俺の墓標を越えて逝け
拝啓、天国のオフクロ様。私は今、隻眼の鬼女に睨まれています。
「なんだ、おまえは」
時間は少し遡る。
今日は体調が優れないため、一人身のアパートへと家路を急いでいた。
「ぐす…こりゃ風邪か?とりあえず薬飲んで寝るのが普通か。まあ、新発売のマンガも買ったし、病人ライフを楽しむぜー」
などと考えていると、突然視界がぐにゃりと曲がった。なんで俺は地面に倒れているんだ? 答えがみつかる前に視界が真っ白に染まった。
そういや貧血で倒れたときもこんな感じだったな・・・
次に目が覚めると、最近じゃ珍しい湖とかによくありそうな渡し舟の上にいた。
ここはどこだ。俺はなぜこんなところに? 俺はいつ船に乗ったんだ?
不意にかすんだ目に人影が映った。混乱しつつ目をこすると、しょぼくれたオヤジが俺の顔を覗き込んでいた。
「おー、目ぇあいたな。自分いけるか?」
身を案じる言葉を投げかけるオヤジ。なんだここは?というかなぜ大阪弁?
「あのーここは? まさか噂の不審船!?」
「なにをねむたいこと言うてんねん・・・って自分今起きたとこか。そらしゃーないわ、全然わからんやろな」
一人で納得し、オホン! と咳払いして俺に向き直る。
「自分なー驚いたらあかんで? 今なー、これ三途の川渡ってんねん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・何ですと?
「おい何言ってんだオヤj・・・うをっとっと・・・」
驚くな。と言われたのに驚いて立ち上がったのがいけなかったのだろうか。
「あ」
「うおおあああああ!」
ドッポン
見事、バランスを崩して川に落ちた。
三途の川! 俺死んでるじゃん! 畜生、まだ買ったばかりのマンガも読んでないぞ! いや待て、三途の川に飛び込んだら生き返るって落語であったな。あーでも火葬してたらどうなるんだ? ていうか息、息!
そのまま意識も濁流に流された。
そして
「なんだ、おまえは」
今、俺を物理的に溶かせるような眼力で睨む隻眼の鬼女がいる。シルエットは確かに人の形をしている。だが、ウェーブのかかったショートボブの黒髪からチラリと見える角。そして口の端から見える牙・・・こんなチラリズムは全く嬉しくない。加えて嬉しくないのがツルペタやボンキュッボーンといった男のロマンが詰った体つきではない。なんというか・・・すごく、マッチョです。
見た目のせいもあるが、俺は常識の範囲外の存在に出自を問われて固まった。いや、ここで異世界来訪系ラノベを読むことで培った、日ごろの脳内シュミレーションの成果を今こそ・・・さあ俺! 人外へ華麗に挨拶してやんな!・・・
「だぁあああ鬼だああ! 鬼が出たぞぉおおお!!」
脳内よりも現実が勝ち、混乱の思考が口からでた。いやあ、実際にわが身に起こると無理だわ。ホラ、相手鬼だし。
突然の大声でビクっとなった鬼女。だがすぐに気を取り直して叫ぶ。
「誰が鬼だ! 我は神であるぞ!!」
「何言ってやがる!そんな厳つい女神がいるか!」
「言うたな!? 我が昔から気にしておることを!」
「自覚あんのかよ! ザ・○ッツか、おめーは!!」
「何だとっ!?」
「何をっ!? 豆投げんぞコラ!」
「我は鬼ではないとゆーとろうが!」
と鬼女は鬼のような咆哮を上げ、鬼のような右ストレートを放ち、見事俺の顔面へと納まった。俺がのび太なら顔にめり込んでるところだ。
「ぶべらっ!」
俺は奇声とともに、鼻から血を噴きながらブっ飛び、またも意識を失った。
よく考えれば、今日だけで一生分ぐらいの失神してるんじゃないのか?
○ッツは、ヘルシング10巻の「まさかの大穴」
固有名詞を伏字にするしないの判断は難しいところ。