狐の嫁入り
「ヨウコさん、とっても綺麗よ!」
「色が白いから、本当に白無垢が映えるわねぇ」
「口紅もとても素敵だわ!」
私は今日、親の決めた相手と結婚する。
嫁ぐのだ。まだ数回会っただけの、あの人の所へ。
控え室から見える外の景色は、晴れていてとても穏やかなものだった。
綺麗でそして、どこにでもあるような景色。
それらをぼんやりと眺めながら小さく俯く。
青い空、五月ならではの新緑、芝生にベンチ。
いろんな色が見えるはずなのに、何ひとつ自分の心に届かない。固まった心は、いつまでもグレーのまま。
「あら!ダメよヨウコさん、泣いちゃ!」
「大変、お化粧が崩れちゃう」
「こんな日だものね、感極まっちゃうのはわかるわぁ!」
「こんなに想われて、なんて幸せな旦那さんかしら」
……ちがう、と唇だけで呟いて、懇願するように叔母達を見たけれど、ニコニコと優しい視線が返ってくるだけだった。
違う、ちがう。違うのに。
私が嫁ぎたい人は、あの人だけだったのに。
あの人と会うことを禁じられてから、私の世界には色がなくなった。
二度と同じ色は見られないであろう夕焼けを見ても、どんなに鮮やかな海の色を見ても、全ての色が通り抜けて零れていく。
色のないこんな世界に、生きる意味があるのだろうか。
なぜそうまでして、生きなければならないのだろうか。
あの人のいる世界は、あんなにも鮮やかだったのに。彼がいてくれるだけで、世界が何倍も美しく輝いて見えたのに!
「ヨウコさん、本当に良かったわねぇ」
「あんなにいいお家柄の方も、なかなかいないわよぉ」
「そうそう!ヨウコさんは幸せね、こんな日を迎えられて」
悔しかった。悲しかった。自分に、周りに、小さくて狭いこの世界に対して。
そんな気持ちが湧く時だけ、心に色がつく。
そんな色こそ、知らなかったら良かった……そんな思考を押し殺すように深呼吸して、色のない笑顔を貼り付けて。
「ありがとう。わたし、今とっても幸せ」
ぐっと堪えた涙の色だけが、ちゃんと私の味方でいてくれているみたいだった。