48 理不尽なことをされる側
~皆人SIDE~
大我と別れてから結構な時間が経つ。
アイツ、無事に逃げられたんだろうな?
「痛い、痛い……」
腕を傷つけられたおじさんが痛みで呻いている。
あれだけの傷だ。
痛むのは仕方ない。
三橋さんが手当をしているが、あの出血量…。
早く病院に連れて行かないと危険かもしれない。
「さっきからうるさいのだが……」
60代くらいのお爺さんがおじさんに対して文句を言う。
怪我をして苦悶の声を上げている人を相手になんて言いぐさだ…!
「まったく…。おいそこの貴様。次は貴様が囮となって私を逃がせ。さっきの小僧のようにな」
「何言ってるんだアンタ!」
あまりの言い分に止めに入る。
「自分が逃げるための囮になれだなんて!一体何様のつもりだ!」
「フン、一端の正義感にでも駆られたのか小僧?なら教えてやろう。私はな、大企業の重鎮でもあるうえに個人的に政治家とも付き合いがある…貴様のような世間知らずのガキにでもわかるように言うと、絶大な力のある存在なのだ。ここにいる誰よりも生き残るべきだし、優先されてしかるべきであろう?」
なんて横柄な男なのだろうか。
吐き気がする。
「むしろ、私のような素晴らしい人間の盾になって死ねることに感謝すべきであろう?貴様らのような意味の無い存在に、私のために死ねる、という意味を与えてやれるのだから」
こちらを馬鹿にしてるように笑いながらそう告げるお爺さんに対し、怒りで頭が沸騰していくのが自分でもわかる。
周囲の人たちもこのお爺さんのあまりの言い分に唖然としている。
「わかったのなら、次の囮を決めろ。決められないのなら私が決めてやろうか?そうだな、そこの男か……」
「いや、つぎのえものはきまっている」
誰かの声が聞こえたと思った瞬間、凄まじい衝撃が俺たちを襲った。
土煙が収まった時、俺たちの目の前に立っていたのはあの怪物だった。
恐怖で体が固まるのがわかった……。
だが、幸運なことにあの怪物は俺のことなど眼中にないようだった。
「ひさしぶりだなひょうどう。このひをまちわびたぞ」
怪物があのお爺さんに向かって何かを言っている。
あの怪物…自我がある上に喋れるのか!?
本当に、一体何者なんだあの怪物は…!?
「き、貴様一体何者だ!?何故私の名前を知っている!?」
「おぼえていないのか?そうだろうな…、きさまはじぶんのことしかかんがえられないおとこだからな」
あの怪物、あのお爺さんの知り合いなのか?
というよりも、知り合いだとしたら、あの怪物は元人間ということになる。
あれが……、元人間?
夢でも見ているんだろうか?
あまりの現実感のなさに、俺は他人事のようにそう思った。
「おれはこのひがくるのをずっとまっていたんだ!!」
今、あの怪物はお爺さんのことしか目に入っていないようだ。
皆を逃がすなら今がチャンスか?
「岩谷、皆を連れて逃げてくれ」
「お、お前はどうするんだよ禅院!」
「俺はあのお爺さんを助けに行く」
「あんなクソ野郎放っておけよ!」
たしかに救いようのない人だ…。
だが、放ってはおけない。
「そういうわけにはいかないさ。でも、こんな命を捨てるようなことに皆を突き合わせるわけにはいかない…。さぁ、行ってくれ!」
怪物は今、お爺さんへの恨み節に夢中になっている。
今のうちに気づかれないようにお爺さんの元へと近づこう。
どうやって助けるかはともかく、近づかなければ話にならない。
岩谷たちを見ると、静かにこの場を離れていくのが見えた。
よかった、後はあのお爺さんを逃がすことができれば……。
「お、おい見ろ!奴らが逃げていくぞ!逃がしていいのか!?」
お爺さんが岩谷たちを指さし、声を上げる。
無関係な人たちを道連れにしようとするなんて…。
傲慢な人間というのは、なんて醜く歪んだ存在なのだろうか…。
吐き気がする。
「貴様ら!私を残して逃げるなど、なんて愚かなことを!あとで覚えていろ!然るべき裁きを受けさせてやるからな!!」
「ざんねんだが、おまえにはこのあとなんてそんざいしない」
腕を振り上げる怪物。
マズイ!
咄嗟にカバンを盾に2人の間に体を滑り込ませる。
しかし、カバンなんて盾にならないとあざ笑うかのように、怪物の腕は俺の体に叩き込まれた。
「がはっ!!」
あまりの衝撃に肺の中の空気が全て吐き出される。
なんだこの力は!?
今ので左肩の骨が砕けたのか、左腕の感覚がない…。
そして体中に走る激痛……。
あまりの痛みに、つい膝をつく。
「じゃまだ」
その声とともに怪物に蹴り飛ばされる。
全然力がこもってなさそうな蹴りだったのに、軽く数メートル吹き飛ばされた。
生物としてのレベルが違うとしか思えない。
本当に何なんだこの怪物は…!?
「貴様!倒れていないで私を助けんか!まったく、役に立たん連中ばかりだ!」
なんて言いぐさだ…。
本当にこんなお爺さんのために命を掛けているのが馬鹿らしくなってくる。
「きさまはいつもそうだな。いつだってじぶんのことばかり。ほかのすべてはじぶんにとってやくにたつかどうかでしかはんだんできない。だからやくにたたなくなったらすてるだけ。おれなんかよりおまえのほうがよっぽどにんげんじゃないだろ」
あの怪物もあのお爺さんにたくさん酷いことをされたんだろうな…。
なら、ここであのお爺さんが殺されるのは因果応報なのかもしれない。
「たしかにあなたの言う通りかもしれないな…」
怪物に語りかけながら立ち上がる。
自分の体じゃないみたいだ。
全然思い通りに動かない。
こんな経験は初めてだ。
「ならなぜたちあがる?こんなやつ、いかしておくかちなんかないのに」
「何故ってそれは……人の命は…大切なものだから…。……そんなの常識だろう…?」
そんな当たり前のことを聞いてくるなんて、やっぱりこの男は狂っているんだ…。
「それに…、今のあなたのように強い力があるからって…、弱いものへと力を振るうのを見るのは嫌いなんだ……」
「こいつもじぶんのちからをふるってよわいものをくるしめているのに、それはみないふりか?」
「それは……」
答えに詰まる。
あの怪物は人をたくさん殺しはしたが、多分あのお爺さんの方が苦しませた人の数なら上だろう。
推測でしかないが、あの言動から簡単に予想はつく。
悪いことをした人は裁きを受けるのが常識。
あの怪物によって殺されることがあのお爺さんへの裁きだというのなら、あのお爺さんを助けることに正当性はあるのだろうか…?
法による裁きじゃないと意味が無いとかそんな話ではない。
理不尽なことをしてきた人が、今度は理不尽なことをされる側になった。
端的に言ってしまえば、それだけのことなのだ。
「わかったのならだまってみていろ。そうすればおまえだけはみのがしてやろう」
「や、やめろ!!」
「ばかながきだ」
何かが脇腹に刺さり、体が持ち上げられる。
「ゲホッゲホッ!!な、なんだこれ!?」
痛む脇腹を見てみると、横から蠍の尻尾のようなものが生えていた。
いや、生えているんじゃない、刺さっているんだ。
しかも刺された箇所が青紫色に変色している。
蠍の尻尾みたいな形してるし、毒かな?
痛みでボーっとしてきた頭でそんなことを考えていたら、尻尾が振られて投げ飛ばされ、地面を転がる。
ようやく止まったが、体が動かない。
「う、うわあああ!!」
お爺さんが悲鳴を上げている。
あぁ…やっぱり、強い力で弱い人を傷つける光景は見ていて気分が悪い。
理屈じゃない。
ただただ嫌なんだ。
なのに俺には止める力がない。
それどころか今は体も動かせない有様だ。
なんて情けない…。
自分の力のなさに涙が出てくる。
俺には人ひとり助ける力すら無いなんて…そんなの……。
「なぜないている?こいつなんて、なみだをながすかちもないのに…」
そう言い放ち、お爺さんへ腕を伸ばす怪物。
そんなの……悔しいに決まってる!
悔しい…悔しい!
力が欲しい!
あの怪物のように強い力で弱い人を苦しめるようなヤツを打倒する力が!
あのお爺さんのように力があるからと、力が無い人たちを好きにしていいと考えているようなヤツを屈服させるような力が!
そんな力が欲しい!!
そう願った瞬間、何者かが怪物の顔へ拳を叩き込むのが見えた。
爆発が起こり、吹き飛ばされる怪物。
直後、俺を庇うように怪物の前へ立ちはだかったのは、大我だった。
その体はまるで炎になったかのように燃え盛っていた。




