ。どうだ。部隊長の副官待遇だ。オマエの後ろでローストされたヘビなんかよりも金になるぜ。」
「断る!頭目待遇でおまえら全員が部下になるなら考えてやらあ!」
「―つまり、その気なしってことね。もういいよオマエ。」
そう口にした男はナイフ捌きを速める。
戦闘経験は本職と素人だ。カシムが生まれ持った才能を発揮しても、それを覆す経験にはかなわない。
男はカシムが斬撃を繰り出す一瞬のタイミング突き、ナイフをその手から別離させた。
通常ならば、カシムはこのまま斬撃の軌道を空振りするだけだ。
そして無力化されたカシムは哀れ、返す勢いで男のナイフの餌食になる。
そう、通常ならば。
「はあああああ!!!」
裂帛した気合の雄たけびを上げながら腕を振るう。
だが今、その手に武器はない。これを好機と見た男は懐に飛び込んだ。
そう、本来斬撃があった空間にである。
次の瞬間、なにかが噴き出した音がした。
と同時に、カシムのナイフが地面を滑る音が響かせた。
男は今まさに、カシムにその凶刃を突き立てんとする姿勢のまま固まっていた。
いや、その首からは噴水のように血が地面を赤く濡らす。
「な、何故だ・・・武器は確かに弾いたはず。」
カシムも狙ってやったわけではない。第一、自分のナイフが手元にないことなど今気がついたのである。
だが、カシムは合点していた。にやりと嗤うカシム。
「強いて言うなら。神のお陰ってか?」
「そんな、馬鹿な」
男は結局なにも分からぬままドサリと膝をつき、動かなくなった。
カシムは、自分にもハーディーやマハルと同じようにオアシスの恩恵を受けることができたのだろう。と考えた。
それでも、「気合の掛け声がキーとなり、手に武器が現れた」ということしか分からなかったが。
彼が真の使い方を知るのは、その翌日のことである。
所変わってキトンの町。
大捕り物も粗方終わり、町も落ち着きを取り戻し始めたころ。
突如として警備兵の屯所、本部並びに防衛の要衝がことごとく爆破された。
翌日、キトンの町は隣国であるツルスの兵によって占拠されたことが巡回にでていたシンセの警備兵により確認された。
同時にシンセの見張り台から、こちらに進軍するツルス兵を発見したとの連絡が代理町長の元に届けられた。
神様、俺に文章力をくれい。