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5 仕込み

 赤い池の中心で無数の人影が蠢いている。

 クチャクチャと耳に届く咀嚼音。

 助けを求めていた声が遠くなる。


 これが人が人でなくなる瞬間。

 人が死体となる瞬間か…。


 こんなものなのか。

 こんなに簡単に人は死体へと変わるのか。


 人の死に立ち会うなんて初めての経験だ。


 なのに。


 もっとショックを受けるかと思ったがそうでもなかったらしい。

 自分でも驚くほどに、心は平静だ。


 前方に見えるチンピラは己の行為によって人を一人死に追いやった、という事実にショックでも受けたのか硬直している。


 あんなにもデカい口を叩いておきながらこの程度で放心するとかガッカリにもほどがある。


 だがアイツにはまだ見せてほしいものがある。

 恐らくこのあと他のプレイヤーに責められるであろうアイツがどのような選択をし、行動するのか。

 それだけが気になる。

 それを見せてくれさえすれば、そのあとアイツがどうなろうが知ったこっちゃない。

 だって、アイツがそれ以上に面白いことをしてくれるとは思えないし。


 だから今だけは。


 オレを楽しませるためだけに、アイツには生きてもらう。


 足に力を込め、全力で駆け出す。

 目標はチンピラの先、アイツの元へ迫るゾンビの大群だ。

 チンピラへ伸ばされる腕。


 その腕に掴まれたら自警団の男と同じように、即座に死体へと変えられてしまうだろう。


 言ってみればあの腕は、生者を死の国へと引きずり込む死神の腕だ。

 その死神へ向かってロングソードを振り下ろす。


 切っ先が触れた瞬間に噴き出す炎。

 それは全てを消し去る理不尽の権化のように、目の前の脅威を消し去っていく。

 血の気が引く。

 赤々と揺らぐ視界に目を背けたくなる。

 そうしないと平静を保てそうになかった。


 その理由を考えようとして即座に振り払う。


 炎に恐怖を感じるのは生物としての本能だ。

 その本能が想起させているだけだ。

 無視だ無視。


 しかし、同時にこの炎を頼もしくもあると感じている自分もいた。

 なぜならこの炎という存在は、恐怖を感じることのない奴らにも等しく破滅をもたらす存在だからだ。


 一体目を切り裂いた後、返す刀で横薙ぎに振り抜く。

 二体目。

 残りは三体。


 やはりシークレットミッションをクリアしておいてよかった。

 このロングソードならゾンビの身体能力の方が高くても関係ない。

 触れた途端に焼き切る火力があるのだ。

 掴まれる前に全てを斬り伏せてしまえば問題ない。


 三体目へと走る。


 伸ばされる腕を斬り払い、切っ先を首へと走らせる。

 三体目。

 四体目がすぐそばに迫っていた。


 突きを出そうとしてやめる。

 抜けなくなった時のリスクが高いと判断したからだ。


 一旦後方へと退避する。

 五体目も近くに確認。


 挟み撃ちにされる前に、先に五体目を片付けてから四体目へ向かうことにする。

 五体目の首を切断しそのまま四体目へ。

 右腕を落とす。


 しかし残った左腕がロングソードを持った右腕を掴む。

 それならばとロングソードを手放し左手でキャッチ。

 逆手で持ったまま胴体ごと左腕を薙ぎ払う。


「上半身と下半身がサヨナラしても生きてるのか。しぶといな」


 そう言いながら横たわるゾンビへとどめを刺す。


 これで全部か。


 炎が収まったため、ようやく一息つける。

 やっぱり魔力なしでの戦闘は厳しい。

 正直腕を掴まれたときは終わったと思った。

 咄嗟にロングソードを持ち替えたのが成功したからよかったものの、失敗したら死んでいたところだ。


 まあ、試し斬りもできたしここから先は大人しくしていよう。

 あとのことはアレックス爺さんたちに丸投げだ。


「あ、あ・・・」


 放心して動けないでいるチンピラ。


 もう一人の自警団の男は目を見開いてオレを見ていた。

 思ったよりも戦えたことに驚いたのだろうか。


 まあ、オレも正直驚いてるんだが。


 そこへ樹里愛たちが到着する。


 遅かったな、こっちはもう終わったよ。

 と目線で告げ、放心しているチンピラへ声を掛ける。


「大丈夫?」


 チンピラは声を掛けられてようやく正気に戻ったらしい。


「お、おう」


 素直に返答してくるチンピラ。


 これはマズイ。

 映画やアニメだとここから反省してまともになってしまうという展開がよくある。


 だがオレはそんなありきたりな展開、望んじゃいないのだ。


「おうじゃねぇだろ」


 なのでチンピラの胸倉を掴んで引き起こす。


 仕込みをするならここだ。


「アンタのくだらねえ見栄のせいで人一人死んだんだぞ?しかも手を下したのはアンタも同然だ。俺の力を見せてやる?黙って見てろ?どのツラ下げて言ってたんだ、おい?」


 とチンピラを煽る。


 こう言っておけばコイツなら自分の責任を認めずに誰かの責任にしようとする筈だ。

 そうなると、その後の行動は限られる。


 しかも、どう転ぼうと面白いというボーナスタイムだ。


 ワクワクする。


「挙句の果てにパニック起こして人を殺すとかクズにしても笑えねえぞアンタ」

「う、うるせえ!さっさと助けねぇテメェらが悪いんだろうが!俺はどう考えても被害者だろ!」


 きたきた、これだよ、この反応を待ってたんだ!


「は?あぶねーから近づくなって言われたのに勝手に近づいた挙句、人を盾にして死なせた奴が被害者?冗談だとしたらセンスがないし、本気で言ってるとしたら頭おかしすぎるだろ。アンタのその頭に詰まってるのは脳ミソじゃなくて蛆虫か?」


 バカにする感じで挑発する。

 自画自賛だが、オレ、演技力あると思う。


「こ、この野郎!」


 殴りかかってくるチンピラの拳を避け、足を引っ掛けて転倒させる。


 そしてバカにするように上から見下ろす。


 むかつく相手にやられたら、さらにむかつくこと間違いなしだな、これ。


「ふざけやがって!俺を舐めんじゃねーぞ!」

「アンタさっきから舐めんじゃねー舐めんじゃねーってばっかり言うけどさ、舐められたくなかったらまず舐められるようなことすんのやめなよ。はっきり言って言動も行動も全てが小物っぽいんだよ、アンタ。舐めるなって方がムリでしょ」


 含み笑いをしながら、アメリカ~ンなリアクションをする。

 これはむかつくでしょ?

 

 オレだったら確実にむかついてる。


 おっと、笑ったらアカンアカン。

 真顔をキープ。


「この野郎ー!!」


 と一際大きな声で殴りかかってくるチンピラ。

 今度は殴り返しとくかと考え、構える。


 すると横からアレックス爺さんが現れ、チンピラを押さえつけてしまった。


「すまないが落ち着くまではこのままにさせてもらおう」


 アレックス爺さんに押さえつけられたままオレを憎々し気に睨むチンピラ。

 こんなもんかと挑発をやめる。


 仕込みは上々というところか。

 これでこの後もなにかしらやらかしてくれるだろう。


 楽しみだ。

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